832.構成篇:ジャンル9:ミステリー

 今回もブレイク・スナイダー氏『SAVE THE CAT!』のジャンルについてです。

 今回を含めて残り2ジャンルですので、今日・明日でばっちりカバーしましょう。





ジャンル9:ミステリー


 ミステリー小説がジャンルとして生み出されたのは比較的最近です。

 探偵が登場するミステリー小説は、1841年に発表されたエドガー・アラン・ポー氏の短編『モルグ街の殺人』が初だとされています。

 現在、ミステリー小説は推理小説・サスペンス小説・スリラー小説・ホラー小説を含む定義が多いのです。それぞれ「謎」「不安」「神秘」「不思議」「怪奇」のいずれかが存在していますからね。

 そして現在に至るまで、数多くのミステリー小説が生まれ続けているのです。そのすべてが同じものを書いています。

 読み手に提示される「謎」は、「誰が?」つまり犯人ではありません。「どうして?」つまり「動機」であることが多いのです。

 その証拠に「倒叙ミステリー」という分野が存在します。テレビドラマ『刑事コロンボ』『古畑任三郎』がその代表です。

 物語の冒頭から「誰が犯人か」が受け手に明かされています。

 もしミステリー分野の肝が「誰が?」つまり「犯人探し」にあるとすれば、このふたつのドラマはミステリー分野に当たらないはずです。ですが実際には、二作ともミステリー分野と見なされています。なぜでしょうか。

 それは読み手が求めているのが「犯人探し」だけではないからです。犯人がわかっても「どのようにして真相にたどり着くか」「どうしてそんな罪を犯したのか」を知りたいのです。

 どんなミステリー物語でも終わり頃に、探偵に真相を見抜かれて追い詰められていく犯人が「どうしてそんな罪を犯したのか」を吐露するシーンが必ず用意されています。なぜでしょうか。

 それこそ読み手が最も知りたかったことだからです。

 もし動機が明かされずに幕が降りてしまうと、「金と時間を返せ」と言われるのがオチでしょう。

 すべての犯行には犯人がいるものですが、犯人が「動機」「理由」を持っていないことはまずありません。暴漢に襲われて力いっぱい振りほどいたら、暴漢が転倒して後頭部をブロックの角にぶつけて亡くなったとします。この場合「正当防衛」をしたまでで「動機」「理由」がないではないか、とおっしゃる方がおられそうですね。ですが実際はその「正当防衛」こそが「動機」「理由」になります。

 犯行には必ず「動機」「理由」がある。まったく「動機」「理由」がないのに犯行に走る人は、一度心療内科で問診を受けたほうがよいくらいです。正常な判断ができる人物であれば、犯行に走るリスクと、その結果生じる利益とを天秤にかけて、利益がまさったときだけ罪を犯します。その「生じる利益」こそが「動機」「理由」になるのです。前述の「正当防衛」も、抵抗することが暴漢から身を守るための「利益」だからこそ抵抗したに過ぎません。



本当の主人公は読み手自身

 ミステリー小説では、つねに先が読めない展開で読み手の関心をつかみ続けることが書き手の仕事です。あなたが書くミステリー小説の主人公は、ずぶの素人かもしれませんし、百戦錬磨のプロ探偵かもしれません。

 しかし実のところ、ミステリー小説の本当の主人公は「読み手自身」なのです。

 書き手は物語の進行過程でひとつの重要な情報を開示して、探偵に驚いてもらってもしょうがないのです。読み手にこそ驚いてもらわなければなりません。

 新しい情報や証言が明かされるたびに、物語を新しい方向へ飛ばさなければならないのです。一度ミステリー小説を読み始めたら、犯人の「動機」「理由」を知るまで、読み手はページをめくる手を止めません。

 そして物語の最後で明かされる恐るべき真実つまり「動機」「理由」によって、読み手が人間の持つ負の一面を垣間見るように仕向けるのです。

 それなのに、小説を書いていて途中で犯人の「動機」「理由」が読み手にバレてしまったら。ここで見切られてしまう恐れがあります。でもご安心ください。まだ裏技があります。ここから「倒叙ミステリー」へと舵を切ればよいのです。つまり探偵が犯人を追い詰めていくさまを読ませましょう。読み手が小説内の犯人を追い詰めていく過程を、探偵に託して書くのです。これで犯人が自供するまで連載を続けられます。探偵が犯人を探すところから、探偵が犯人に自供を迫る。まさに「裏」技です。




ミステリーの三要素

 ミステリー小説には主に三つの要素があります。

「探偵役」「秘密」「決まりを破る」です。


 まず「探偵役」ですが、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロのような職業探偵でなくてかまいません。警察の捜査関係者たとえば捜査一課の十津川警部でもかまいませんし、捜査権のまったくないジャーナリスト浅見光彦や旅館の女将、果てはそこらへんにゴロゴロいるずぶの素人でもよいのです。とにかく読み手に代わってミステリーの「謎」に挑戦する役がひとり要ります。

「探偵役」がひとりなら読み手は「探偵役」に感情移入してミステリーを楽しめます。しかし「探偵役」が複数になると、誰に感情移入すればよいのかわからなくなるのです。

 ちなみに「倒叙ミステリー」の場合は「犯人が主人公」です。そして「対になる存在」が「探偵役」になります。犯人は「探偵役」にじわじわと追い詰められていくのです。そして犯人の不用意な発言から「探偵役」に思わずヒントを与えてしまいます。どんどん外堀を埋められていく主人公(犯人)は明確な焦りを抱えるのです。

「探偵役」にはふたつの前提があります。ひとつは読み手と同様の状態つまり「事件に対する心の準備がまったくできていない、まっさらな状態からスタートする」こと。もうひとつは「その事件に引きずり込まれる正当な理由がある」ことです。

 玄人探偵、素人、あるいは読み手自身かもしれません。事件にかかわる人なら誰でもよく、しかもその事件に対してまったく無防備(そのことに本人が気づいていなくても)でなけばいけません。


 このジャンルに重要な第二の要素は「秘密」です。

「探偵役」が手がかりを見つけるたびに、書き手は読み手に情報を開示し、最後には「秘密」の切り札を読み手に見せます。それこそがミステリー小説を読み始めた読み手が探し求めていた真実なのです。

 最後のページまで読み手がついてこれたのは、「秘密」を知らずにはいられなかったから。この「秘密」には「5W1H」をすべて揃えてください。つまり「謎の答え」をすべてを開陳するのです。

「謎」が深まるほど、読み手の代弁者である「探偵役」の追及も深まります。

 すべての「謎」を暴くための鍵。真実を追求する旅の最後にたどり着いた暗い部屋にあるものはなんでしょうか。

 人というものに隠された暗い真実に光を当てるような「秘密」。その事件が解決するまで、ありえないと思っているようななにかです。


 いよいよこのジャンルで重要な第三の要素「決まりを破る」の出番です。

「探偵役」が「秘密」を暴き真実を知るために、社会の規則や自分の決めごとを破ることになります。破られる規則は、倫理的なもの、社会的なもの、また個人的なものかもしれません。

「探偵役」が解決しようとしている事件に影響されてしまいます。それを読み手へ見せるために、規則を破らせるのです。

「秘密」と「謎」を追って、かつて踏み入れたことのない領域に踏み込み、普通なら絶対にやらないことをするのですから。ほとんどの場合「決まりを破る」ことでテーマの理解が導かれ、変容を遂げることになります。

 そしてここが読み甲斐を感じるポイントです。

 謎解きの深みにはまりこむあまり、主人公が自分に対する約束事や倫理や道徳を曲げてしまうとき。主に小説の後半部でこれが来ることが多いのですが、この角を曲がったことで、主人公は自分の信念を歪めたり、場合によっては法に触れたりします。

 そのような心をかき乱されるような代償が、よいミステリーには不可欠です。そして主人公がこの暗い曲がり角を曲がるから、読み手は事件の行方が気になります。そうまでしてたどり着かなければならない抗しがたい「秘密」がある証ですから。

(このあたりは水谷豊氏主演『相棒』の杉下右京警部の捜査手法を見ていればよくわかると思います。杉下警部はよく決まりごとを破って捜査を続けますよね)。


 ミステリージャンルでよく使われる手(必ずではありません)として「入れ子の事件」があります。

「探偵役」がある事件を追って捜査を始めると、やがてその事件と緊密に絡み合った他の事件が見えてくる、というものです(多くの場合は小説の冒頭で終わろうとしている事件)。


 以上「探偵役」「秘密」「決まりを破る」という三要素を紹介しました。

 いずれも最終的には「人間が持つ暗い側面」を読み手に見せる目的があります。

「謎」を解いて物語は終わります。それによって主人公は変わるのです。読み手は満足を覚えて終わります。しかしそれはなんとも言えない居心地の悪さが伴う満足感なのです。

「人間に関する真実(人間が持つ暗い側面)」こそが、ミステリー物語に読み手を惹きつけ続けるものの正体です。

 そしてミステリーが広く読まれる古典的名作の宝庫である理由でもあります。





最後に

 今回は「ミステリー」ジャンルについてまとめました。

 ミステリーの三要素「探偵役」「秘密」「決まりを破る」を盛り込めば、読み手を惹きつけるミステリーが書けます。

 しかし、ミステリーはしっかりとストーリーを構築しておかなければ、すぐに破綻してしまう難しいものです。

 これからミステリー小説に挑戦したい方は、まず短編から始めてください。世界初のミステリー小説である「モルグ街の殺人」も短編小説でした。新聞連載だったサー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』も短編連作で作られています。

 いきなり原稿用紙三百枚・十万字のミステリー小説を破綻せずに書ける人は、犯罪者の素質があると言ってよいでしょう。つねに「犯罪」「謎」について考えていなければ、破綻しない長編小説を支える構想は完成できません。

 だからといって現役のミステリー作家が「全員犯罪者」と言っているわけではないのです。もし「全員犯罪者」なら、犯人が探偵に真相を見破られる場面シーンは書けません。犯罪者にとって真相を見破られることは、投獄か絞首台へつながることなのですから。

 だから気を楽にしてミステリー小説を書いてみましょう。

 誰もあなたが「犯罪者」だなどと思いませんよ。なまじ知識があるため「犯罪者」にまわると手強いなとは思うでしょうけど。



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