818.構成篇:ハリウッド「三幕法」(セクション8・9)
今回もハリウッド脚本術のブレイク・スナイダー氏『SAVE THE CAT!』を小説に応用する方法についてです。
本来「三幕法」ですが、「起承転結」に変形させています。今回は「承」にあたります。
ここで読み手を楽しませて、物語を好きになってもらいましょう。
そのためには主人公が楽しむだけではなく、苦しませてもよいのです。
ハリウッド「三幕法」(セクション8・9)
ここから「起承転結」の「承」に入ります。
「非日常」の世界に踏み出した主人公が、仲間|(たち)の助けを借りながら歩みを止めずにいる状況です。本格的に「非日常」の世界を旅することになります。
そして「9.中間点」までたどり着いて、「偽りの勝利」または「偽りの敗北」に到達するのです。
そこでまず「8.お楽しみ」で全体的に「非日常」で「上り坂」を歩むのか「下り坂」を歩むのか。それを決めましょう。ここで決めたことがその直後の「10.坂が逆向きになる」の展開を定めるのです。
上ったら下る、下ったら上る。ひじょうにわかりやすい構図です。これがハリウッド脚本術になります。
8.お楽しみ(20〜50%)
このセクションこそが、おそらく読み手があなたの作品を手に取った理由そのもののはずです。
読み手は小説を読み始める前に、あらすじとかレビューとか口コミでこのセクションに書かれてある内容を小耳に挟んでいる可能性が高い。
今この瞬間、書き手が「約束された話」を読み手にお届けするのです。「8.お楽しみ」セクションのなにが「お楽しみ」かというと、読み手にとって「お楽しみ」。主人公がその状況を楽しめるとは限りません。
ここは第一幕「日常」の主人公が第二幕「非日常」の世界を生きるセクションです。第二幕が第一幕とは天と地ほど違うように設計されていれば、このセクションは手を出さなくても勝手に楽しいセクションになってくれます。
死闘を繰り広げていたとしても、もちろん読み手を楽しませますが、それだけではありません。それはお話の前提そのもの、さらにタイトルそのものでもあるのです。
これは複数
選択肢はこの「最高」と「最低」のふたつしかありません。思い切って新しい世界に飛び込んでよかったと思っているのか、もう前の世界に戻りたいと思っているのか、ふたつにひとつ。
あなたが創った主人公がどんな人か考えてみましょう。
第二幕の世界に足を踏み入れたときに、どんな感じでしたか。
「第二幕に来て幸せか」「第二幕での新しい人生でうまくいっているか」「第二幕には不幸で来たため嫌々か」「第二幕では苦労しているか」
とは言っても、「8.お楽しみ」が最初から最後まで楽しい、または苦しいという必要はありません。というよりもそうしないほうがよいのです。
「8.お楽しみ」セクションは物語全体の三割を占めますから、あの手この手で変化をつけてください。あの手この手を「スーパーボール」と呼びます。
主人公が弾んで上がってくる。そうして落ちていく。すいすい進む、まったく進まない。何かに成功する、失敗する。意中の異性を手に入れる、失う。探偵が事件解決の糸口をつかむ、偽の手がかりだった。王が戦に勝つ、負ける。
弾んで落ちてまた弾んで落ちて、うまく予想を裏切れば「8.お楽しみ」のセクションが豊かになります。読み手を釘付けにできます。そしてなにより楽しくなります。
「スーパーボール」は何回弾ませてもかまいませんが、最終的にはある一方向に向かっていくことになります。成功か失敗かのどちらか。それは書き手次第です。
成功に向かう「上り坂」でしょうか、それとも失敗に向かう「下り坂」でしょうか。
「8.お楽しみ」が「上り坂」か「下り坂」かで、次に来る「9.中間点」のセクションの内容を決めてしまいます。さらに残りの第二幕の方向も決定してしまうからです。
9.中間点(50%)
「9.中間点」は小説のど真ん中だけでなく、第二幕の中間でもあります。つまり主人公が変わる旅路のちょうど中間なのです。
大勢の書き手の方が「9.中間点」を「泥沼」と称します。それほど書くのが難しい場所なのです。
もし「9.中間点」がぎくしゃくしていたら、その小説はとてつもなく大事なところでしくじったことを意味します。
「9,中間点」は物語が急転換する軸です。ここが「主人公が変わる旅路」の折り返し点である以上、うまく使って「9.中間点」という「泥沼」を可能な限りワクワクするものにしなければもったいない。
では「9.中間点」とはいったいなんなのか。
1.主人公は「偽りの勝利」または「偽りの敗北」を味わう
2.主人公が変われなかったときの「代償が大きくなる」
3.表の「テーマ」の物語と、裏の「
まずは「1.偽りの勝利と敗北」について説明します。
「8.お楽しみ」のセクションで、主人公の進む方向が「上り坂」か「下り坂」か尋ねました。
「9.中間点」というのは「8.お楽しみ」が「上り坂」なら最高点、「下り坂」なら最低点に達するところ。「8.お楽しみ」セクションの役割は、物語を「9.中間点」に連れていってそこからどちらを向いて進むか決めることです。
第二幕の真っ逆さまな「非日常」世界で居心地がよい展開だったのなら、「9.中間点」で主人公に「偽りの勝利」を与えます。「上り坂」を上り続けて最高点に到達するのです。一見主人公が勝ったかのように見えます。
「偽りの勝利」で「9.中間点」を迎えたなら、主人公はまんざらでもないと思っているのです。もしかしたら第一幕で求めていた表のゴール「求めるもの」を手に入れたのかもしれませんし、もう少しで手に入るのかもしれません。
しかしその勝利は完全な勝利ではなく、しかも主人公はそのことを知りません。
なぜなら、まだ真に変わっていないからです。これまでの人生を蝕んでいた「欠点」をまだ抱えています。肝心要な大問題にまだ向き合っていないのです。
「求めていたもの」を「9.中間点」で主人公に与えて、肝心要な大問題に光が当てられます。主人公の勝利が偽りだったと読み手に見せることで、主人公の「求めていたもの」が表面的だとわかってもらえます。
なぜなら小説はまだ終わっていませんし、主人公は第一幕のどうしようもない主人公のままだからです。
一方で、もし主人公が「8.お楽しみ」のセクションでジタバタしているのなら、「9.中間点」には「偽りの敗北」が来ます。「下り坂」のいちばん低いところまで下がり、どう見ても主人公は敗北したかに見えます。
「求めるもの」は手に入らず、仮に手にしたとしてもなんの役にも立たないことに気づいてしまいます。もうあきらめようと思っているかもしれません。
なぜここで「偽りの敗北」が来るのか。「偽りの勝利」と同様、まだ本は半分しか終わっていないからです。主人公はまだ自分がこの物語から学ぶべき教訓を得ていません。
主人公が求めた表のゴール「求めるもの」を手にできずに「9.中間点」を迎えたとしても、主人公が直面していない肝心要な大問題に光を当てられます。
書き手は「これさえあればすべては大丈夫と思っていたものを手に入れられなかったから、主人公は自分の人生が終わったと思っているよ」と読み手に伝えているわけです。しかし、物語を半分残した時点で手に入れられもしなかったその「なにか」がたいして重要でないのは明らかです。もはや、そんな小さなことにかまけている暇はありません。
書き手は「偽りの勝利または敗北」を仕掛けることによって、「9.中間点」のセクションで二番目に大事な要素を操ります。「代償を大きくする」のです。
第二幕でここに至るまでに、主人公は「欠点」を直して自分を変える機会を与えられたのですが、その機会をちゃんと使いこなせていません。なぜなら、この段階ではまだ「本当に必要なもの」ではなく、「求めるもの」に導かれて行動しているからです。
「9.中間点」で変われなかったことの「代償を大きくする」ことにより、「ぐずぐずしていると、もうすぐ時間切れだよ」と教えてやるのです。ここで無理やり別の方向に向いて進むように仕向けられた主人公が、やがて追い詰められて待望の「変わる」事態を迎えることになります。
というわけで「9.中間点」は「本気を出さないとまずい点」とも言えます。
つまり「8.お楽しみ」の時間は終わりということです。
ではどうやって「代償を大きくする」のでしょうか。それは書き手次第なのですが、よく見られる方法を四つ紹介します。
恋愛関係の難易度アップ
これはキス(またはそれ以上)、愛の告白、結婚、プロポーズという形で現れます。恋愛関係のハードルを上げ、主人公が変わってしまう前の世界に後戻りするのを格段に難しくします。恋に落ちたら逃げられません。主人公はおそらく恋愛関係をこじらせてしまいます。だからといってなにごともなかったフリをして逃げ出すわけにもいきません。
秒読み開始
刻々と減っていく時間ほど、物語のハードルを上げて、ピントを素早く合わせ直す道具はありません。
爆弾があった。誘拐犯が時刻指定で身代金を要求。医師による余命二週間の宣告。日取りが決まって届いた結婚式の招待状。大統領への暗殺予告。
どれも小説の後半に突入していくための、緊迫感あふれる仕掛けです。
残された時間が設定されると、途端に主人公(と読み手)の注意が重要なことだけに絞られ、なにをすべきか考えるようになります。
流れを覆すゲームチェンジャーのひねり
プロットをひねるこのハードルの上げ方は、要するに主人公(と読み手)に「あなた、実は半分も見えていないよ。あなたが本当に相手にしているのはこれ」と伝えることです。
中間点のひねりと呼ばれています。スリラーやミステリーの書き手が好んで使う手です。「偽りの勝利」を手にしたと思ったら、容疑者がひとりではなくふたりだったと証拠が示しているひねりもあります。
ハードルの難易度が二倍増しです。捜査はさらにプレッシャーをかけられることになります。
パーティー、祝宴、人前に出る
中盤で大きなパーティーとか祝宴が出てくる作品が結構多いことに気づくはずです。パーティーとか祝宴はハードルを上げるイベントに見えないかもしれませんが、確実に上げます。
現在主人公は第二幕「非日常」の世界にいるのは確かですが、世界中に向かって「自分は変わった」と大声で触れまわってるわけでもないのです。おそらくこの段階ではまだ心の一部が第一幕「日常」に残っています。
そんな主人公を「中間点パーティー」に参加させます。そしてパーティーとか祝宴で大勢の前に出て、第二幕「非日常」の世界の一員になったと宣言する機会を与えます。衆人環視の中で「カミングアウト」するので、引っ込みがつきにくくなります。
以上「9.中間点」のサンプルを読みながら、もしかしたら「求めるもの」から「本当に必要なもの」への微かな移行に気づきましたか。
「9.中間点」で三つ目に大事なのは「表の物語」と「裏の物語」が交差し、主人公が「本当に必要なもの」がなにか探るために、それまで「求めていたもの」を手放すことです。
でも次のページで必要なものが見つかるわけではないし、次の章でも見つかりません。主人公がそこにたどり着くのは、まだまだ先のこと。正確にはセクションにして三つ先です。
でも「代償が大きくなり」、ハードルが上がったこのときが、主人公が今までのやり方では通用しないと悟る瞬間なのです。
なぜなら、ここまで全然ダメでも(偽りの敗北)すごくうまく進んできても(偽りの勝利)、主人公はまだなにかが足りないと感じているのですから。
この「求めるもの」から「本当に必要なもの」への移行は、「表の物語」と「裏の物語」を交差させることで描かれます。
「表の物語」は表面的な物語。あなたが第一幕からずっと設定してきては山場を作って読み手を喜ばせてきた見せ場たっぷりの、その小説の「前提」です。
「裏の物語」は内面的な物語。「裏の物語」の人物が象徴する心の旅路です。
「9.中間点」では、表と裏の物語の交差、つまり「表の物語」と「裏の物語」の人物が出会ったり、絡み合うことがよくあります。
これによって書き手は、目に見える形で求める「表面的なストーリー」から本当に必要な「内面的なストーリー」への移行があったと合図するのです。
読み手はなにが起きたか必ずしも気づかないかもしれません。
「9.中間点」で物語の方向が変わります。それによって主人公が元の世界に戻ることがいっそう難しくなります。
どこかで聞いたことがありませんか。「4.打破」を起こしたときに、まったく同じことをしました。あのときも「代償を大きくし」て、安穏とした第一幕の現状の世界に戻る難易度を上げましたよね。
つねに「代償が大きくなっ」ていくのが、素晴らしい物語というものです。
プロットの仕掛けを矢継ぎ早に繰り出して、主人公をつねに前へ進ませます。ハードルを上げるたびに、戻るのも困難になりますから。
最後に
ここまでが「起承転結」の「承」に当たります。
主人公には「偽りの勝利」または「偽りの敗北」が与えられるのです。
そしてこの先「転」で坂が反転します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます