819.構成篇:ハリウッド「三幕法」(セクション10〜12)

 今回も引き続きブレイク・スナイダー氏『SAVE THE CAT!』からハリウッド脚本術「三幕法」を「起承転結」の四部構成に適用していきます。

 概念が英語なので、できるだけわかりやすくはしたつもりですが、いまいちわかりづらいところが残っているかもしれません。





ハリウッド「三幕法」(セクション10〜12)


 ここから「起承転結」の「転」に移行します。「9.中間点」を境に、「上り坂」だった物語が「下り坂」に、「下り坂」だった物語が「上り坂」になるのです。

 つまり「承」と正反対の進行をするから「転」と呼びます。




10.坂が逆向きになる(50〜75%)

 第二幕は物語全体の50%以上を占めます。「9.中間点」を過ぎて「10.坂が逆向きになる」に到達する頃には、第二幕も終わりに近づいています。でも「11.追い詰められて喪失」のセクションが来る前にカバーしなければならないことは多いのです。

「8.お楽しみ」のセクションと同様、「10.坂が逆向きになる」も複数場面シーンや複数エピソードで構成され、かなりのページ数を費やします(全体の25%が目安)。でもちゃんと書かれた「10.坂が逆向きになる」のセクションは、物語の中でもとくに読み応えのある部分です。

「9.中間点」で悪事に失敗した悪者が、仲間を集め直して、武器を調達して、より悪い悪者になって戻ってくるような部分です。

 書いているのがスリラーならそういう悪者も出てくるでしょうが、あなたの物語に伝統的な意味での悪者(表の悪者)を出せと言ってるわけではないのです。

 物語が悪い方向に向くか向かないかは、書き手が「9.中間点」をどう扱ったかにかかっています。

 もし「9.中間点」で「偽りの勝利」を迎えたのなら「10.坂が逆向きになる」のセクションは次の「11.追い詰められて喪失」まで、どんどん「下り坂」です(単調にならないために何度か「スーパーボールを弾ませる」こと)。事態はどんどん悪化します。なにしろ「9.中間点」の勝利は「偽り」なのですから。勝ったと思っただけ。だからここで主人公(と読み手)に勘違いを見せつけてやります。その役目を負うのは、いわゆる悪者でもかまいません。

 一方、もし「9.中間点」で迎えたのが「偽りの敗北」(主人公が負けたかに見える)なら、その物語の「10.坂が逆向きになる」は、好転して「上り坂」になります、人生、どんどんよくなっていきます。すべてが快調に進むのです。障害物は取り除かれ、状況は改善。ひっくり返った第二幕の世界も捨てたものではないのかもしれない。「10.坂が逆向きになる」が「上り坂」の場合、「11.追い詰められて喪失」の直前にこのような「偽りの勝利」を置くことがよくあります。主人公はすべてを失う前に小さな勝利を収めるのです。

 本セクションが「上り坂」「下り坂」であっても、「悪者」がいわゆる悪人でも単に主人公に降りかかる災難でも、すべての物語に絶対に存在しなければならない悪者がひとりいます。

 それが「裏の悪者」です。つまり主人公を深く蝕む「欠点」や問題のこと。第一幕「日常」でお膳立てした主人公にとって都合の悪い諸問題。「2.気づかれずテーマとメッセージを提示」のセクションで約束されたとおり、いよいよ主人公が自分の問題から逃げ切れないときが来たのです。

 第二幕で主人公が転落しても好転しても、主人公の心に巣食った「裏の悪者」が悪さをするのです。人間関係を邪魔し、成功を阻害し、幸福を壊しています。主人公が「正しい方法」で問題を修復できるようになるまで、「裏の悪者」は暴れ続け、主人公をどん底に追い込んでいくのです。

 ここでいよいよ「11.追い詰められて喪失」を迎えます。




11.追い詰められて喪失(75%)

 主人公は落ちるところまで落ち、ついにどん底まで来ました。「どん底を経験するまで本当に変わることはない」というのは真理です。すべてを試して、たいせつなものをすべて失って、初めて人間は真実の道を見極めることができます。それが主人公の条件です。

 そこで主人公が真実の道を見極めて本当に変わる前に、一度どん底に突き落として、絶望の底に沈めて、もう変わる以外に道はない、というところまで追い詰めましょう。

 今度こそ「正しく」変われるように。

 仮に「10.坂が逆向きになる」でよいほうに行ったとしても、すべての主人公は避けられずしてどん底まで墜ちるのです。

「11.追い詰められて喪失」は一場面ワン・シーンのセクションで、全体の75%あたりにくるようにします。そして主人公をとても深い敗北の泥沼に沈めます。

 なんでもかまいませんが、ともかく「最悪」です。「4.打破」より強力で破滅的です。勝てる気がしません。主人公の人生は小説が始まったときより悪くなっています。

 すべては失われたとしか思えません。

「死の匂い」を注入します。死という言葉以上に絶望的なものはありません。だからこのあたりで登場人物が死んだり、死にかけたりするのです。


 あなたが好きな作品を思い浮かべてください。「11.追い詰められて喪失」のセクションでなにが起きるのでしょうか。登場人物が死ぬとしたらこのセクションであることが多いのです。とくに師匠キャラ。このセクションで師匠キャラを死なせると、残りの旅を主人公が自分ひとりで進まなければならなくなるので、すごく効果的です。自分の内面を深く見つめざるを得なくなり、そしてすでに答えを持っている自分に気づくのです。

 実際に誰かが死ななくても、死を匂わせるなにかが出てきます。部屋の隅で枯れている観葉植物。死んで浮かんだ金魚。頓挫した計画。壊れた人間関係。うまくいかなくなった商売。ダメになったアイデア。

 要するに、なにかがここで死ななければならないのです。新しい世界が、新しいキャラクターが、そして新しい考え方が生まれ出るためには、古い世界が、古いキャラクターが、そして古い考え方が「11.追い詰められて喪失」で死ぬ必要があるのです。


 事態が激しく動くこのセクションは、第一幕の「4.打破」のセクションと似た役目を果たします。最初の「4.打破」が主人公を悩ませ第二幕に突入させたなら、「11.追い詰められて喪失」は主人公を「12.改めて向き直る」に誘い、「13.変わるべきことを悟る」へと導きます。

「11.追い詰められて喪失」で主人公が被っている悲劇がなんであれ、それは間接的であっても主人公のせいで起きたことにするべきです。このバカがいつまで経ってもテーマを理解しないから。裏の悪者が主人公を内側から困らせ続けています。邪魔をし、間違いを犯させて。その果てに訪れた悲劇がこのセクションです。誰かの死の直接的な原因が主人公でなくとも、主人公が置かれた暗い状況は、自分のせいなのです。

 ここで起こるたいへんなことに、主人公は少しでも関係していなければいけません。でなければ主人公が学ぶべき教訓がなくなります。だから「11.追い詰められて喪失」というセクションがたいせつなのです。

 ここに来てヒーローはすべてを失い、敗北の悲しみにのたうち苦しみ、過去に下した間違った判断の数々を反省します。それが人生で最も重要な、最も激しく変化を促す反省になるとも知らずに。

「11.追い詰められて喪失」は一場面ワン・シーンまたは一エピソードのセクションです。悲劇はあっという間に襲いかかり、一場面ワン・シーンまたは一エピソードで終わります。




12.改めて向き直る(75〜80%)

「11.追い詰められて喪失」がもうひとつの「4.打破」なら、当然「12.改めて向き直る」はもうひとつの「5.逡巡」です。どん底に落ちた主人公はなにをすればいいのでしょうか。そうです。反応リアクションします。

 今まで起きたことについてすべて深く熟考してみます。そして苦しみます。

 主人公は座り込んだり部屋のなかをうろうろしたりしながら自己憐憫に浸るのがこのセクションです。

 主人公なら誰でものたうち苦しむのかというと、そうとも限りません。中には「否認」に陥る主人公もいます。

 ここで主人公がどう反応するかというのは、その主人公の人格にります。人生最低のときにどう振る舞えばよいのでしょうか。

 主人公は自分に降りかかった悲劇を理解するために時間が必要です。だから「12.改めて向き直る」のセクションは複数場面シーンや複数エピソードで構成されます。敗北と向き合う主人公を、何場面、何章か使ってじっくり見せます。

 でも、ただひたすら雨に打たれながら足掻いたり、悲しみに浸ったりするだけではありません。「12.改めて向き直る」には、とても重要でしかも有益な役割・役目があるのです。これは夜明け前の闇。なにか大きな展開が始まる前の暗闇なのです。

 ここは、心の変化が訪れる前の、最後の瞬間。

 だからこそ、思いもよらぬ発見はこのセクションに集中するわけです。

 最後の手がかりが見つかり、謎が解ける。主人公がそれまでと違った視点でなにかを発見する。今まで見ようとして失敗し続けたものが、急に見えるようになる。たいていの場合、この「12.改めて向き直る」セクションで謎(ミステリー小説に限らず)が解かれます。

 今、人生は最低ですっかりへこんでいる主人公ですが、心の底でなにかがちゃんと機能しています。それは「分析力」です。ずっと考え続けています。自分の人生を分析して、自分の下した決断をひとつひとつチェックするのです。求めるものを手にするため、今まで試して失敗したすべての行動について考えを巡らせます。そしてゆっくりと最終的な結論に近づくのです。

 だから「5.逡巡」のセクションと同じように、「12.改めて向き直る」セクションも「これからどうするんだろうか」という問いかけを中心に展開します。

 主人公はこれからなにをすればいいのか。絶望的な状況にどう対処すればよいのか。どうやったら第三幕に突入できるのか。

 ここは、小説全体の中でただ一回だけ主人公に後戻りが許されるところです。前進しなくてもかまわないのです。

 無理でなければ、あなたの主人公を出発点に戻してみてください。昔の友人と再開する。別れた恋人や配偶者とよりを戻す。昔の職場に戻る。第一幕の「日常」世界に戻してやります。足掻いていて、どうしてよいかわからない状態なら、慣れ親しんだところへ帰りたいと思うのは自然ですからね。ですが戻ったとしても全然安心できないし、懐かしくもない。まったく昔と同じように感じられません。

「慣れ親しんだものへの回帰」によって、主人公がどれだけ変わってしまったかを、くっきりと見せられます。主人公はもはや第一幕の「日常の人」ではないのです。ひっくり返った第二幕の「非日常」世界を通過したことで、別の人になったのです。第一幕の「日常」世界に放り込んでやることで、変化はより強調されます。以前あんなに居心地の良かった場所で、見知らぬ他人のように感じる自分がいるのです。これを見て主人公(と読み手)は、自分が第一幕「日常」の世界の住人ではなくなったことをはっきり理解します。もう昔の生活には戻れません。

 だから難しい決断をしなけばならないのです。

 第二幕「6.新しいことを試みる」で貼った絆創膏を引っ剥がし、その下に隠された深い傷を直視して、本当に直さなければならない。本当に変わるときが来ました。





最後に

「起承転結」の「結」に当たるのが「第三幕」です。ここですべてのことが終わります。「対になる存在」との戦いもここで終結するのです。

 しかし第三幕開始直後のセクション13は「転」に含まれますので、セクション13だけの投稿を行ないます。



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