807.構成篇:小説の構成と主人公の関連性

 今回は主人公が小説の構造へ与える影響について述べました。

 わかりやすく、ウィリアム・シェイクスピア氏『ロミオとジュリエット』をもとに見ていきます。

「主人公」をどうするかが「小説の構造」そのものなのです。





小説の構成と主人公の関連性


 小説とは、突き詰めれば「主人公の成長の記録」です。

 まず、ある状態の主人公が登場します。

 そして、出来事イベントが起こるまたは出来事イベントを起こして主人公に影響が及ぶのです。

 そうなると、主人公は出来事イベントを経験したことで「以前と変わり」ます。

 良い結果を生じることが多いのですが、悪い結果で終わる物語もあるのです。

 いずれにせよ、「以前と変わる」から物語の意義があります。




悪い結果で終わる物語

 主人公が、ある経験をして、以前より悪くなって終わる物語があります。

 よく「悲劇」と呼ばれるのがこの形です。

 劇作家ウィリアム・シェイクスピア氏の四大悲劇『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』はとくに有名ですよね。

 シェイクスピア氏は「悲劇」を組み込むことが巧みな劇作家で、皆様も『ロミオとジュリエット』ならご存知ではないでしょうか。

――――――――

【ロミオとジュリエット】ダイジェスト

 ヴェローナには互いを仇だとしていがみ合うキャピュレット家とモンタギュー家がありました。キャピュレット家には一人娘ジュリエット、モンタギュー家には一人息子ロミオが暮らしていたのです。(ロミオとジュリエットはどちらがこの物語の主人公なのか。タイトルからは見分けられないですが、ジュリエットを物語の主人公として、ところどころでロミオが主人公のシーンがあると見れば不自然さはなくなります)。

 ふたりは舞踏会で出会ってすぐさま恋に落ちます。互いが仇の旧家の一員であると判明してもふたりの想いは変わりませんでした。両家を仲直りさせたいロレンス上人が秘密の結婚式を執り行って、ふたりは夫婦となりました。

 そんなある日、ロミオはジュリエットの従兄弟ティボルトにケンカを仕掛けられます。自分の代わりとなった親友マキューシオを殺されたロミオは、我を忘れてティボルトを殺してしまい、ヴェローナから追放されました。(ここはロミオが主人公のシーンです)。

 突然自らのもとを去ったロミオに、ジュリエットは嘆き悲しみます。ジュリエットの両親は名門貴族パリスとの結婚を決めますが、ロミオと夫婦の誓いを立てている以上、断固として拒むのです。あまりに頑ななため両親は腹を立てて「言うことを聞かなければ勘当する」と言い放ちます。追い込まれたジュリエットはロレンス上人を頼りました。

 ロレンス上人は、「仮死状態になる薬を飲んで死んだと思わせて、目覚めたときに迎えに来たロミオと二人でヴェローナから駆け落ちする」妙案を示します。ジュリエットはそのまま死んでしまうかもしれないという恐怖と戦いながらも、42時間仮死になる薬を飲みます。そして家族から死んだと思われ、霊廟に葬られたのです。

 しかしロレンス上人の妙案がロミオに正しく伝わっておらず、ジュリエットが本当に死んでしまったと思い込んでしまいます。ロミオはキャピュレット家の霊廟の(仮死状態にある)ジュリエットのそばで毒をあおって死んでしまいます。(ここもロミオが主人公のシーンです)。

 仮死状態から目覚めたジュリエットはロミオの遺体を発見して絶望してしまったのです。そしてロミオが所持していた短剣で自らの胸を刺して後を追いました。

 ふたりの死を悲しんだキャピュレット家とモンタギュー家は自分たちの愚かさを知り、ようやく和解に向かうこととなったのです。

――――――――

 以上が『ロミオとジュリエット』のダイジェストになります。

 主人公はジュリエットで、「対になる存在」がロミオです。

 まずジュリエットが舞踏会でロミオと出会って恋に落ちます。互いが仇としている両家の出です。ですが恋に落ちればそんなことは関係ありません。

「キャピュレット家の一人娘ジュリエット」が「舞踏会に行く」と「仇のモンタギュー家の一人息子ロミオと出会って恋に落ちた」。

 これが最初の出来事イベントです。「舞踏会に行く」ことで主人公に変化が現れました。

「ジュリエット」が「仲の悪い両家に黙っ」て「ロミオと結婚する」。

 これが次の出来事イベントです。こちらも主人公に変化をもたらしました。 

 ここでロミオが主人公のシーンに切り替わります。

「ロミオ」が「ジュリエットの従兄弟ティボルトからケンカを仕掛けられ」て「代理の親友マキューシオを殺される」のです。

 ロミオの周りにも変化が起こりました。

「ロミオ」は「親友を殺されたためティボルトに復讐して殺し」たため「ヴェローナを追放」されます。

 ロミオはジュリエットのそばにいられなくなりました。

 ここでジュリエットが主人公のシーンに戻ります。




主人公がある経験をして以前と変わる

――という具合に、主人公をシーンごとに切り替えているのです。もし全編ジュリエットが主人公だとすると、ロミオがヴェローナを追放されたさまは伝え聞いただけになりますし、ロミオが「ジュリエットを死んだと勘違い」して自害するさまは視点を持つジュリエットが仮死状態ですから当然書けません。それでは物語としては骨が脆すぎます。

 わかりやすい物語にするために、シェイクスピアはあえて主人公の切り替えという手間をかけているのです。

 そして「主人公」が「ある経験をし」て「以前と変わる」仕組みは一貫しています。「良い方向」か「悪い方向」かはわかりませんが、確実に変わっているのです。「以前と変わらない」という選択肢はありません。


「ある経験をし」ながらも「以前と変わらない」というのは牧歌的で、いわゆる「ギャグマンガ」のような印象を与えます。その効果を気づかせてくれたのが芥川龍之介氏『蜘蛛の糸』です。主人公カンダタは、生前助けた一匹の蜘蛛が天国から垂らした一本の糸を登っていこうとし、後に続いてきた者たちを追い払おうとして糸が切れて地獄へ墜落する話になっています。主人公は変化しているのですが、変化しないものがあったのです。それは文頭と文末に出てくる「お釈迦様」です。カンダタがそんなことになっているなど気にもとめず、なにごともないように過ごしています。

 つまり「以前と変わらない」お釈迦様という存在が、『蜘蛛の糸』という小説に滑稽さ、皮肉さを与えているのです。

 この仕組みに気づいた芥川龍之介氏はたいへん着眼点のよい書き手であることは疑いようがありません。だからこそ菊池寛氏が芥川龍之介氏を「稀代の名筆家」と評したのです。




主人公の変化が物語の構造そのもの

 ウィリアム・シェイクスピア氏は名作として四大悲劇が挙げられるほどドラマチックな演劇を数多く執筆しています。稀代のストーリーテラーなのです。

 すべての作品を知らなくてもかまいません。しかしやはり四大悲劇と『ロミオとジュリエット』くらいは読んでおいたほうが、シェイクスピア氏の技量のほどを体験できてよいと思います。

 シェイクスピア氏から学ぶべきものは、「主人公」が「ある経験をし」て「以前と変わる」という「物語の基本要素」「物語の構造」そのものです。

『ロミオとジュリエット』は、究極的には「ジュリエット」が「夫であるロミオが死んでいるのを発見」して「後追い自殺する」物語になります。

 そしてその外を「キャピュレット家」が「一人娘と仇敵のモンタギュー家の一人息子を亡くし」て「仲直りに向かう」物語という構造になっているのです。

 この「主人公」が「ある経験をし」て「以前と変わる」という「物語の基本要素」が、そのまま「物語の構造」つまり「小説の構造」になっています。

 だからこそ、どんな「主人公」なのかを明らかにしていくことが、「どんな物語になるのか」を決めることにもつながるのです。





最後に

 今回は「小説の構成と主人公の関連性」について述べました。

「主人公」が「ある経験をし」て「以前と変わる」ことそのものが「小説の構造」になっていることに気づいていただけたでしょうか。

 主人公の設定は「どんな物語にしたい」かによって決めるべきです。『ロミオとジュリエット』なら、「仲の悪い家同士」が「仲直りする」物語にしたいという意図があります。そこで「仲の悪い家」であるキャピュレット家の一人娘「ジュリエット」が、モンタギュー家の一人息子「ロミオと恋をし」て結果的に「心中する」話に仕立て上げたのです。

 だから主人公ジュリエットと「対になる存在」のロミオは仇敵同士の家出身になります。ロミオと恋をするために「舞踏会で出会う」出来事イベントを起こすのです。そして心中するためにロミオと引き離されなければなりません。

「主人公」をどうするかが「小説の構成」そのものであるというがおわかりいただけたかと存じます。



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