799.構成篇:出来事と構成と人物

 今回は「出来事と構成と人物」についてです。

 人物へ構成に従って出来事を起こしていきます。その流れが「構成」そのものなのです。





出来事と構成と人物


 物語の中ではさまざまな「出来事イベント」が起きます。

 そして「出来事イベント」がどんな順序でどのタイミングで起きるのか「構成ストラクチャー」するのです。

 組み立てられた「構成」の中で「出来事イベント」を体験して変化する「人物キャラクター」がいます。

 この「出来事イベント」「構成ストラクチャー」「人物キャラクター」こそが小説を物語る三要素なのです。

 中でも最も重要なものが「人物」であることは疑いないでしょう。


 どんなにすぐれた「出来事」であろうと、それがどんな順序でどのタイミングで起ころうとも、それを体験する「人物」がいなければ、読み手は興味を惹かれないからです。

「人物」抜きで、仮に風景の移り変わりを書いたとしても、読み手は関心を持ちません。小説は俳句ではないのです。情景を描写するのではなく、「人物の変化」を記した散文に類します。

 読み手もまた「人物」なのです。「人物」である以上、読み手は小説の「人物」とくに主人公へ感情移入できます。感情移入した「人物」が「構成」に従って順に「出来事」を体験して変化していくのです。

 つまり読み手は主人公を通じて「出来事」を疑似体験し、主人公とともに成長していきます。

 その肝心の「人物」が出てこないわけですから、情景描写として散文の「俳句」と言ってもよいでしょう。




完全無欠な主人公は読み手にウケない

 書き手としては「完全無欠な主人公」を活躍させたくなります。

 そのほうが読み手はワクワクするんじゃないか、という期待をもとにして。

 しかし読み手が小説に求めているものは「完全無欠な主人公」ではありません。

 これはとてもたいせつな観点です。

 どんなピンチも難なく解決してしまう主人公だと、緊迫感サスペンスが生まれません。それに人間は多かれ少なかれ「欠点」を持っています。そこに親近感を持って、読み手が主人公に没入しやすくなるのです。

 たとえば「横断歩道の上で猫が座り込んでいる」としましょう。そこに「十トントラック」が迫ってきています。あなたならどうしますか。後先省みず猫を救うでしょうか。トラックのドライバーへ「横断歩道に猫がいる」と身振り手振りで伝えようとするでしょうか。

 後先省みず猫を救うのは「勇気がある」と言えますが、反面「無謀」とも言えます。ドライバーへ伝えようとするのはわが身を危険にさらすことなく解決しようとする「知力がある」と言えますが、反面「わが身が可愛い」「勇気がない」とも言えます。

 それが「考える間もなく横断歩道に飛び出して猫を拾い上げ、道路の向こう側へ華麗に着地」なんてされたら、「猫に迫る十トントラック」には緊迫感サスペンスがまったく生まれないのです。


 読み手は「完全無欠な主人公」つまり「完璧な主人公」が登場する小説には、緊迫感サスペンスをまったく覚えません。「どうせ主人公がなんとかしてしまうんだろう」と冷めた見方をされてしまいます。

 では現実に目を転じましょう。この世の中に「完全無欠な人物」は存在しますか。あなたにとっての「完全無欠な人物」でもかまいません。

 野球選手ならイチロー氏や大谷翔平氏は「完全無欠な人物」に見えるでしょうか。サッカーならバロンドールを分け合うクリスチアーノ・ロナウド氏やリオネル・メッシ氏は「完全無欠な人物」に映ると思います。

 ではイチロー氏や大谷翔平氏にサッカーをやらせ、クリスチアーノ・ロナウド氏やリオネル・メッシ氏に野球をやらせてみたらどうでしょうか。その分野でも「完全無欠な人物」足りえるでしょうか。

 近しいところでは陸上男子百メートル走・二百メートル走の世界記録を持つジャマイカのウサイン・ボルト氏がオーストラリアでプロサッカー選手を目指して第二の人生を謳歌しています。しかしウサイン・ボルト氏がサッカーの公式試合に出場したでしょうか。していませんよね。ほとんど趣味でサッカーを楽しんでいるように見えます。

 このように「すべてにおいて完全無欠な人物」など、この世には存在しないのです。それなのに、あなたは小説で「完全無欠な主人公」を登場させています。今見てきたように「現実味がない」ですよね。




欠点が共感を呼ぶ

 読み手が共感シンパシーできて没入しやすくなり、物語を存分に堪能してもらいたいのなら、「完全無欠な主人公」などというものはきっぱりと切り捨ててください。

 できれば主人公には、なんでもいいのでなにか大きな「欠点」が最低でもひとつは欲しいところです。

「足は速くてトラップもうまいけど、シュートがすべて明後日の方角へ飛んでいくサッカー選手」は大きな「欠点」を持っていますよね。「足は速くてもドリブルの速度に生かせない」というのも「欠点」です。

 小説に登場する人物は「完全無欠」では成り立ちません。必ず「欠点」を作りましょう。それは個人の問題かもしれませんし、環境の問題かもしれません。過去に問題があってそれを引きずっていることも考えられますね。


「欠点」は多くあるほど読み手が没入しやすくなりますが、あまりにも多すぎるとかえって感情移入を妨げてしまうのです。なにごともほどほどが一番。

 主人公の「欠点」を、その人生のある部分だけの「欠点」にとどめてはなりません。一度「欠点」が露わになると、その「欠点」は見る間もなく拡大していくのです。「欠点」がひとつであっても多数であっても、主人公の家庭や職場や学校、そして人間関係に。主人公の世界全体に影響させるのです。

 読み手があなたの作品を読み始めて「こういう人生は嫌だな」と思ってほしい。

 そもそも「出来事の渦中に放り込まれる」のは、主人公になにがしかの「問題」があるからです。「問題」が多ければ多いほど、主人公が「出来事の渦中に放り込まれる」ことになります。

 そのために「主人公」は「書き出し」から「出来事の渦中に放り込まれる」ことがたいせつなのです。「出来事の渦中に放り込まれる」と主人公は「欠点」を露わにします。

 読み手がなぜ小説を読むのでしょうか。

 主人公が「問題」を解決して、持っていた「欠点」が改善するからではありませんか。突き詰めれば「主人公が成長する姿が見られる」からです。

「不完全な主人公」が、少しはよりよい人物になるからこそ、あなたの小説は素晴らしい作品になっていきます。




主人公の目標は問題の解決

 主人公は「欠点」とそれにまつわる「問題」を抱えているのです。

 主人公自身は自分に「問題」があることくらいわかっています。わかっていなければいないで問題なのですが。

「問題」をどうやって正せると考えているのでしょうか。どうすれば人生がよりよくなると考えているのでしょうか。

 この「どうやって」「どうすれば」の「答え」が、主人公の目標になります。そして主人公は小説が終わるまで、その「答え」を手に入れようともがき続けるのです。

 それがわかっただけでは不じゅうぶん。主人公がなにかを求めていなければなりません。そしてそれを手に入れるために行動する必要があります。

 主人公に目標を設定して、その達成のため積極的に行動させれば読み手を主人公に感情移入させ、あなたの小説をブックマークしてくれる率が高まります。主人公が求めるものを手にするかどうか気になるから、読み手は先へ先へと読み進めてくれるのです。

「VRMMORPGのデスゲームを解放したい」と目標に掲げていれば、「いつ解放されるのか気になる」のではないでしょうか。

 主人公はなにを求めていますか。「幸せになりたい」とお答えになる書き手が多いと思います。ですがこれは抽象的です。どこまでの状態になったら「幸せ」なのかがわかりません。「なにを手に入れれば幸せになれる」のかまで考え抜かれていること。

 基本的に主人公が求めるものは「物体」であることが望ましいのですが「概念」であってもかまいません。

「新型電気自動車を手に入れる」こと「片想いの相手に告白して無事結ばれる」ことといった具体性があれば「幸せになりたい」でもなんとかなるでしょう。

 目標が見えやすいものなら、読み手も主人公を応援しやすいのです。


「主人公はなぜまだその目標を手にできていないのか」は興味深い問いかけです。

 答えは至って単純。「すぐにその目標が手に入ったら、物語はそこで終わってしまう」からです。

 物語を「結末エンディング」まで導くために、主人公が求めている目標は、容易に手に入ってはならないのです。苦労して手に入れるから、読み手は感情移入を強めます。

 目標から主人公を遠ざけようと行く手を遮る力が存在するのです。「葛藤」「対立」「ライバル」などがそれにあたります。




本当に必要なものは人物の過去に隠されている

 目標つまり求めるものは、物語が進むにつれ変わってもかまいません。田中芳樹氏『銀河英雄伝説』では、主人公のラインハルト・フォン・ローエングラムは最初の目標を「ゴールデンバウム朝銀河帝国を打倒し、自らが至尊の地位に即く」ことにしています。そして帝国内に独裁権を築けたら、「自由惑星同盟を滅ぼして銀河を統一する」ことに切り替わるのです。

 また主人公が目標(求めるもの)を必ず手に入れなくてもかまいません。

 それは主人公にとって「本当に必要なもの」ではないのかもしれないからです。

 主人公は自分の人生をよくしてくれるものがなにかを、間違って認識していることもあります。というより、たいていの人物は間違って認識しているのです。間違っていない人は「聖人」くらいではないでしょうか。

 ほとんどの方は、手っ取り早く身の回りのもので適当に手を打ちたいのです。もっとお金があれば、もっといいゴルフクラブがあれば、もっといいフライパンがあれば、もっといい物が手に入れば、もっと仕事ができれば、もっと人の心がわかったら、私をダンスに誘ってくれる相手がいれば。そういったものが手に入れば最高の人生を送れるのに。そう思ってしまいます。

 でも実際に手に入れてみると、それだけでは最高の人生を得られないことに気づくのです。

 この思索の過程こそが物語であり、「本当に必要なもの」に気づいてそれを求める過程が物語の主流メイン・ストリームとなります。


 主人公がどんな「欠点」を持つに至ったのか、それがなぜ「問題」へと発展してしまったのか。そしてなにが主人公の「欠点」「問題」を解決してくれるのか。それを決めるのは書き手であるあなたです。

 小説のキモは、主人公がその物語でなにを獲得するのか。どうして主人公でなければこの物語が成立しないのか。

 たったそれだけです。





最後に

 今回は「出来事と構成と人物」について述べました。

 出来事も構成も、最終的には人物(主人公)に帰します。

 主人公は「欠点」を持っていますし、そこから発展した「問題」を有するのです。

 完全無欠なヒーローは読み手にウケません。物語の展開を追っていて、ハラハラもドキドキもしないからです。

「欠点」があるから主人公に愛着を覚えます。だからこそ「出来事イベント」が起きれば「欠点」を抱えながら戦うのです。そうして読み手はハラハラ・ドキドキしながら物語を追ってくれます。



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