792.回帰篇:最後に伝えたいことを組み込む

 今回は「転結」から構成を決めることについてです。

 今日から「結末」についていくつかまとめて投稿します。

 まだどのくらいの回数になるのかはわかりません。





最後に伝えたいことを組み込む


 実用文書で「なにが言いたいのか」は、その文章の終わりに書かれます。

 会社でプレゼンテーションをする際には、最初に「伝えたいこと」つまり「結論」を書き、「なにが課題なのか」「それを行なう意義はなにか」を書いて、最後にもう一度「伝えたいこと」「結論」を持ってくる構成にするのです。

 この構成は論文やレポートでは定番と言えるでしょう。

 しかし小説は最初に「伝えたいこと」を書いてしまうと、そこだけ立ち読みして満足されます。そして、その小説は買われることなく書棚に戻されるのです。




構成は転結から決める

 小説は「書きたい場面(シーン)」があるから書きたくなるのです。それが「書き出し」であることはまずないでしょう。

 最も盛り上がる佳境クライマックス場面シーン、感動的な最終場面ラストシーンを書いて読み手に語りたいのではありませんか。

 であれば、最初に決めるべきなのは「最も盛り上がる」場面の「転」、「感動的な」最終場面の「結」であることは明白です。

 実は「連載が続かなくなる」要因は「結末が決まっていないのでわからない」からと言うことが多い。

 ですが先に「転結」が決まっていれば、「起承」で書くべきことは自ずと導き出されます。また「転」で起こる「最も盛り上がる」出来事イベントの発端(伏線)をも算出して配置することができるのです。

 最後をきっちりまとめることで、読後感が生み出されます。最後にまとめられず、あいまいなままで終わってしまったら。読み手は呆れて、書き手の評価がとめどなく下がり続けます。

 物語はきちんと締めること。これは最低限のルールです。


 できればその小説の「最後の文」を、先に決めてしまいましょう。すると物語の中心に大きな柱が建つのです。すべての「小説の文章」は、この「最後の文」へと向かいます。

「最後の文」は一文である必要はありません。数行や項や節、なんなら章でもいいのです。

 書き手が「なにが言いたかったのか」「なにを伝えたかったのか」。端的に表れるのが文章の「最後の文」です。

 だからこそ、連載小説は「エタっ」てはなりません。

「エタる(エターナル:終わらない)」と読み手は「最後の文」に出会えなくなります。つまり「感動しよう」と思って読んでいるのに、いつまで経っても「最後の文」が読めず「感動できない」のです。ストレスが溜まらないはずがありません。そのストレスは「ブックマーク剥がし」にとどまらず、感想やレビューで酷評されることにすらつながります。「知名度ネームバリュー」だって傷つかないはずがないのです。

「最後の文」にはそれだけの影響力があります。けっして楽観視して連載を中座させないでください。どうしても時間が空くのであれば、事前に「次回は◯◯日に投稿します」と前もって公表しましょう。前もってわかっていれば、読み手はちゃんと待っていてくれます。「エタらせる」なんてもってのほかです。




終わり方を決めなければ書かない

 このくらいの気概を持ちましょう。

 どんなに平凡な小説でも、ラストシーンがよいだけで「名作」と呼ばれることがあるそうです。よくそこまで読み手が飽きずに読んでこられたものだと感心しますが。そのあたりが「つまらない小説」と「平凡な小説」の差なのでしょうね。

「つまらない小説」は読むに耐えないので、読んでみて面白くなければその場で見切られます。

 しかし「平凡な小説」ならなんとか読めなくもない。とくに「知名度ネームバリュー」のある書き手の新作なら、「平凡な小説」でも付き合って読んでくれます。名作を書いたほど「知名度ネームバリュー」のある書き手なら、「つまらない小説」でも終わりまで読んでもらえるかもしれません。その結果「よいラストシーン」が描かれていたら、それまでがどんなに「つまらない小説」であろうとも「名作」と呼ばれることがあるのです。

 それほど「転結」は重要度が高いことを憶えておきましょう。




テンプレートの功罪

「転結」を先に決めてしまえば、「つまらない小説」「平凡な小説」になることはまずありません。

 なぜなら「転」で盛り上げて、「結」で感動させたいという「小説の目的」がはっきりしているからです。

「几帳面な小説」は丁寧に書かれますが、盛り上がりには欠けます。「盛り上げよう」「感動させよう」という「小説の目的」が見え透いていると思い込んでいるからです。

 実際は見え透いているほどテンプレートに従った作品が高く評価されます。

 小説投稿サイトで人気の出た作品のテンプレート小説は、「盛り上げ方」「感動のさせ方」のパターンが決まっているので、「ハズレ」を引きにくいからです。

 テンプレートは悪ではありません。盗用レベルで原典を引き写すことは著作権に引っかかります。しかし「物語の筋道」と「盛り上げ方」「感動のさせ方」のパターンだけなら著作権は及ばないのです。

 だから小説投稿サイトでは、大ヒットしている作品をテンプレート化して雨後の筍のように似た作品が乱立します。あるときなどはランキングの上位がすべて同じテンプレートの使い回しであることさえあったのです。


「ハーレム」が流行ったり「チート」が流行ったり「追放」が流行ったり「ざまぁ」が流行ったり。小説投稿サイトでは今日も新たなテンプレート探しが行なわれています。

 それだけ「革新的」な小説が求められているのです。

 しかし自らが「革新的」な小説を書こうと企む書き手はほとんどいません。

 せっかくいい案を思いついたのに、もし誰からも評価されなかったら書くだけ損だと思われているからです。

 つまりテンプレートが効率的すぎるあまり、「革新的」な小説に挑もうとする土壌が耕されていません。

 これは小説投稿サイトのあり方そのものが原因です。『小説家になろう』では「革新的」な小説はなかなか日の目を見ません。

 そこで「革新的」な小説は短編小説として発表すべきです。「短編小説」なら一回の投稿だけで評価されますから、ランキングの上位に載ることもできる。上位に載れば「知名度ネームバリュー」が高まります。「知名度ネームバリュー」が高まれば「革新的」な連載小説を追ってくれる読み手が増えるのです。


 テンプレートは「誰でもヒット作が書ける」反面、「誰かがヒット作を書かなければ小説が書けない」という「人の褌で相撲を取る」状態になります。

知名度ネームバリュー」がないうちはテンプレートの量産で名前を売り、じゅうぶん名前が売れたら初めて「革新的」な小説に挑戦していくべきです。

 そうしなければ、小説投稿サイトはテンプレート作品だらけで退屈極まりない状況に陥ってしまいます。実際テンプレート作品が強い『小説家になろう』では「革新的」な小説はほとんど見られません。

 これはランキング重視の小説投稿サイトが抱える弊害の最たるものです。





最後に

 今回は「最後に伝えたいことを組み込む」ことについて述べました。

「転結」が先に決まれば、その小説は力強い推進力を得て連載が捗ります。

 もし「転結」を決めずに連載を始めてしまうと、どのような「盛り上げ方」「感動のさせ方」をすればいいのかわからなくなるのです。そうして連載小説が次々と「エタり」ます。

 どうしてもよい「転結」が思い浮かばないのなら、テンプレートに手を出せばいいのです。没個性でもかなりの読み手が付きますからね。

 ですが、できるなら短編小説で「革新的」な小説の探りを入れて、評価されたら連載していくようにしましょう。



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