782.回帰篇:人称と視点の違い

 今回は「人称」と「視点」についてです。

 これまでひとまとめにしていた「人称」と「視点」について、細かく見ていきます。

 初心者にオススメなのが「一人称一元視点」つまり主人公にだけカメラやセンサーを取り付けて書く手法です。

 間違ってもどこにいる誰の心も読める「神の視点」では書かないでください。

 一見書きやすいと思われる「神の視点」は、成立させるために数多くの制約がつきまといます。





人称と視点の違い


「人称」とはなにか。「視点」とはなにか。

 これを正確に答えられる方は、すでに小説を書く素地が出来あがっています。

 答えられなかった方。ご安心ください。今回は「人称」と「視点」について久しぶりに言及します。




人称とは

 まず「人称」について。これは文法上で動作を行なっている人物を表す言葉です。

 動作をしている人物が自分なら「私は陸上トラックを走った。」と一人称代名詞を用いますよね。

 動作をしているのが「視点」を持っていない人物なら「彼は陸上トラックを走った。」と三人称代名詞を用います。また「聖人は陸上トラックを走った。」のように固有名詞を直接書く方法もあるのです。こちらも「三人称」であることに変わりはありません。

 一人称代名詞を用いて書かれている小説を「一人称小説」と呼び、三人称代名詞や固有名詞を用いて書かれている小説を「三人称小説」と呼びます。


 もし「あなたは陸上トラックを走った。」と英語でいう二人称代名詞「あなた」「君」を用いて書いたら、「二人称小説」です。「二人称小説」は動作を行なっている主人公が話し手以外であるが、話し手は主人公の情報しか書けない小説になります。もし話し手が自分の動作を書いてしまったら、「一人称小説」に戻ってしまうのです。また第三者は見えることだけを書けば「二人称小説」になります。しかし第三者についての話し手が考えていることまで書いてしまうと「三人称小説」に変わってしまいます。

 だから「二人称小説」はほとんどの人が書けません。私も当然書けません。成功した例も少ないため、「二人称小説」が書けるというだけで評価される書き手だと認識されます。そのため「小説賞・新人賞」レースでは完全な「二人称小説」が書けたら選考に有利だとされているのです。

 有利だとわかっていても「二人称小説」を書くことはとても難しい。まずは短編小説に挑戦してみましょう。いきなり長編小説で挑戦してもすぐに挫折するはずです。三千字から五千字くらいなら破綻せずに書けることが多い。長編小説はそれを積み重ねて築きあげましょう。「小説賞・新人賞」を「二人称小説」で書いて受賞した作品は、ほとんどが短編連作の形をとっています。「二人称小説」のお手本として有名なサー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』も短編連作形式で書かれているのです(主人公はホームズ、動作を行なっている人物を語るのはワトソン)。プロになるような方でも、三百枚の長編小説として書くことはほとんどありません。




視点とは

 では「視点」について。「視点」とは物語を誰が見ていて読み手に語って聞かせているのかを示します。

 ライトノベルの多くは「主人公に視点を据えて、主人公の心の声も読み手に語って聞かせる」ように書く「一人称一元視点」略して「一人称視点」です。これは書き手が主人公にのめり込んでいれば、書き手が見たこと聞いたこと感じたことをそのまま書くだけで主人公の「一元視点」として破綻しません。だから小説を初めて書く人には「一元視点」をオススメしています。

 次に多く用いられるのが「三人称視点」です。「三人称視点」にはいくつかの派生パターンがあります。

 最も書きやすい「三人称視点」は「一人称視点」で書いた文章の一人称を三人称に置き換えていくものです。これを「三人称一元視点」と呼びます。

「登場人物の幾人かに視点を持たせて、場面(シーン)が切り替わるごとに視点も切り替わる」パターンもあるのです。その物語には語り手が複数いることになります。しかしシーンごとに「視点」は固定してあるため、他人の考えていることは語り手の推測でしか書けません。この手法は群像劇ではとくに必須の書き方です。私はこれを「三人称多元視点」と読んでいます。通称「群像劇視点」です。


 場合によっては「登場人物の誰にも視点を持たせず、カメラやセンサーなどを至るところに置いて書く」ことがあります。これはさらに二つに分かれるのです。

 ひとつは「すべての人物の感じていること思っていること考えていることは書かない」ことです。これは新聞記事に見られる「客観視点」であり、人物の心情がいっさい書かれていないので感情移入がしづらい欠点もあります。

 もうひとつは「すべての人物の考えていることを書く」ことです。これが俗に「神の視点」と呼ばれています。いつどんなときにどこにいる誰がなにを考えているのか。心情が文章にダダ漏れの状態です。そのため誰の考えなのかがいまいちわかりにくいので、書き手は書きやすい代わりに、読み手はとてもわかりにくくなります。つまり「神の視点」は読み手のことを考えていないのです。

 二人称小説として成立するのが「物語の登場人物のひとりに視点を持たせて、その人物本人の動作を書かない」パターンです。一般的にこれを「二人称一元視点」略して「二人称視点」と呼びます。




人称視点は組み合わせ

 主人公にカメラやセンサーを置いて、主人公が見たこと聞いたこと感じたこと思ったこと考えたことなどを「私は」「僕は」「俺は」などで書くのが「一人称視点」です。

 例.「(私は)あの男をひと目見たときから怪しいとにらんでいた。」


 主人公ではないがそれに近い人物にカメラやセンサーを置き、主人公が見たこと聞いたこと感じたことを「そうだろう」「そのようだ」のように推測で、カメラやセンサーを持った人物は自らのことを書かずに主人公のことを「あなたは」「君は」のように二人称で書くのが「二人称視点」になります。「二人称視点」は相当筆力がないとすぐに破綻するのです。

 例.「君はあの男をひと目見たときから怪しいとにらんでいたようだ。」


 主人公とは別人にカメラやセンサーを置いて、主人公が見たこと聞いたこと感じたことを「彼は」「彼女は」のような三人称代名詞や「聖人は」のように固有名詞(姓名)を書くことを「三人称一元視点」と言います。一般的には「一人称視点」で書いた後に、一人称代名詞を三人称代名詞や固有名詞(姓名)に置き換えたものを指すのです。

 例.「彼(松島)はあの男をひと目見たときから怪しいとにらんでいた。」


 主人公や「対になる存在」など複数の人物にカメラとセンサーを置き、シーンごとに主人公が代わり、カメラとセンサーを持つ者の見たこと聞いたこと感じたことを、三人称代名詞や固有名詞(姓名)を用いて書くのが私が命名した「三人称多元視点」「群像劇視点」です。

 例.「松島はあの男をひと目見たときから怪しいとにらんでいた。いっぽうその男も松島のことを訝しんでいた。」


 人物ではなく空間や物体にカメラとセンサーを置き、登場人物の誰の心の中も書けないものは「客観視点」と私が命名しました。新聞記事や論文のように主観を排した客観的な視点です。

 例.「松島はあの男をひと目見たときから怪しいとにらんでいたようだ。いっぽうその男も松島のことを訝しんでいたらしい。」


 人物ではなく空間や物体にカメラとセンサーを置き、登場人物の誰の心の中も書けてしまうものを俗に「神の視点」と呼びます。思いついたことをそのまま書けるため、最も書きやすいのです。しかし誰の心の声なのかがすぐにはわからなくなってしまうので、読み手にとっては最もわかりにくい文章となります。推理小説では犯人がすぐにバレてしまうので、「神の視点」では書かないようにしてください。

 例.「松島はあの男をひと目見たときから怪しいとにらんでいた。その男も松島のことを訝しんでいた。」





最後に

 今回は「人称と視点の違い」について述べました。

「群像劇視点」と「神の視点」は文例がほとんど同じです。それだけ「群像劇」を書くのは難しい。きちんと場面シーンを分ける意識があれば視点の切り替えも起こって、ちゃんと「群像劇視点」で書けます。文例では「いっぽう」という語を置いて場面シーンを分けています。たった一語あるかないかで「群像劇視点」と「神の視点」は揺れ動くのです。

 また「二人称視点」と「客観視点」は似ています。誰の心の中も覗けないことは共通していますから、こちらは文章の主体を「あなた」「君」などをとるか、「彼」「彼女」などの三人称代名詞や「松島」などの固有名詞(姓名)をとるかで分かれるのです。

「人称視点」においては、「二人称視点」と「神の視点」が難しさの頂点を競います。

 ただ書くだけなら「神の視点」は書きやすいのですが、正しく読み手に伝わらないことが多いのです。「神の視点」は読み手に正しく伝えられるほどの筆力が求められます。

「二人称視点」は書くのが至難です。しかし読み手はすらすらと読める。この差が大きいのです。



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