781.回帰篇:形容動詞もできるだけ減らす

 今回は「形容動詞も減らしましょう」ということです。

 そもそも「形容詞」がダメな理由は「感想だから」でしたよね。

 そして「形容動詞」にも「感想を意味している」ものがあります。

「静かな夜」の「静かな」は語り手の「感想」ですよね。





形容動詞もできるだけ減らす


 前回「形容詞」を極力減らすことで描写力を鍛えようと述べました。

 ですが「形容詞」と似た性質を持つ品詞がもうひとつあります。「形容動詞」です。

「今日は静かな夜だ。」の「静かな」が「形容動詞」です。もし「静かな」を使わない表現を考えたとするなら「今日は静まりかえった夜だ。」「今日は物音ひとつしない夜だ。」のような形になります。




形容動詞も実は感想

「形容動詞」は「形容詞」と同様に「感想」を表明する品詞です。ただし、活用が「名詞+だ」と酷似しているためあまり気づかれません。

「今日は静かな夜だ。」の一文を読めば、「静かな」が「感想」であることは明白です。反対の文を考えれば「今日は騒がしい夜だ。」となります。形容動詞「静かな」の反対が形容詞「騒がしい」なのです。これで「形容動詞」が「形容詞」と性質は同じであるとわかりますよね。

 上記「今日は静まりかえった夜だ。」「今日は物音ひとつしない夜だ。」では、「形容動詞」を動詞に置き換えることによって「感想」を動作に転換しています。「物音ひとつしない」は厳密にいうと形容詞「ない」を用いていますが、これは動詞「する」の活用として生じるものなので例外であることは前回にも申したとおりです。

「エアコンの効いた快適な部屋にいる。」の形容動詞「快適な」も実は活用方法が異なるだけで「形容詞」と同様「感想」になります。

 そこで「エアコンの効いた過ごしやすい部屋にいる。」とします。これでもよいように思われますが、「過ごしやすい」は形容詞「やすい」を用いているため「感想」であることに変わりありません。「感想」であることがより明確になったとも言えます。

 そこで次のように書き換えたらどうでしょうか。

「エアコンの効いた室温二十五度の部屋にいる。」

 これならいかがでしょうか。「感想」ではなく「データ」になりましたね。人間は室温が二十度から二十五度の間を最も過ごしやすく快適だと感じます。だから「二十五度の部屋にいる」と書けば「快適なんだろうな」「過ごしやすいんだろうな」と読み手に「感想」が生まれてくるのです。

 他には「形容動詞」を連用活用して「に」にすることが考えられます。「エアコンの効いた快適に過ごせる部屋にいる」です。しかしこれだと「に」が二回出てしまうのでスマートではありません。

 もちろんそれぞれを見れば「快適に」は「快適な」の連用形であり、「部屋に」は名詞に助詞「に」を加えた形です。機能としてはまったくの別物。なのですが、日本人の脳には一見すると同じように見えてしまいます。

 このように「形容動詞」を活用して残すことはとても難しいのです。

 そもそも「形容動詞」は「感想」であることは前記しました。

 であれば「形容動詞」にこだわることはないですよね。

 最近は「形容動詞の活用」と助詞「に」が明確に区別されだしたので、これはそこまで目くじらを立てるほどではないでしょう。




動詞形・名詞形を用いると

「暖かい」「温かい」という「形容詞」があります。これらは「暖まる」「温める」のように動詞形にすることができるのです。そして「暖かさ」「温かさ」のように名詞形にすることもできます。


「形容詞」を動詞化することで、単純に「感想」が動作へ切り替わるのです。「部屋が暖かい」なら「部屋が暖まっている」と書きます。実に単純ですね。ただし「どのくらい暖まっているのか」がわかりません。

「感想」が抜けたおかげで「客観的」になったのはいいのですが、「どのくらい」「どの程度」が消えてしまうことはよくあります。今回の場合なら「部屋が二十五度に暖まっている」と具体的な数字を入れ込んでしまえば「どのくらい」「どの程度」を文意に加えられるのです。

 名詞形にすることで「部屋の暖かさは運動するのに適している。」のように書けます。こちらは名詞化したために動詞がありません。そこで「運動するのに適している」と動詞を加えて表現しています。


 同じように「形容動詞」にも動詞形と名詞形があるのです。

「静かな」の動詞形なら「静まる」「静める」になります。冒頭で「今日は静かな夜だ。」を「今日は静まりかえった夜だ。」に書き換えたのも、形容動詞を動詞形にして解決したのです。

「静かな」のように動詞形が存在する「形容動詞」はいいのですが、漢熟語の「形容動詞」の場合は苦労します。たとえば「厳かな」には対応する動詞がありません。ということは「厳かな」の意味を名詞と動詞で表す努力をするしかないのです。同じ漢字だと「厳しい(きびしい・いかめしい)」があります。ですが、ともに形容詞です。


 名詞形はごく単純で活用語尾である「な」を省くか「さ」に差し替えるかすればいい。「静かな」の「な」を省いて「静か」「静かさ(静けさ)」のようになります。「さ」に差し替える場合は「静けさ」のように音が変化してしまうものもあるので、そこは憶えておいてください。「静かさ」は発している音量の大小を指し、「静けさ」は周囲の音量の大小を指しています。このように「さ」を用いるときは意味合いが正しくなるよう選択してください。「今日の夜の静かさ。」「今日の夜の静けさ。」縮めて「今夜の静かさ。」「今夜の静けさ。」になれば、単に「情報」を伝えるだけで「感想」の意は薄まります。




形容動詞も突き詰めれば感想

 では「悲愴な色」という言葉で、あなたはどんな色彩をイメージするでしょうか。おそらくほとんどの方はまったく別の色彩をイメージしたはずです。それはなぜか。「悲愴な」という形容動詞が「感想」だからです。

「感想」である以上、「悲愴な色」とは読み手の個人的な経験に紐づいている色彩が選ばれます。

 日本人はお葬式の際に白と黒の縞模様が書かれた「鯨幕」を掲げるのです。だから、身内や知り合いが死んだ印象が強い方は「白と黒」が「悲愴な色」になります。

 交通事故に遭い、出血多量で瀕死の重傷を負った方なら血の「赤」が「悲愴な色」でしょう。

 キイロスズメバチに刺されてアナフィラキシー・ショックを経験した方にとっては「黄色と黒」が「悲愴な色」になります。

 青空が広がる海辺で親友が溺死したことがあれば、「青」が「悲愴な色」でしょう。

 どうですか。人によって「悲愴な色」がどんな色彩なのか。まったく異なりますよね。同じ色彩の人を探すことは困難です。

 この場合「薄寂れた鈍色にびいろ」のように色彩を断定したほうが、「物悲しさ」を伝えられます。

 このように「形容詞」「形容動詞」は「感想」を述べているに過ぎないのです。




感想は記憶に残らない

 ここで気をつけておきたいのは、太宰治氏『走れメロス』の「書き出し」が「メロスは激怒した。」であることです。「感想じゃないか」と思われそうですが、これは「感想」ではありません。「激怒した」は「感情」の動詞です。だから人々の記憶に残る「書き出し」となりました。

 これに比べると「形容詞」「形容動詞」を用いた「書き出し」は、人々の記憶には残りません。残りませんから、どの作品が「形容詞」「形容動詞」を用したのかも思い出せないのです。

 前回に述べましたが、「形容詞」は記憶に残りません。「たしかそんな感じのことが書いてあったな」というくらいが残るだけです。

 この特性を活して、推理小説なら「重要な情報」をあえて「形容詞」で書いて、読み手の記憶に強く残らないように配慮しましょう。書き手の「感想」である「形容詞」も使いどころはあるわけです。

 ということは、同じく「感想」を述べている「形容動詞」にも同様の効果が期待できます。ただし「形容動詞」は「名詞+だ」とほぼ同じ形なので、「形容詞」よりも記憶に残りやすくなるのです。

 よって読み手の意表をつきたいなら「形容詞」、ちょっとした齟齬を生み出したいなら「形容動詞」を用いれば、狙いどおりの効果を発揮します。




小説賞・新人賞を狙っている方へ

 あなたが「小説賞・新人賞」に応募しようとしている作品は、間違っても「形容詞」「形容動詞」で始まっていませんよね。えっ、始めてしまったですって。

 今からでも遅くはありません。「形容詞」「形容動詞」を省いた「書き出し」に書き換えてしまいましょう。そうするだけで格段に「印象や記憶に残る書き出し」が生み出されるのです。

「小説賞・新人賞」は目の肥えた出版社レーベルの編集さんや新人プロ書き手さんが読んで「面白い」かどうかを判断しています。

 その方々が読んで「面白い」と思わせるには、「書き出し」から「記憶に残る」ことが最重要です。文章の巧拙よりも、勢いを感じさせる「書き出し」が重視されます。

 それがわかっているのなら、「書き出し」に書き手の「感想」を書いてはなりません。書き手の「感想」を排して読み手の「感想」を引き出すテクニックは、すべての書き手に求められる「秘伝中の秘伝」です。

 そういう文章は描写力に富んでおり、脳内で人物たちが躍動します。人物が活き活きとした小説は、それだけで評価できるのです。

 もしあなたが「一次予選を通過したことがない」のであれば、まずは書き手の「感想」である「形容詞」を可能な限り省き、「形容動詞」をピンポイントで使うようにしてください。それだけで「一次予選通過」は確実に近づきます。





最後に

 今回は「形容動詞もできるだけ減らす」ことについて述べました。

「形容詞」ほどではないにしろ、「形容動詞」も書き手の「感想」を書いていることに変わりはありません。

 例外は比喩である「〜ような」、伝聞である「〜そうな」です。この二つが使えないと、「形容詞」を省き、「形容動詞」を減らすことはできません。



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