780.回帰篇:形容詞は書くのではなく感じさせる
今回は「形容詞」についてです。
前回「あえて」形容詞の書き出しを書きませんでした。
その理由は「形容詞」はただの「感想」にすぎないからです。
形容詞は書くのではなく感じさせる
形容詞は感想そのもの
形容詞を書くのはとても簡単で、しかも状態や状況を一語で表せるため、文章の執筆ではひじょうに重宝されます。
しかし「彼女は美しい。」「彼女の顔は白い。」「ファストフード店でハンバーガーをかじりながらの雑談は楽しい。」という文章は、わかった気になるだけで実際にその状態が思い浮かぶかといえば浮かばないでしょう。
それは形容詞がただの「感想」でしかないからです。
「感想」をそのまま書いても、読み手が読んでどう感じるのか。あなたが書いた「感想」どおりの感じ方はまずされません。
文字情報として「嬉しい」と書いてあっても、読み手は主人公と「嬉しい」感想を共有できないのです。
「不安が大きい」「やり口がせこい」「体が重い」のいずれも「感想」になります。
これら「感想」を直接書いても読み手と「感想」が共有されることはありません。「感想」とは、出来事から刺激を受けて、心の中から湧いてくる思いのことです。
「不安が大きい」には大きさが明確に書かれていませんから、どのくらいの大きさだから「大きい」という「感想」を持ったのか。それがわからないのです。だから読み手と「感想」を共有できません。であれば「不安が富士山のように立ちはだかっている。」のように大きさのわかるものを「比喩」として書く必要があります。
形容詞を使わず文章を書く不安
形容詞はできるだけ書かないように心がけてください。
もちろん「この部分はさっと流してもらいたいから」という明確な理由がある場合は、形容詞を使って「感想」だけ書いてしまえばいいのです。
しかし小説にそのような「さっと流してもらいたい」場面などそうそうありません。
長い文章を書くとき、できるだけ形容詞を書かないようにする理由は、形容詞がただの「感想」だからですよね。
形容詞を使わずに文章を書いて読み手に伝わるのか。不安がる人もいるでしょう。
「形容詞を使わずに文章を書く」には、名詞と動詞を用いて書くことです。
そこには「比喩」を入れる余地が生まれます。「比喩」こそが小説内のイメージを読み手に伝える直接的な手法なのです。
そして名詞・動詞・「比喩」を用いて文章を書き、読み手に「形容詞」を思い浮かべてもらえれば、あなたが読み手に伝えたかったイメージは誤解されることなく明確に伝わります。
「彼女は陶器のように透きとおった顔をしていた。」と書いて、読み手に「彼女の顔は白いのか」と「感想」が返ってくれば、あなたの文章は読み手に正しく届いているのです。
だから形容詞をできるだけ省く努力をしてください。
「ファストフード店でハンバーガーをかじりながらの雑談は楽しい。」は「楽しい」と「感想」を書いてしまい、読み手が脳内でイメージを浮かべられなくなっています。
これを「ファストフード店でハンバーガーをかじりながら、気心の知れた友達と雑談が弾んで賑わった。」と書くだけで脳内に「楽しい」イメージが浮かぶはずです。
「感想」だけをつらつらと書いてしまうと読み手は「この小説、面白くない」と感じてしまいます。
小説は書き手が伝えたい物語を、読み手に伝わるように書くことが鉄則です。
「怖い」も「寒い」も「可愛い」も、そのまま書けば書き手の「感想」を読み手に押しつけているにすぎません。それは「伝わった」と言わないのです。
「真夜中に山奥の廃校に懐中電灯一本を手にして足を踏み入れる。どこからかなにかの鳴き声のような音が聞こえてきた。音のする二階へ向かって階段を昇っていくと、突然足元の階段が崩れ落ち、危うく階下へ落ちそうになり間一髪手すりを掴んで落下を免れた。」と書いてあれば、「怖さ」は読み手の心に引っかかります。
このような努力を繰り返すことで描写力は確実に身につくのです。
「感想」をそのまま書くだけでは、読み手になんらの状況も状態も感情も伝わりません。「感想」の最たるものが形容詞です。であれば、形容詞を極力省く努力をすれば、筆力は必ず向上します。
初心者には難しいことなので、取り組むのなら曲がりなりにも長編小説を一本書いてから挑戦してください。その頃になれば、形容詞を省くためにどのような表現をすればよいのか考えられるだけの心の余裕が生まれています。なにせ十万字ほどの文字を書いてきたのですから。そうなってから「形容詞排除」を進めても遅くはありません。
形容詞はただの手抜き
小説で形容詞を多用するのは「手抜き」以外のなにものでもありません。
「長い文章」と上記していますが、これを小説で書くなら「原稿用紙三百枚にも及ぶ文章」と数字を明確に書けば「それは長いな」と読み手に思わせられるのです。つまり「感想」として「長い」ことが伝わります。
「彼女は美しい。」もただの「感想」でしかない。小説で書くなら「彼女は、二重まぶたで切れ長の目に、細くアーチを描いた柳眉、鼻筋が通って小鼻もちんまりとし、唇が口紅で強調されている。左目下の泣きぼくろが情の深さを感じさせた。」と書いたらどうでしょう。
たった一語「美しい」と書いただけでは、イメージできなかったものが、克明に浮かび上がったはずです。これが形容詞を可能な限り禁止する大きな理由となります。
本来ならこのように描写しなければならないのに、安易に形容詞に頼ってしまう。これでは描写力を身につけられません。
描写力は形容詞を用いないことを意識するだけで、否応なく要求されます。たとえ不慣れでも、頭をひねって形容詞を使わない文章を考えるだけで、描写力は否が応でも鍛えられるのです。
ゆえにあなたが描写力に悩んでいるのなら、まずは「形容詞を使わない」と意識して取り組みましょう。
言うのは簡単なのですが、「形容詞を使わない」で文章を書こうとすると、途端に表現に窮するのです。
どう書けばよいのか。正解が見えない課題に取り組むことになるのです。「形容詞」を排した表現に腐心して、読まれたとき初めて「形容詞」の示す「感想」を読み手に抱かせることができたら、それが正解になります。唯一の正解などなく、より伝わる表現とはどのようなものかの模索が続くのです。
これは「プロの書き手」ならほぼ例外なく、全員が行なっている努力でしょう。
あえて形容詞を使うとき
あえて「形容詞」を使うべき場面は、「イメージに残したくない感想」を書くときです。たとえば推理小説で探偵や刑事が聞き込みをして、「あの人は卑しいんですよ」「あの人のことが怖いんです」なんていう「感想」を読み手に提示して、さも「卑しい」「怖い」と情報を与えておきます。しかし実際の人物像を描写していくと「卑しい」「怖い」という「感想」とは異なる描写がなされている。ということがよくあります。形容詞を使ってバイアスのかかった情報を読ませて読み手をミスリードするのが目的です。
こういう文字情報による先入観を用いてミスリードを誘う手法は、推理小説の常套手段でしょう。
逆に言えば「推理小説でもないのに、あえて形容詞を使う必要はあるのか」。これを考えてください。ほとんどの場合、あえて「形容詞」を使う必要なんてありません。意志が弱いと「まぁここはさらっと流したいから形容詞でいいや」となびいてしまいます。しかし、描写力を高めるには「形容詞」を用いない文章を目指すべきです。
始めは誰にだって「難しい」。そこを越えるために試行錯誤する作業そのものが描写力を鍛えます。
ちなみに、使ってもよい「形容詞」もあります。どちらかと言えば無ければ文章が書けない「形容詞」です。
「ない」「よい(いい)」「たい」「ほしい」は省こうとすると他に表現のしようがない「形容詞」になります。
たとえば「慌てない」「急がない」「走らない」のように動詞の活用や、「吾輩は猫でない」「卵はない」のように名詞のものが存在しない場合は「ない」と書かなければ書きようがないのです。動詞「ある」の反対は形容詞「ない」ですよね。
「歩いていいから止まらないで」「こりゃ都合がいいね」のように「よい(いい)」以外に書きようがない形容詞もあります。「歩いていいから止まらないで」を変えようとすれば「歩いてかまわないので止まらないで」のように「ない」に依存しなければなりません。
また「歩きたい」「食べたい」「歩いてほしい」「食べてほしい」のように動作の願望を表す「たい」「ほしい」も置き換えが利かない形容詞です。
ですから「ない」「よい(いい)」「たい」「ほしい」は使ってもよいものとします。
もうひとつ留意したいのが「色彩」です。
「色彩」を表す「形容詞」はいくつかあります。「白い」「黒い」「赤い」「青い」「黄色い」「茶色い」「濃い」「淡い」「明るい」「暗い」それに「薄い」「深い」です。「白い」から「茶色い」までは「色彩」そのもの。「濃い」「淡い」「明るい」「暗い」「深い」は色味の差を表すものです。
できれば「色彩」を表す「形容詞」も使わないほうが文章で読ませる力が生まれます。そうなると「色彩」が表現できない場合は名詞化または形容動詞化、また動詞化することもできます。
「白さ(白み)」「黒さ(黒み)」「赤さ(赤み)」「青さ(青み)」「黄色さ(黄色み)」「茶色さ(茶色み)」「濃さ」「淡さ」「明るさ(明るみ)」「暗さ」「薄さ」「深さ(深み)」が名詞化したものです。
「白」「黒」「赤」「青」「黄色」「茶色」が形容動詞化。
「白まる」「黒まる」「赤ばむ(赤らむ・赤まる)」「青ばむ(青まる)」「黄ばむ」「茶色む」「明るむ(明らむ)」「暗まる(暗める)」「薄まる(薄める)」「深まる(深める)」が動詞化です。
次回に語りますが、形容動詞もできるだけ少なくしましょう。できれば動詞化または名詞化して「色彩」を表現できるようにしてください。
どうしても「形容詞」以外に表現ができない場合だけ、「色彩」の「形容詞」を用いるようにするのです。
最後に
今回は「形容詞は書くのではなく感じさせる」ことについて述べました。
「形容詞」は書いた人の「感想」を書いているにすぎません。
小説では書き手の「感想」を読まされても、読み手が同じ「感想」を抱けないのです。
そこで「形容詞」を禁じ手とし、それ以外の品詞を用いて文章を書きましょう。そうすれば描写力が驚くほど高まります。
「感想」のない文章で読み手に伝わるのか不安になる気持ちもわかります。ですが、単に「気持ち悪い」と言われるのと「口元がゆがんで薄ら笑いを浮かべ、じとっと据わった目でこちらを眺めている」と言われるの。どちらが「気持ち悪い」人物でしょうか。
これが小説で「感想」を書いてはならない理由です。
あなたが今までに書いた小説を一度読み返してください。形容詞がどのくらい使われているのか。調べてみればきっと「こんなに使っていたんだ」と驚かれると思います。使わないで表現する力つまり描写力を鍛えていけば、自然と形容詞は減っていくのです。
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