777.回帰篇:最適な書き出しの一文

 今回は「書き出し」の書き方についてです。

「異世界転移」小説を元に、どのような「書き出し」が読み手を惹きつけるのか、考察しました。

 あなたは「何年何月何日」なんていう書き出しをしていませんか。





最適な書き出しの一文


 あなたは小説を書こうとしています。企画書・あらすじ・箱書き・プロットと進んできて準備万端。いざ執筆に!

――と思ったのはいいのですが、なかなかいい書き出しが見つからない。なんてことはありませんか。

 かの「文豪」たちも名作の「書き出し」には苦労したのです。

 駆け出しのあなたが「書き出し」に四苦八苦するのは当たり前だと思いませんか。

 ではどんな「書き出し」がよさそうか。例題をもとに考えてみましょう。




例題.

 ジャンル:「異世界転移」ものの「剣と魔法のファンタジー」

 視点:主人公による一人称視点

 時間:平成31年4月8日(月曜日)朝7時35分。7時半過ぎと表記してもよい

 場所:JR東日本・新宿駅8番線中央線快速・東京駅行きホーム

 主人公:高橋恵。25歳。性別自由。大手商社「三月堂」経理部勤務。6月に係長への昇進を控えている

 出来事:通勤通学ラッシュのなか、いつものように列の先頭で電車待ちをしていたら後ろから突き飛ばされて、入線してきた電車に轢かれた。死んだと思ったのだが、意識が戻ると鬱蒼とした森の中で倒れていた

 設問:読み手を惹き込む「書き出し」を書いてください


 アドバイス:例題はライトノベルやファンタジー小説でよく見かける「異世界転移」の場面を想定しました。どのように書けば読み手を物語に惹き込めるのでしょうか。

「書き出し」にはできるだけインパクトを持たせて、先が読みたくてたまらないと思わせたいところです。

 時間、場所、出来事、主人公だけを決めていますから、主人公の性別はご自由に設定してください。


 あえて「ハイファンタジーでよくある書き出し」を例題と致しました。

 では早速書き出しを考えてみましょう。

 ここにはあなたが欲しいのに足りない情報がいくつかあることに気づきますか。

 とりあえず主人公の性別がわかりませんよね。性別は書き手であるあなたと同じほうが圧倒的に書きやすいのでそれに揃えてください。

 名前は自分で作ったほうが愛着も出ると思いますので、変えてもかまいません。性別を自由にするため男性読み「たかはしけい」と女性読み「たかはしめぐみ」ができる「高橋恵」にしました。

 使い捨ての名前くらいパッと浮かばないようでは、これから小説で食べていくことはできませんよ。使い捨ての名前は人口の多い苗字を持ってくるか、逆に「これはないだろうけど、名は体を表すな」というものを使うかです。たとえば「大手商社」勤務ですから「大手正司」にするといった具合に。「高橋恵」は前者の人口の多い苗字からとっています。

 服装や髪型などの「見た目」も設定されていませんね。あなたの好みに設定してかまいません。

 あとは設定のどれを活かして「書き出し」に据えるかだけを考えましょう。

 どんな書き出しをすれば読み手を惹き込めるのでしょうか。




考察1.

 それでは考察してみましょう。

「平成三十一年四月八日月曜日。今は午前七時半過ぎだ。俺、高橋恵は今朝も出社するためJR新宿駅八番線ホームでいつも乗り込む中央快速東京行の電車を待っていた。」

 さて、この「書き出し」で読み手は惹き込まれたでしょうか。

 かなり難しいと思います。読んでいたあなたも惹き込まれなかったはずです。

 真っ先に時間と場所を書いておかないと気が済まないという書き手は結構います。それが読み手のためになっているかと問われれば、上記のように疑いの目を持たざるをえません。

 正直に言って、この「書き出し」をした小説は、この一文目だけで読み手に見切られます。

 いちおう一人称視点で書こうとはしているようです。しかし一人称視点において書き出しで「何年何月何日。」なんていう情報を書いてはいけません。

 主人公が見たもの聞いたもの感じたものを書くのが一人称視点です。あなたは日常で「平成三十一年四月八日月曜日。」なんてことを思っているものでしょうか。几帳面な方ならもしかするとしているかもしれませんが、それはほんの一部の方々のはず。おおかたは今が「何年何月何日」かなんてほとんど気にしませんよね。せいぜい「また憂鬱な一週間が始まるのか。」くらいの印象を持つだけではないでしょうか。ならそう書けばいいのです。


 では三人称視点で書こうとしている場合、「何年何月何日」という情報は重要なのではないか。そう思う方もいらっしゃると思います。このような言いまわしをするということは「重要じゃないんだ」とお気づきになる方が多いでしょう。

 実はこの「何年何月何日」という情報自体が初心者の陥りやすいトラップになっています。


 小説に書いてよいのは「物語で意味を持つ」情報だけです。

「異世界転移」ものを書こうとしているとき、異世界転移した「日付」が重要な意味を持つことはきわめて少ない。たいていの作品は「異世界へ行ったきり」になるからです。「元の世界に戻ってくる」ことが前提であれば「日付」に意味を持たせられます。

 たとえば「平成三十一年四月八日」に「異世界転移」して、異世界で一年経ってから元の世界へ戻ってきたら「平成三十一年四月三十日」だったとします。異世界で経験した一年間は現実世界では一カ月弱が経過しただけだったのです。

 これなら「日付」に意味がありますよね。現実世界と異世界での時間の流れが異なる『浦島太郎』のような作品であることは明白です。

 ここまで理解していたら、書き出しで「何年何月何日。」と書くのは正直難しい。

 あなたが読み手になったとして考えてください。

 タイトルとあらすじを読んで「これは面白そうな異世界転移ものだ」と思ってクリックしてみます。すると冒頭で「平成三十一年四月八日月曜日。」と書いてあるのです。

 多くの読み手は「だからどうした」としか思いません。

 この作品が田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のような群像劇であれば、いちいち「日時」が書いてあっても、それは時系列を明らかにするためだと納得する方が多いはずです。

 ですが『銀河英雄伝説』であろうとも、「書き出し」は日付ではありません。序章では確かに「何年」と書いていますが、本編である第一章の「書き出し」はいきなり人物が登場します。

 群像劇である『銀河英雄伝説』ですらそうなのです。たかが「異世界転移」ものでいちいち「日時」を正確に書くのもいかがなものかと思いませんか。

「日付」が意味を持つ「異世界転移」ものであっても、その「日付」が書き出しに持ってくるほどとても大きな意味合いを持つことはまずありません。

 ですので、書き出しに「平成三十一年四月八日。」と書いた方は不正解です。




考察2.

 では「俺の名前は高橋恵。大手商社『三月堂』の経理部に勤める二十五歳のサラリーマンだ。六月から晴れて係長に昇進することが内定している。」という書き出しはどうでしょうか。

 これでは小説ではなく、ただの「自己紹介文」です。

 そもそも一人称視点なのに「俺の名前は高橋恵。」なんて心の中で思うでしょうか。思いませんよね。それこそ「自己紹介」するシーンであれば「私は高橋恵です。」くらいは言うでしょう。「自己紹介」をするのに「俺の名前は高橋恵。」なんて名乗るのは、よほどフレンドリーな場面か女性を口説いているときくらいなものです。

 真っ先に主人公のことを書いたという点では評価できます。しかしそれが「名前や経歴を述べただけ」に終わってしまうのがいけないのです。

 実は「書き出し」のトラップとして経歴を書きました。この経歴を活かすには物語がある程度進んでいなければなりません。「異世界転移」した先で使えるスキルがあるのかどうか。それを考えるために経歴を用意したのです。

 ですので、主人公の経歴を披露した方も不正解と致します。




考察3.

 まず「主人公」に感情移入してもらいましょう。

 そのためには「出来事のさなか」に主人公を置くことです。

「JR新宿駅八番線ホームの列の先頭に立っている。」でもかなりましな書き出しですが、今ひとつ心沸き立つ感じがしません。

 ちなみに「書き出しの一文が始まるより前から動作が継続している」ときは「〜た。」と過去・完了の文末を用いるべきです。つまり、

「JR新宿駅八番線ホームの列の先頭に立っていた。」

 とします。これなら本文が始まる前から列の先頭に立っていることが読み手に伝わるのです。




解答.

 では解答に参ります。

「書き出し」はいきなり本題から入るのがセオリーです。

「列の先頭に並び、ホームに入ってきた快速電車を待っていると、いきなり後ろから線路へ突き落とされた。」

 いかがでしょうか。これなら状況と事態が一目瞭然です。しかも唐突に「生きるか死ぬか」を迫られます。ここで死んでしまうと「異世界転生」ものに、生き残れば「異世界転移」ものになるのです。

 どこの駅の何番線ホームにいようと、それらの情報は「書き出し」にはほとんど必要ありません。

 本作が「異世界転移」ものであることを示したければ、いきなり主人公が「異世界転移」する状況に巻き込まれてしまうのが最も簡単かつ合理的です。

 鉄道の駅にいたことは「ホームに入ってきた快速電車」だけでわかりますよね。

 さらに印象に残るような書き出しにすると、

「ホームに入線してきた電車に撥ね飛ばされた。」

 まで情報を絞ってもかまいません。その代わり続く文で、

「最前列で快速電車を待っていたときに、いきなり後ろから押し出されたのだ。」

 と補足しましょう。

 難があるとすれば、この書き出しだと主人公の性別と年代がわからないところです。

「俺は」「あたしは」を加えるだけで性別の見当がつきます。「僕は」「私は」だといまいち性別が区別しにくい。「ボクっ娘」のように自分のことを「僕」と呼ぶ女子は結構います。男性でも年齢や役職が高ければ一般的に「私」を使うはずです。俗に言う「オネエ系」の方々は「あたし」をよく使いますよね。

 そこで「書き出し」の後に性別や年代がわかる情報を書き加えていき、ファーストシーン全体で設定を読ませておけばベストです。

 続けて「六月から係長になれるはずだったのに、俺の人生が終わるなんて。三月堂の未来を背負って立つのは俺しかいない。そう自負したからこそ、残業がキツい経理の机仕事にもじっと耐えてきたんだ。こんなことで死んでたまるか。俺が死んでたまるか! そうだ、俺は死なない、死ねないんだ!」

 なんて書くと出世に未練たらたら引きずったまま「異世界転移」してくれそうじゃないですか。そして異世界でミッションを達成したら現実世界へ戻ってくる伏線フラグにもなります。


「異世界転移」ものとしてどんな「書き出し」が及第点かおわかりになったはずです。間違っても「平成三十一年四月八日月曜日。」などと書かないようにしてくださいね。

「異世界転移」もので転移前の日付が重要なら、書き出しの出来事が進んでいくにつれ、たとえば現地民に「今日は四月八日ですよね? 平成三十一年の」と聞くだけで済むのです。

「書き出し」は必ず出来事イベントの真っ只中にしましょう。





最後に

 今回は「最適な書き出しの一文」について述べてみました。

「どうしても納得のいく書き出しが書けない。私には小説を書く才能はないのだ」と見切ってしまうのは早計です。

 まずは「納得のいかない書き出し」を考えてリストアップしてください。そしてそれとは異なる「書き出し」を案出してみるのです。出来た「書き出し」を読んでみてまだ「納得がいかない」のであれば「納得いかない」リストに加えていき、また異なる「書き出し」に頭をひねりましょう。そうしなければ、同じ「書き出し」ばかり思い浮かんでいっこうに「納得のいく書き出し」へはたどり着けません。

 私のオススメは「出来事の真っ只中」で「書き出し」を書くことです。

 しかしこれは私の感性と経験則から導き出した答えなので、他に納得のいく「書き出し」を思いついたのなら、ためらうことなく用いてみましょう。



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