776.回帰篇:小説は書かれていないことでも出来ている

 今回は「ムダのない文章」で読ませる「行間」についてです。

 名著は「行間を読ませる」と言いますよね。

 ですが実際に書くとなると、どうすればよいのかわからないと思います。

 できるだけ丁寧に書きましたが、まだわかりにくそうなので、わからない方はコメントをいただけると助かります。

 コメントがあり次第「補講」を書こうと思います。





小説は書かれていないことでも出来ている


「小説の文章」に「ムダな一文」はありません。

 すべての文が作品を物語るうえで必要不可欠だからこそ、面白さが凝縮されるのです。

 しかし凝縮されたジュースはそのままでは飲めたものではありません。「カルピス」だって原液をそのまま飲める人なんてまずいないでしょう。

 小説の文章に「ムダな一文」がないのであれば、どこで原液を薄めればよいと思いますか。




未必の故意

 いきなり刑法の単語が出てきましたが、「結果的にそうなってもよいという意識があって特定の行動をとる」ことを「未必の故意」と言います。

 あなたがもし刃物を持っていて、それで人を刺せば死ぬかもしれない。それでもよいという意識を持って人を刺すことで「未必の故意による殺人罪」が成立します。もし人を刺すつもりがなかったのに結果的に刺してしまったのであれば「過失致死罪」と判断されるのです。

 なぜ「小説の書き方」に「未必の故意」という概念が必要なのか。

 その答えは、濃縮ジュースを薄めておいしく飲めるようにするテクニックだからです。

 つまり「ムダのない文章」にも「そう捉えられてもかまわないという意識を持って文章を書く」ことが求められます。

 しかし「ムダのない文章」で書かれた小説で「未必の故意」を忍ばせるのはかなりの難題です。そこを突破する鍵となるのが「行間を読ませる」こと。つまり「書かれていないことを読ませる」技術です。

 たとえば「黒板の前から踵を返して自分の席に戻る。板書した答えは3だった。」という文章があったとしましょう。

 これは5W1Hの欠けた「小説の文章」として成立しています。そしてこれは「3」を強調するための文章構成です。

 では同じ文で順番を入れ替えましょう。

「板書した答えは3だった。黒板の前から踵を返して自分の席に戻る。」という文章になります。同じ文の順序を変えただけなので、やはり5W1Hの欠けた「小説の文章」として成立しています。ですがこちらは「自分の席に戻る」ことを強調するための文章構成です。

 まったく同じ文を書いているのに、順番を入れ替えるだけで「書き手が言わんとしていること」が異なってきます。

 この「書き手が言わんとしていること」こそが「行間」です。




行間を書く

 文章を紡ぐ際、目の前の「映像化」だけに注力していると、「行間」を意識できなくなります。

「映像化」はとてもたいせつなことなのですが、「行間」はそれ以上にたいせつなのです。

「行間」ひとつで作品の評価が真逆になることさえあります。

 しかし「ムダのない文」を綴った「小説の文章」ですから、そこに「行間」を込めるのはとても難しい。

 ですが解決策はあります。上記のように「文の順序を入れ替える」のです。

 たったそれだけで、今まで存在しなかった「行間」が生まれてきます。

 そして「文として書いていないことを読み手に伝える」ためには、「行間」はとても強力なツールとなるのです。

「小説の文章」に「ムダな一文」などありません。しかし順序を変えることで、書き手は明確な意図を付加して読み手に作品を読ませられるのです。


 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』『アルスラーン戦記』のような群像劇を書くとします。

 そのとき最初の章は誰を主人公にすればよいのでしょうか。

 通常小説では時系列によって文章を書くべきです。そして最初に主人公となったキャラクターは、その作品全体の主人公と読み手に認知されます。これは不文律です。どこかに明確に書かれているわけではありません。

 しかし皆様は「紙の書籍」を読んでいて、最初の章の主人公が物語全体の主人公となる作品をたくさん読んできたはずです。


 アニメの富野由悠季氏『機動戦士ガンダム』シリーズは必ず第一話の主人公が作品全体の主人公となっています。そして物語の最後に結ばれるメインヒロインも、たいていは第一話から登場しているものです。『機動戦士ガンダムΖΖ』はメインヒロインであるルー・ルカはある程度話が進んでから登場します。これは例外中の例外です。実際、主人公ジュドー・アーシタがルー・ルカと結びつくなど違和感以外のなにものでもありません。それを言い出すとファーストガンダムも主人公であるアムロ・レイは、第一話に出てくる女性陣のいずれかと結ばれるべきなのです。しかし幼馴染みのフラウ・ボゥはハヤト・コバヤシと、ミライ・ヤシマはブライト・ノアとそれぞれ結ばれています。残されたのはセイラ・マスだけですが、最終話でアムロはセイラの元へたどり着きます。これでアムロとセイラが結ばれたと思っていたら、続編の『機動戦士Ζガンダム』では付き合ってもいませんし結婚もしていません。アムロは軟禁状態におかれて、誰とも結ばれなかった設定です。そして結果的にアムロは誰とも結婚せずにその生涯を終えました。

 アニメの『コードギアス 反逆のルルーシュ』では主人公ルルーシュ・ランペルージがヒロインであるC.C.シー・ツーと出会うところから始まります。そして『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』の最終話でもルルーシュとC.C.が登場して幕を閉じるのです。

 マンガの和月伸宏氏『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―』でも第一話でヒロイン・神谷薫と主人公・緋村剣心が出会います。そして最終話も薫と剣心で締められるのです。

 これほどの強い影響力が第一章には存在します。

「行間」とは、この第一章の法則と同じような不文律で出来あがっているのです。


「小説の文章」には「ムダな一文」が存在しません。もし最初の章でライバルが主人公になっていたら、もはやそのライバルこそがこの小説全体の主人公ということになってしまいます。もし第二章から本来の物語全体の主人公の視点で描かれたとするなら、第一章はただの蛇足です。第一章は必要のない章であり、「小説の文章」ではなくなります。

 それでも「ライバルが主人公」となる章から書き始めたいと思ったら、本来の物語全体の主人公を必ず第一章に登場させるようにしましょう。そして「ライバルが主人公」となる章を第二章に持ってくればよいのです。時系列が乱れるのが嫌という方もいらっしゃいます。ですが主人公を取り違えて「ムダな文章」を一章書き続けた結果、「小説の文章」から逸脱するよりははるかにましです。


「行間を読ませる」には、「小説の文章」の順番がとてもたいせつになります。

 まったく同じ文を用いても、書かれる順番が異なるだけで、伝えたいことが大きく変わるのです。

 先の例なら「答えは3」なのか「自分の席に戻る」なのか。どちらを読み手に強く伝えたいのでしょうか。

 あえて一文を労して強調することなく、自然と読み手の心に強い印象を残すためには、書かれる順番がたいせつなのです。

「愛してる。あなたのこと……ごめんなさい。」と「あなたのこと……ごめんなさい。愛してる。」のように、順番を変えるだけで伝えようとしている内容が真逆になりますよね。「ごめんなさい」と謝りたいのか、「愛してる」と告白したいのか。告白して謝っているのか、謝ってから告白するのか。どちらが謝りたい気持ちの強い文章なのか。告白したい気持ちの強い文章なのか。この会話文の後にどちらの意図なのかを書くのは野暮というものです。

 余計な一文を書かずに、文章の流れで書き手の真意が伝わるように書く。

 これが「行間を読ませる」ことの真髄です。


 たとえば「使えば確実に死ぬが、どんな相手も滅ぼせる魔法」というものがあったとします。その情報を必要となる状況よりもはるか手前でそれとなく「行間」に紛れ込ませるのです。「確実に自分が死んで相手を滅ぼせるかもしれない魔法があるらしい。そんなもの使いたくもないな。」という文がかなり早いうちに書いてあれば、それが「伏線」にもなりますし、「行間」も生めます。

 そうすることで物語のクライマックスにこの「犠牲魔法」を主人公が見出だして唱えられるのです。そこには「伏線」や「行間」という必然性が存在します。しかも主人公は「使いたくもないな」と思っているものを使う事態に陥るのですから「行間」を最大限に活かした展開が期待できるのです。





最後に

 今回は「小説は書かれていないことでも出来ている」ことについて述べました。

「小説の文章」に「ムダな一文」など存在しません。すべての文には意味があるのです。

 ですが、それだけでは表面的な物事しか描写できません。普段表に出てこないことを描写するには「行間」をいかに読ませるかが重要になります。

「行間」は「伏線」とも密接に関連しています。「一文をどこに配置するのか」を計算して組み立てる必要があるのです。



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