775.回帰篇:脳裡のイメージを明確化する

 今回は「形状」と「色彩」についてです。

 なにかを出したら「形状」と「色彩」を書かなければ読み手に伝わりません。





脳裡のイメージを明確化する


 小説を書くときは「小説の文章」が求められます。

 それだけでよいのかと言えば、足りません。細部ディテールが粗くなりやすいからです。

 たとえば「直子は鏡で自分の顔を見た。」という文は「小説の文章」として成立しています。しかし、細部ディテールがわかりませんよね。だから直子はどんな顔をしているのだろうかと、読み手は気になってしまうのです。

「直子は鏡で血の気が失せた自分の顔を見た。」なら「血色の悪い顔」であることがイメージできます。他にも「直子は鏡で自分の顔を見た。血の気が失せて磁器のような白さである。」と追記する方法もあるのです。

 似たようなものに髪や瞳や唇などの色、髪や眉や目や鼻などの形などが挙げられるでしょう。

 これらの細部ディテールを書くことで、読み手の脳裡には今までよりも明確なイメージが構築されるのです。

 身長・体型・服装などの見た目でわかること、体重・香水の匂いなどの見た目ではわからないこと。これらをうまく組み合わせて読み手に細部ディテールを伝えるのです。




形状を書く

 イメージを形作るためには「形状」と「色彩」の情報が不可欠です。

 そのうち「形状」は「どんな形をしているか」を表します。

「直方体」を例に挙げましょう。「直方体」と書かれてあったとして、どのようなものを思い浮かべますか。消しゴム、輪ゴム箱、箱入りのお菓子、ガリガリ君、豆腐、こんにゃく、高層ビル、モノリス。いろいろ浮かびますよね。

 この中であなたがもし「豆腐」を書きたいのに、読み手に「こんにゃく」だと思われたら、些細な誤解からまったく異なる料理が出来あがってしまうのです。「麻婆豆腐」を作ろうとしていたのに、ある読み手の脳裡では「麻婆蒟蒻こんにゃく」が出来てしまった、なんてことがあるかもしれません。

 だから単に「直方体の食べ物」と書かずに、「白くやわで崩れそうな直方体の食べ物」と書けば、まぁだいたいの日本人が「豆腐」だなと連想するでしょう。

 今回は名称がわかっているものの「形状」だから伝わるのです。これが異世界に存在する名称もわからないものの「形状」を書かなければならないとしたら、あなたはどう伝えますか。

「豆腐のように崩れやすい直方体の食べ物」のように現実に似たような食べ物があれば、それに仮託して書けそうです。ですが、現実には存在しないまったく新しい食べ物を書く場合ばどうでしょうか。「黒くてとても硬く、そのまま食べようとしても歯が立たない直方体の食べ物」と書くこともできます。これは「黒いレンガのように硬い直方体の食べ物」のように仮託して書けるのです。しかし現実で似たようなものが存在しなければ、どう書けばいいのかわかりませんよね。だから「黒くてとても硬く、そのまま食べようとしても歯が立たない直方体の食べ物」という書き方を憶えておく必要があるのです。

「形状」には「表面の材質」の性質を書くこともあります。「たおやかな女性の透きとおったうなじ」のような書き方がそれです。

 このような表現は文学小説で好まれますので、文学小説を書く場合は、「表面の材質」のようなものを描写できるように努力しましょう。




色彩を書く

「形状」は、実際に目で見てそれをあれこれ書き分けできる方が多い。ですが「色彩」を的確に書ける人は少ないように見受けられます。それは、人間が色彩を無意識に受け入れているからです。

 もし「赤色しか見えないフィルター」を通して小説を書いた場合、色彩について書ける情報は濃淡以外にありません。

 そして小説初心者または「小説賞・新人賞」の一次選考を通らない方のほとんどが「色彩」を書けていないのです。

 まるで「フィルター」を通して小説の世界を見ているかのごとく、色彩の濃淡しかわからない文章をよく見かけます。

 たとえば血が噴き出せば「赤」としか書けない。朝日も「赤」としか書けない。梅干しも「赤」としか書けない。

 小説に「赤色フィルター」が存在し、それを通して読んでいるかのように。

 ここで工夫が必要になります。工夫は主に二つ。

 まず「鮮やかな赤色(鮮赤)の血が噴き出す」「橙色に包まれた赤色の朝日」「白いご飯の上に載せた赤色の梅干し」のように、「赤色」に形容詞・形容動詞・比喩・対比などを用いて「赤」のバリエーションを増やすことです。この方法は小学生でも使えるので、誰もが気軽に多彩な「赤」を表現できます。

 もうひとつが「桜色」「薔薇色」「牡丹色」「紅色」「緋色」「朱色」「紅梅色」「茜色」「小豆色」「臙脂色(えんじいろ)」「蘇枋色(すおういろ)」のように、特定の色味を表す言葉を用いる方法です。こちらは色の名前を知っていなければ使えないので、上級者向けとも言えます。逆に言えば「特定の色味を表す言葉」で小説を書けば、「小説賞・新人賞」の一次選考を通過しやすくなるということです。

 しかし、一般の方でここまで色のバリエーションをひねり出すのはかなり難しいと思います。

 そこで書店へ行って『色の名前』『色の事典』のような書籍を見つけてください。そこには印刷色とその名前が並べて書いてあります。つまり「特定の色味を表す言葉」がたくさん書いてあるのです。

 書店で「絵画」コーナーや「美術」コーナーにおいてあることが多い。ですが必ず置いてあるとは限りません。見つけやすいのは資格試験の「カラーコーディネーター検定」の参考書です。

 小説を書くのに「カラーコーディネーター」の資格が必要なのかと思われるかもしれませんね。ないよりはあったほうが断然よい。単に「赤」と書くよりも「紅色」「朱色」「緋色」と書いたほうが読み手が受ける色彩のイメージも変わります。「紫蘇の葉に染まった赤色の梅干し」と書くのと、「紫蘇の葉に染まった紅色の梅干し」と書くのと、どちらが繊細な色味を表現しているのか。それを虚心で感じてください。「紅色」と書いたほうが、より「梅干し」の色味がわかりやすいはずです。


 これからの小説は、映像化を視野に入れて登場するものの「色彩」を決めておかねばなりません。田中芳樹氏『銀河英雄伝説』では帝国軍の軍服を「黒色に銀の刺繍が施された」と表現しています。だからこそアニメ化された際、帝国軍の軍服はそのとおりの色彩で表現されたのです。


 小説に「カラーコーディネーター検定」の知識があるだけでもかなり違ってきます。経済小説を書くのに「簿記検定」の知識があれば役立ちますし、推理小説を書くのに「司法試験」の知識があれば鬼に金棒です。

 これらは実際に取得する必要はありません。あくまでも「知識」があればよいのです。小説を書きながら「そういえばこのようなときはこう定まっていたっけ」と思い出して参考書を開けるかどうか。それだけでよいのです。

 現在はインターネットの検索でほとんどのことがわかります。だから「このようなときはこう定まっていたっけ」という「知識」があれば、インターネット検索をすることで情報を引き出すことが可能です。ですがその「知識」がなければ調べようがありません。

 今回は「色彩」を例にしましたが、インターネットで調べるためには、ある程度の知識が不可欠です。とくに「色彩」は、名称が先にわからないとどんな色味かを確認できません。だから『色の名前』『色の事典』のような書籍を手元に置いておくのです。ぜひ購入して執筆に役立てましょう。





最後に

 今回は「脳裡のイメージを明確化する」ことについて述べました。

 イメージを形作るには「形状」と「色彩」の情報が不可欠です。

 しかし初心者の方や一次選考を通過できない方は、たいていどちらかしか書いていません。場合によってはどちらも書いていないのです。私も現時点ではどちらかしか意識していなかったので、これからは改めたいと思います。

 人によっては「目の前にゴブリンの群れが現れた。」とだけ書いてなんら疑問を持たないのです。

 この文だけだと情報が足りなさすぎます。しかしここから文をつなげて文章を築きあげていけば、「小説の文章」にすることはじゅうぶん可能です。イメージを明確化するために書かなければならない「形状」と「色彩」が続く文に含まれていればいい。そう考えておけば「小説の文章」から外れないでしょう。



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