771.回帰篇:現時点でのあなたの筆力を知ろう

 現時点でのあなたの筆力を知りたければ、「小説賞・新人賞」に応募するのが手っ取り早く確実な方法です。

 もし「語彙が少ない」と感想がついたら「児童文学」を書けばいい。

 勉強して急場で「語彙力」を鍛えても使いこなせるには長い時間を要します。

 ですが、あなたがライトノベルを書いているときは、読み手が進級するに従って語彙も増やしていかなくてはなりません。





現時点でのあなたの筆力を知ろう


 物事を始めるにあたり、まずわきまえておかなければならないことがあります。

「現時点でのあなたの実力」です。

 もし漢字もろくすっぽ読めない。言葉の意味もわからない。そんな人に「小説を書いてください」と言ったところでどだい書けるはずがないのです。

 現在「語彙力ごいりょく」が世間で喧伝されています。ビジネス書から豆知識に至るまで書店の一角が「語彙力」という言葉で埋め尽くされているほどです。

 しかし小説を書くのにそれほど「語彙力」は必要とされません。それどころか、聞きかじっただけの身についていない語彙を用いると誤解を生じさせることがあります。読み手に書き手の正しい意図が伝わらなければ、いくら「語彙力」があっても無意味なのです。

 あなたの書いた小説を読む主要層を小学生に設定すれば、登場人物が言葉を発する場面で「言う」「語る」「話す」「告げる」「伝える」「述べる」「答える」くらいの語彙力があればじゅうぶんだと言えます。敬語として「申す」「おっしゃる」あたりが使えると書ける小説の幅は広がります。でも小学生に敬語を認識してもらうのは意外と難しい。

 小学生向けの小説では高い「語彙力」はかえって邪魔にしかなりません。

 わかりやすい言葉を選んで、小学生に噛んで含めるように物語を伝えていくのです。

 ですから「語彙力」に自信がなければ「児童文学」を書きましょう。今のあなたの「語彙力」でも対象とした読み手層にじゅうぶん伝わる小説が書けるはずです。




中卒レベルの言葉選び

 現在は文学小説よりもライトノベルが読まれる時代です。当然読み手の主要層は中高生。そして毎年新たな新中学生・新高校生が誕生します。つまりライトノベルに求められる「語彙力」もせいぜい「中卒レベル」があればよいのです。

 大学に入らないと学ばないような言葉を書いてしまうと、中高生はその言葉を読み飛ばします。あなたが心血を注いで「語彙」の中から「言葉を選んだ」としても、読み飛ばされたら意味がないのです。

 日本語は漢字が使えます。漢字の字義によってある程度「どんな言葉なのか」を推察することは可能です。「慨嘆(がいたん)する」は「嘆(なげ)く」という文字が入ってますから、残念な気持ちを伝えたいのかなと察することができます。しかし「膾炙(かいしゃ)する」という言葉が好きだから、主要層を意識することなく小説に書いてしまう。こういう書き手が多いのです。

 中国古典『三国志』に出てくる「水魚の交わり」の意味がわかる方はどのくらいいるでしょうか。『三国志』を読んだことのない方たちにはどんな意味なのかいっさいわからないはずです。こういう語彙は「大卒レベル」を求める文学小説では映えます。

「中卒レベル」の「語彙力」だけで書いたライトノベルは、とてもわかりやすいのです。古典から引用すると途端に読み手はわからなくなります。

「中卒レベル」とはできるだけ語彙に頼らず、物語の展開に頭を働かせたほうが面白い作品になるという「事実」を指摘した単語です。

 面白い作品が書ければ「小説賞・新人賞」にも一歩近づけます。

「高卒レベル」の「語彙力」があれば、ライトノベルよりも難しい小説が書けるようになるのです。そうなればライトノベルでもとくに深みのある物語が仕立てられます。「高卒レベル」の「語彙力」が必要となってくるのは、ライトノベルを連載して四年目からだと思ってください。つまりあなたの小説に触れた中高生が高校生・大学生に上がる段階で求められる語彙なのです。読み手はつねに成長します。いつまでも「中高生にわかるレベル」の語彙のままではいられません。

 また文学小説を書くには「大卒レベル」の「語彙力」を求められます。でも現在は文学小説の需要が少ない。そのせいで文学小説の「小説賞・新人賞」である芥川龍之介賞・直木三十五賞を授かると、テレビ局や雑誌から「有識者」としてインタビューの依頼が入るのです。ライトノベルの書き手がテレビ番組のコメンテーターになったり雑誌のインタビュー記事に載ったりすることはまずありません。

 もしあなたがマスコミに取り上げられたい、全国に顔を知られたいとお思いなら文学小説を書きましょう。小説を一本書いた原稿料よりも高い出演料もいただけます。全国で講演を行なっても大盛況でしょう。

 文学小説はそこそこ売れるだけでは十万部出ればいいほうです。「小説を書く」ことで儲けが出るわけではありません。出演料や講演料、小説講座の講師料としての収入のほうが多い。小説だけで儲けを出そうと思うなら、連載を続けてそこそこ売れると十巻で三百万部くらいは確実に売れるライトノベルを書くべきです。




今の実力はどのくらいか

 あなたには今、どれだけの筆力がおありですか。

 小説を書いておらず、これから書こうと思っている方もいらっしゃるでしょう。

 不思議なことに、これまで小説を書いたことのない人ほど、自分の実力の高さを疑わないものです。小説を書けば「小説賞・新人賞」を授かるのは当たり前だ。くらいの自信に満ちあふれています。

 そうであれば、実際に小説を書いて「小説賞・新人賞」に応募しちゃってください。たちどころに「小説賞・新人賞」を授かって「紙の書籍化」して大ヒットを記録。印税が湯水のごとく湧いてくる。確定申告がたいへんだ。くらいにトントン拍子で進むのです。そうであれば、小説を書かずにいるなんてもったいなさすぎます。今すぐ小説を書いて「小説賞・新人賞」に応募しましょう。必ずや受賞してプロの書き手生活をスタート!

……といけばいいのですが、世の中それほど簡単にはいきません。

 あなたの初原稿が「小説賞・新人賞」を授かることはまずないのです。あなたよりも多くの作品を書き続けてきた書き手の方たちもまた「小説賞・新人賞」の大賞を狙っています。義務教育にたとえるなら、新小学一年生が中学三年生と国語の成績を競い合っているようなものです。これで新小学一年生が中学三年生たちを出し抜いて大賞を授かったとしたら。恐ろしいほどの才能であり、まさに天才鬼才の類いです。しかし新一年生には「才能の厚み」がありません。たまたま初めて書いた小説が大賞を授かっただけかもしれないのです。そういう書き手は「二作目の壁」にぶち当たります。たった一本の作品は他を圧したかもしれません。しかし他の小説も同じレベルで書けるとは限らないのです。


 芥川龍之介賞を十九歳で授かった綿矢りさ氏は受賞作『蹴りたい背中』からいくつかの賞を授かるものの大ヒットすることはありませんでした。『蹴りたい背中』は村上龍氏『限りなく透明に近いブルー』以来二十八年ぶりに誕生してた芥川賞ミリオンセラーとなっています。綿矢りさ氏はその後ミリオンセールスを記録したことがありません。綿矢りさ氏は高校在籍中の十七歳のときに『インストール』で「文藝賞」を最年少で授かっており、「二作目の壁」を乗り越えて『蹴りたい背中』を書いたのです。しかしその後ミリオンセラーはとんと生まれていません。そういう意味では「三作目の壁」にぶち当たったのでしょう。

 綿矢りさ氏の例でもわかるように、たった一作で名が世に知れわたることはあっても、以降の作品の質いかんで埋没してしまうものなのです。質の高い作品を連発し続けるだけの「才能の厚み」がなければなりません。綿矢りさ氏は『インストール』『蹴りたい背中』ぶんの厚みは確かにありました。しかし才能は出版社レーベルから期待されていたほどには厚くなかったのです。

 だから、まずあなたの「才能の厚み」を確認してください。




書いた作品はすべて応募しよう

「才能の厚み」を知るためには「小説を書く」こと。とにかく多くの「小説を書き終える」ことです。そして書き終えた小説は片っ端から残さず「小説賞・新人賞」へ応募しましょう。

 それで初めて書いた作品が「小説賞・新人賞」を獲得するかもしれません。少なくても賞を獲れるだけの「才能」はあったのです。しかし二作目、三作目でも「小説賞・新人賞」を授かるだけの実力はあるのでしょうか。先に最初の「小説賞・新人賞」の結果が出てから次に応募するのではなく、切れ目なく連鎖的に応募して、何作目までが受賞できるのかを確かめるのです。ジャンルにこだわる必要も、ひとつの小説投稿サイトにこだわる必要もありません。書ける小説をとにかく手当たり次第に書き続けて投稿しまくるのです。その結果でしか「才能の厚み」は測れません。

 書けば書くほど評価が落ちていく人、一次選考すら通過できなくなった方もいます。そういう方は「才能の厚み」がありません。「小説を書いて生計を立てる」ことはできない方です。

 初めは箸にも棒にもかからない。それでも無心に小説を書いては投稿し続けるのです。そのうち一次選考を通過する作品が現れ、それが少しずつ増えてくる。そのうち二次選考を通過する作品もちらほら出てくるような方は「小説を書く」才能があります。安定して一定以上の実力が発揮できているからです。こういう方は「才能の厚み」があります。

「才能の厚み」は書かなければわかりません。応募しなければわかりません。

 だから書いて応募し続ける必要があるのです。

 果たしてあなたに「才能の厚み」はあるのでしょうか。

 もし「才能の厚み」がなくても、ライトノベルなら心配いりません。なぜならライトノベルは受賞作を何年もかけて連載し続けるからです。連載している間はその小説のことのみを考えていればよい。連載が終了に近づいてきてから、担当編集さんと次の企画を練られます。つまり「才能の厚み」がない書き手でも当面は「プロの書き手」として通用するのです。





最後に

 今回は「現時点でのあなたの筆力を知ろう」について述べました。

 小説を書かない人ほど「自分には文才がある」と思い込んでいます。

 であるなら、さっさと作品を書きあげて「小説賞・新人賞」へ応募してください。

 賞を授かっても「プロの書き手にならない」選択もありえます。

 自信があるなら応募するのです。

「自分に文才がない」と自認している方は、たくさん書いてたくさん「小説賞・新人賞」へ応募しましょう。最初の一作で満足できない出来であっても、数を重ねるごとに作品は必ずよくなっていくものです。

 どちらにせよ、まずは「小説賞・新人賞」へ応募することから始まります。そうすれば今の筆力を客観的に捉えられるのです。



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