641.文体篇:考えていることをそのまま書かない

 今回は「書き言葉」についてです。

 一人称視点で書くぶんには「話し言葉」でもよいのですが、三人称視点なのに「話し言葉」はいただけません。

 また「一文一意」で書くことも重要です。

「形容詞」も小説では可能なかぎり動詞文に言い換えるべきです。





考えていることをそのまま書かない


 文章を書くうえで重要なのは、「考えていることをそのまま書かない」ことです。

 一度書き出してみて、それをわかりやすく噛み砕いて表現することで、格段にわかりやすい文章が出来あがります。

 そのためにも、いったん書き出した後で噛み砕く作業を惜しまないでください。




話し言葉を書き言葉に

 考えていることを漫然と書いたら「話し言葉」がそのまま表れてしまいます。

 元々近代文学は「言文一致」を目指してきたので、最終的には「話し言葉」で書くことが最適解になるはずでした。

 しかし現実はそんなにやさしくありません。

 三人称視点の小説において地の文は「書き言葉」で書くことが一種の「決まりごと」になっています。

「話し言葉」で書いてしまうと、語り手の言葉があまりにも軽くなって、締まりのない文章になってしまうからです。

 たとえば「浩一はワインがちょっと好きじゃなかった。」に軽さを感じませんか。

 これを「浩一はワインがあまり好きではなかった。」と書き言葉に変えただけで、地の文に安定感が生まれます。

「ちょっと」も「じゃ」も「話し言葉」です。それを「あまり」「では」と改まった言葉を使うだけで過不足なく読み手に伝わります。

「中本部長とX社へ行ったとき、あっちの高城社長からプロジェクトの内容を変えてほしいと言われた。」もかなりの軽さです。部長も社長も肩書が軽く感じますよね。もし語り手が会長ならこのような地の文でも許容できるでしょう。しかし身分が下の人物が書いた文だとしたら、なんの敬意も表せていません。

「中本部長とX社へ赴いた際、先方の高城社長からプロジェクトの変更を促された。」と書けばどうでしょう。敬意が伝わってきますよね。

 この軽さを生かして「一人称視点」では「話し言葉」で書くと臨場感やリアリティーが表れるのです。

 上の例なら「俺はワインがちょっと好きじゃなかった。」と書くほうが、主人公の気さくな性格を醸し出せますよね。


 誰かが発言したらすべて「〜が言った。」「〜と言う。」と「言う」の活用だけで乗り切ろうとする書き手も多いのです。「言う」は語彙が豊富にあります。「話す」「語る」「述べる」「告げる」「口をつく」などですね。




一文はひとつの事物だけを書く

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 朝になって目覚ましが鳴り、ベッドから起きて学生服に着替えたら、ダイニングに行って母が用意した朝食を食べ、食後のとても心地よいコーヒー・ブレイクを満喫したら毎日乗る電車に間に合う時間に家を出て、駅に着いたらいつもの車両に乗って立川駅へ向かい、到着したら毎日一緒に登校する女友達を見つけて学校へ向かい、校門をくぐって校内に入り、下駄箱で上履きに履き替えたら、二年A組の自分の席に座ってホームルームの時間まで隣の席の子と昨日観たアニメの話で盛り上がった。

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 ここまで句点は一切なしです。一読して、なにが言いたい文なのかわかりますか。

 一文なのに朝起きてから学校の教室でアニメについて話していることまでを連綿と書いているのです。動作や状態が多いからわかりにくくなります。

 一文はひとつの要素で構成されるのが望ましいのです。

 上記の例文なら、いったん次のように切り離していきます。

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 朝になった。目覚ましが鳴った。ベッドから起きる。学生服に着替えた。ダイニングに行く。母が用意した朝食を摂る。食後のとても心地よいコーヒー・ブレイクを満喫した。毎日乗る電車に間に合う時間に家を出る。駅に着いた。いつもの車両に乗って立川駅へ向かった。到着した。毎日一緒に登校する女友達を見つけた。連れ立って学校へ向かう。校門をくぐる。校内に入る。下駄箱で上履きに履き替えた。二年A組の自分の席まで歩いていく。着席してホームルームの時間まで、隣の席の子と昨日観たアニメの話で盛り上がった。

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 これでなにをしているのかはずいぶんとわかりやすくなったはずです。

 ただしとくに書く必要のない情報や分離したことでかえってわかりにくくなったところもありますから、それを削ったりくっつけたりします。

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 目覚ましが鳴って朝を告げた。ベッドから抜け出ると寝ぼけ眼で学生服に着替えた。ダイニングに行って母が用意した朝食を摂る。登校する時間まで心地よいコーヒー・ブレイクを満喫した。いつも乗る電車の同じ車両に学校の最寄駅である立川駅まで乗る。改札を出たところで毎日一緒に登校する女友達と待ち合わせた。二人で談笑しながら学校まで歩いていく。二年A組の自分の席に座る。ホームルームの時間まで、隣の席の子と昨日観たアニメの話で盛り上がった。

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 削ったとき文章で必要な情報を前後の文に混ぜるとぶつ切り感が幾分解消されます。

 しかしよく読むと時間が飛躍している部分があるので、これを改行して「」を作りましょう。

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 目覚ましが鳴って朝を告げた。ベッドから抜け出ると寝ぼけ眼で学生服に着替えた。

 ダイニングに行って母が用意した朝食を摂る。登校する時間まで心地よいコーヒー・ブレイクを満喫した。

 いつも乗る電車の同じ車両に、学校の最寄駅である立川駅まで乗る。

 改札を出たところで毎日一緒に登校する女友達と待ち合わせた。二人で談笑しながら学校まで歩いていく。

 二年A組の自分の席に座る。ホームルームの時間まで、隣の席の子と昨日観たアニメの話で盛り上がった。

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 このように「」を作ることで映像を思い描きやすくするのがわかりやすくするコツです。




形容詞の言い換え

 さて困りました。「心地よいコーヒー・ブレイク」とはどのようなものなのでしょうか。絵や音や香りや味や舌触りが見えてきませんよね。「香りが心地よい」のか「コーヒー・ブレイクを楽しむ時間が心地よいのか」もわかりかねます。「香りが心地よい」とすればどのような香りを「心地よい」と感じているのか。たとえば「ブルー・マウンテンの香りが寝覚めを誘うコーヒー・ブレイクを満喫した。」なら「コーヒーの香りが寝覚めを誘うほど心地よい」ことを示していますよね。

 形容詞は「なぜそうなのか」を問うて、その答えに書き換えていきましょう。形容詞は「読み手がわかったような気になる」だけで、具体的な映像にはつながらないからです。もっと具体的になぜそのような形容詞を使うに至ったのかを明確に書きましょう。それだけで具体的に「伝わる」一文に仕上がるのです。

 たとえば「この世のものとは思えない美しい女性」と書いてあったとします。

 形容詞「美しい」は抽象的で「読み手がわかったような気になる」だけです。一人ひとりでどのような女性が「美しい」と感じるのかまさに千差万別と言えます。日本では細身の女性が「美しい」、欧米では細身でも筋肉質な女性が「美しい」、アフリカでは太っている女性が「美しい」のです。

 そこに「この世のものとは思えない」という連用修飾の説明を加えています。こちらも抽象的な言葉なのでいまいちどんな姿が見えてきません。

 とりあえず「絶世の美女」ということを文字情報として頭の隅に置いておきます。しかしなにがどうだから「絶世の美女」なのかはわからないままです。

 これを「奥二重の大きな瞳の上に品のよい柳眉がアーチを描く。細くて高い鼻梁に薄い唇をキリリと引き締めた口元のバランスは、まるで絶世の美女を彷彿とさせる。」と書けば、顔だけでも読み手の頭に明確な映像が思い浮かびます。それによって「これは絶世の美女に違いない」と思わせることができるのです。この例ではあえて「まるで絶世の美女を彷彿とさせる。」と書いていますが、ここは省略可能です。省略しても映像はすでに読み手の頭の中に存在するからです。

 有名人にたとえられるなら「新垣結衣さんのように」「綾瀬はるかさんのように」のような比喩・修飾を用いることで、ある程度方向づけることができます。

 あなたの小説がもし実写化されたら、この人物は誰に演じてもらいたいか。そういう観点から人物を設定するのも面白い試みだと思います。本当に実写化するときに、その配役になる可能性もありますしね。





最後に

 今回は「考えていることをそのまま書かない」ことについて述べました。

 思いついたことをそのまま書くだけでは、どうしても軽くなりますし抽象的にもなります。

 一人称視点であれば地の文は主人公の考えをそのまま書くだけでよいのです。

 しかし三人称視点であれば地の文は誰の心にも入り込まない外面だけを感情の起伏なく書きましょう。

 一文ではひとつのことだけを書きましょう。重文にしたり複文にしたりするだけで、意味がわかりづらくなることがあります。上記の例文のように句点も打たずに延々と続けるのは愚の骨頂です。これでは読み手が脳内でイメージが描けません。

 形容詞文はできるだけ動詞文に言い換えましょう。言い換えられないのなら、形容詞に修飾や比喩を用いて範囲を限定すべきです。



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