639.文体篇:文体とは(5/5)
今回で「言いまわし」は終わりです。
「〜していく」「〜してくる」「〜してみる」の類いは、つい付け加えがちです。
無くても意味合いが変わらないことも多いので、試しに削って、座りが悪いときだけ付け加えてください。
文体とは(5/5)
今回も「文体」の言いまわしについて述べます。
五分冊のラストです。
「〜として」を削る
行政文書には「〜としては」「〜では」という言いまわしが頻出します。ほとんど「〜は」で済みます。
「本事業の内容としては、障害者などからの相談に対応することを想定している。」は「本事業の内容は、障害者などからの相談に対応することを想定している。」でも通りますよね。
「○○としては〜たいと考えている。」は「○○は〜たい。」でじゅうぶんです。
「当部としては今回の企画を新たなプロジェクトにしていきたいと考えている。」は「当部は今回の企画を新たなプロジェクトにしていきたい。」のほうがはっきりしていますよね。
「〜ている」「〜ていく」「〜てくる」を削る
「〜ている」は継続や進行だけでなく習慣や反復を表します。「〜している」の多くは「〜する」「〜した」にも置き換えられるのです。
「私たちが生きているユーラシア大陸は危機的状況にある。」は「私たちが生きるユーラシア大陸は危機的状況にある。」で通じます。
「本書では文章のリズムよりも、明確さを優先しています。」は「本書では文章のリズムよりも、明確さを優先します。」でいいですよね。
「防犯装置を設置しているマンション」は「防犯装置を設置したマンション」で問題ありません。
「〜ている」同様「〜ていく」も目につきます。今後の継続を表す言葉で、多くは「〜する」に変換できるのです。
「伝統技術を継承していくためには、行政と現場が協力していくことが必要だ。」は「伝統技術を継承するためには、行政と現場が協力することが必要だ。」でわかりますよね。
反対の「〜てくる」も同じような使われ方をされるのです。
「国民年金を支払わない若者が続出してきているのは、生活への不安が増してきているからだ。」は「国民年金を支払わない若者が続出しているのは、生活への不安が増しているからだ。」に削ることができます。
さらに削って「国民年金を支払わない若者が続出するのは、生活への不安が増すからだ。」まで縮められるのです。
「〜てみる」を削る
「長い文章も分析してみると多くは四部構成です」「親になってみて初めてわかることがある」「二つを比べてみて違いを確かめてみてください」
これら「〜てみる」には「試しに〜する」意味があります。安易に使いがちなので、削って意味が通るようなら削りましょう。
「長い文章も分析すると多くは四部構成です」「親になって初めてわかることがある」「二つを比べて違いを確かめてみてください」
最後の例文は「比べてみて」の「〜てみる」を削り、「確かめてみてください」の「〜てみる」は残してあります。片方が残れば「試しに〜する」意味は残るからです。
こそあど
この・その・あの・どの、これ・それ・あれ・どれ、ここ・そこ・あそこ・どこ、こちら・そちら・あちら・どちらといった指示代名詞は、文章に出てくると読み手が読んでいるところから少し戻って指し示している物事を探してこなければなりません。
つまり指示代名詞があると文章を読むスピードが低下するのです。
小学校から現代文の読解力テストで「『それ』とはなにを指しているのか答えよ」という問題がよく出てきますよね。
読解力テストですら出される指示代名詞は、用いるだけで文章がわかりにくくなるのです。
指示代名詞の少ない小説を書くには、指し示している単語を繰り返し書くことになります。つまり文章がくどくなってしまうのです。
書き手のバランスで単語と指示代名詞を調整してください。
似たものに「私」「彼」「彼女」などの人称代名詞があります。
英文の直訳のように「私は」「私が」が続くのは日本語ではありません。日本語は人称代名詞をほとんどとらないのです。無くても意味が通る人称代名詞は削ってもかまいません。
また登場人物がひとつのシーンに男性二人以上、女性二人以上いるような場合、「彼」「彼女」が誰を指しているのかを特定するのは難しくなるのです。
こちらも読解力テストに出てくる定番なので、できるだけ回避するように工夫しましょう。
個別の要素を削る
「小説の種類には、推理小説、中間小説、ファンタジー、ホラー、パニック、純文学、SF、時代小説、歴史小説、少女小説、ボーイズラブ、百合、成人向け、児童文学、ライトノベルがあります。」なら「小説の種類には、推理小説・ファンタジー・純文学・時代小説・児童文学などいろいろあります。」に縮められます。
似た表現に「関係者」「諸国」「関連機関」「方面」「付近」「周辺」などがあり、個別の要素を放り込めるのです。
「事件の現場には、被害者の家族と弁護士、知人、近所の人々が集まっていた。」は「事故の現場には、被害者の家族ら関係者が集まっていた。」
「事故の発生について会社はただちに警察、消防、病院、学校、報道機関などに連絡した。」は「事故の発生について会社はただちに警察、消防など関連機関に連絡した。」に置き換えられます。
「常任理事国の米国、イギリス、フランス、ロシア、中国の代表は国連本部の常駐を義務付けられている」は「常任理事国の五カ国代表は国連本部の常駐を義務付けられている」と言い換えられます。国際連合の常任理事国がこの五カ国であることは周知の事実だからです。「常任理事各国の代表」も使えますが、一カ国でも抜けると使えません。
「募集要項を東京本社、大阪支社、名古屋支社、福岡支社、札幌支社の部長クラスに通知した。」は「募集要項を東京本社と支社の部長クラスに通知した。」でも通じます。ただし支社がここに挙げた四つ以外にある場合は使えません。
規則を持って連なっている場合は、端と端だけを抜き書きして「〜から〜まで」と端折る場合があります。
「警察官の階級には巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監がある。」を「警察官の階級には巡査から警視総監までがある。」と端折れるのです。階級の数に意味があるのなら「巡査から警視総監まで九つある。」とします。
繰り返しを省略してひとつにまとめる技術もよく使います。
「彼には情報を収集する能力、部下を統率する能力、全体を俯瞰する能力が備わっている。」は「彼には情報を収集し、部下を統率し、全体を俯瞰する能力が備わっている。」でわかるはずです。
ほどほどに短くする
文章の基本構成は「主語と述語」からなります。「これはパソコンです」「瞳が赤い」。基本構成の内容をなるべく早く読み手に伝えることがわかりやすさの第一歩です。
そのためには「主語と述語」はなるべく近づけましょう。主語の修飾語を減らし、「主語と述語」を接近させると文章は自然に短くなります。
日本語は述語が文末に来るので、結論は最後まで持ち越されます。文章が長くなるほど読み手が文末に到達するまでに抱える情報量は多くなり、負担が増えます。短く切ることは、それに対する防御策です。
「二〇〇〇年代の日本経済は、バブル崩壊と人口減少、世界の政治構造の変革の三つの重荷がのしかかった。」なら「二〇〇〇年代の日本経済には三つの重荷がのしかかった。バブル崩壊と人口減少、世界の政治構造の変革だ。」とします。
文章を分割することで、この一文が「日本経済の重荷」を主題とし、「重荷は三つある」ことが逸早く読み手に伝わるようになるのです。
もう一つ、短い文は明快でスピード感にあふれ、自信に満ちた印象を与えます。
「あらすじは起承転結の四つのパートからなり、起承で事件の発端と経過を述べ、転でどれだけ展開に変化をつけるかがメリハリの鍵を握る。」なら「あらすじは起承転結の四つのパートからなる。起承で事件の発端と経過を述べる。転でどれだけ展開に変化をつけるかがメリハリの鍵を握る。」
短ければいいかというと、必ずしもそうは言えません。長い文章を細切れにすると煩わしくなるばかりか字数が増えます。例文を見てください。
「フライパンに牛脂を熱してにんにくを炒め、人参、牛肉、玉ねぎの順に入れて、さらに炒め、塩、こしょうを加えて混ぜ合わせます。」なら「フライパンに牛脂を熱します。にんにくを炒めます。人参、牛肉、玉ねぎの順に入れます。さらに炒めます。塩、こしょうを加えます。混ぜ合わせます。」になるとなにか落ち着かない感じになりますし、字数も増えました。そこで「フライパンに牛脂を熱してにんにくを炒めます。人参、牛肉、玉ねぎの順に入れて、さらに炒めます。塩、こしょうを加えて混ぜ合わせます。」なら適度にわかりやすくなります。
「当社の社員数は二十二人です。社員数は多くありません。しかし少数精鋭の方針で採用してきました。この結果、ここ三年間は増収が続いています」なら「当社の社員数は二十二人と多くありませんが、少数精鋭の方針で採用してきた結果、ここ三年間は増収が続いています。」となります。後者のほうが落ち着いた印象を与えます。
あえてここでは「ほどほどに短く」と注意を促しておきます。
とか・たり・など
これらは二つ以上の例示があって初めて使える言葉です。
「新聞とか読んでいないの?」「積極的に打ったりして調子が良さそうだ」「ピーマンなどを炒めて
「とか」「たり」「など」は基本的に二つ以上の例示が必要です。
「新聞とか雑誌とか読んでいないの?」「積極的に打ったり走ったりして調子が良さそうだ」「ピーマンや牛肉などを炒めて
最後に
今回は「文体とは(5/5)」について述べてみました。
五分冊の五つ目です。
「言いまわし」を削る項目を前に持ってきました。
「言いまわし」を知ることで、自身の「文体」を見極められます。
五回の連載で書き手自身の「言いまわし」つまり「文体」が改めてわかったことでしょう。
そのうえで、改めるのかそのままでいくのか。それを決めてください。
「言いまわし」に正解はありません。
読み手が読みやすい「文体」こそ正解なのです。
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