610.明察篇:異世界に現実のモラルは通用しない

 ファンタジーやSFなどのフィクション小説には、現実のモラルは通用しません。

 置かれた環境が異なるわけですから、モラルも変わってくるのです。

 戦争中であれば敵兵を多く殺せば英雄。平和なときは人をひとり殺せば殺人犯で相当刑期が長くなります。

「人を殺す」ことに対するモラルは置かれた環境によってこうも異なるのです。





異世界に現実のモラルは通用しない


 ファンタジー小説や空想科学(SF)小説、歴史小説に時代小説など、現代とは異なる世界を舞台とした作品を書こうとします。

 そのとき、現実のモラルは通用しないと思った方がよいのです。

 どういうことでしょうか。




歴史小説・時代小説

 史実に忠実な歴史小説や、オリジナル要素を持つ時代小説は、過去の世界を舞台にしています。

 そこでは現代とは異なる生活が営まれているのです。

 たとえば現代日本では飲み水は蛇口をひねるだけで手に入ります。トイレの下水もコックをひねるだけで流されていくのです。

 しかし江戸時代を舞台にした歴史小説・時代小説では、主に井戸水を飲んでいます。浄水場があって給水塔があり、各家庭に上水道が整備されたのは昭和に入ってからです。トイレは汲み取り式で、排泄物は畑の肥料として使われています。

 また「士農工商」と呼ばれるように武士の位がいちばん高く、武士に恥をかかせたらその場で斬り殺されるような時代でした。江戸幕府の八代将軍・徳川吉宗は「目安箱」を設置して庶民の声に耳を貸し、善政を布いたとされています。あえて語られるくらいですので、その他の将軍は庶民の声には疎かったようです。

 この手の資料は図書館に行けばたいてい手に入りますので、歴史小説・時代小説を書きたい方は必ず図書館で舞台となる時代のことを調べてみてください。

 ツッコミや罵詈雑言を呼ばないためにも、正しい歴史観が必要になるのです。




空想科学(SF)小説

 空想科学(SF)小説は大きく近未来と遠未来、それに超能力のある世界の三つに分けられます。

 たとえば遠未来を舞台にして、人々が機械の体を手に入れ永遠の命を手に入れた舞台なら、人の命はとても軽くなっているはずです。なにせ相手を害しても修理すれば元どおりに戻ってしまいます。人の記憶や思考をコンピュータに入れ込んでしまう電脳社会であれば、さらに命は軽くなるはずです。メモリーチップさえ残っていれば復活することができますからね。

 近未来を舞台にした場合、たとえば人工知能(AI)が人類をサポートするようになるでしょう。そうなれば、AIは人類にさまざまな情報を提供し、推奨される行動を提示してくると思われます。現在でも「スマートスピーカー」にはAIが搭載されており、IoT技術と組み合わせてさまざまな家電を声だけで操作できるようになっているのです。この先、天気予報から今日の夕食はなにがよいかオススメしてくる機能もつくのではないでしょうか。人類が自身で判断する必要もなくなり、判断力が退化し始めるかもしれません。その結果、衝動犯や愉快犯などが増えることも考えられます。

 超能力のある世界が舞台なら、どんな悪も超能力で処理できてしまうかもしれません。マンガの聖悠紀氏『超人ロック』のように惑星をも破壊しうる能力を持ちながら、若返ることにより半永久的に生きていく人物も現れる可能性があります。

 ここまで強力な超能力がなくても、たとえばマンガのまつもと泉氏『きまぐれオレンジ☆ロード』の主人公・春日恭介はテレポートが得意な超能力者です。他にも念動力テレキネシスや予知夢などの超能力が使えます。それらを生かしたラブコメである本作は「超能力があってもラクじゃない」と思わせられます。

 筒井康隆氏『時をかける少女』はタイムリープものの筆頭です。同じ時間を何度となく行き来し、「よりよい未来」を模索していく青春劇(ヒューマン小説)に仕上がっています。

 異世界ファンタジー小説ではありますが、長月達平氏『Re:ゼロから始める異世界生活』もタイムリープものに分類してもよいかもしれません。

 タイムリープものは、人々の運命がとても軽くなっています。人生は一度しかないから後悔しない生き方をする必要があるのです。タイムリープは「よりよい未来」へ導くために運命の選択の重みがきわめて軽くなってしまいます。



 

ローファンタジー

 ファンタジーには異世界を舞台にした異世界ファンタジーと、現実に似た世界を舞台にした現実世界ファンタジーに分けられます。

「現実世界ファンタジー」つまり「ローファンタジー」の代表は、鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』だと思います。『このライトノベルがすごい!2019』においてキャラクター男性部門1位が上条当麻、キャラクター女性部門1位が御坂美琴です。作品文庫部門も9位に着けました。現実世界に異能力を持ち込み、学園都市を舞台とした異能力バトルが「売り」のひじょうに人気の高いライトノベルです。

 マンガの加藤和恵氏『青の祓魔師』も異能力バトルが「売り」の人気作。現実世界に「ファンタジー要素」がプラスアルファされた世界観が「ローファンタジー」なのです。

 異能力と超能力は違うのかと思われますよね。厳密には異なっているのです。

 超能力は科学的に研究が進んでいる能力を指しているのに対し、異能力は解析不能な不思議な能力を指しています。相手の心を覗けるテレパシーは超能力なので空想科学(SF)小説であり、物体を電磁砲の要領で超速射撃に利用する異能力はローファンタジーなのです。

 この区分は私見ですので、超能力をローファンタジーにしたり、異能力を「空想科学(SF)小説」にしたりしてもかまいません。




ハイファンタジー

 異世界を舞台にしたファンタジーは「異世界ファンタジー」「ハイファンタジー」とも呼ばれます。

 異世界は現実世界とは異なりますから、人物の価値基準がそもそも異なるのです。

 たとえば現実世界で人や動物を殺したり傷つけたりすれば警察に逮捕されます。

 しかし異世界であれば、戦争や冒険やクエストがあって殺し合いを行なっても生還すれば「英雄」扱いされますし、魔物を倒せば王様や村や人々からありがたがられるのです。

 生き物の生き死にだけをとってみても、これだけ価値基準が異なります。

 政略結婚や不義密通などもハイファンタジーではよく見られる題材です。これらは現代日本でも批判の的になります。

 また国が違うと風習・風俗も変わりますし、話す言葉が異なっていることが多いはずです。さらに同じ国でも地方によっては特別な風習・風俗がある場合もあります。

「大陸共通語がある」とか「騎士道がある」などのルールがあれば、ある程度吸収できる差異です。

 土地の大きさによって変わってくる面もあります。日本列島規模で見れば、青森と鹿児島では話す言葉も風習・風俗も異なります。しかし四国内であればそれほど変わりはありません。距離的な遠近が風習・風俗に影響を与えるよい例ではないでしょうか。


「剣と魔法のファンタジー」であれば『アーサー王伝説』を元としている部分もあります。「政略結婚」「不義密通」「騎士道」が盛んに行われているでしょう。妖精との恋愛や加護など「ファンタジー」色の強い物語がいくつも書かれてきました。


 また私たち人類以外の種族がいるのも「異世界ファンタジー(ハイファンタジー)」の特徴です。とくにエルフとドワーフはたいていの作品に登場します。

 このふたつの種族は『北欧神話』が初出です。それを民間伝承と組み合わせて、エルフは森の妖精、ドワーフは大地の妖精として亜人と定義したのがJ.R.R.トールキン氏『指輪物語』です。だから考えなしにエルフとドワーフを出すだけでなく、なぜこの種族がこの世界に存在するのか。そこから考えることが「異世界ファンタジー(ハイファンタジー)」を書くときのポイントとなります。

 このように「異世界ファンタジー(ハイファンタジー)」では、現代とは異なるモラルが横行しているのです。それを現代の基準で批判しても意味を成しません。

 逆に言えば、現代のモラルとは異なる風習・風俗・種族を設定するだけで「異世界ファンタジー(ハイファンタジー)」にすることができます。

 命が軽くなる世界において、あえて「命の重さ」を問うのが「異世界ファンタジー(ハイファンタジー)」の様式です。「命の重さ」は一緒に冒険してきた「仲間の死」という形で表されることが多く、次いで「主人公本人の死」となります。





最後に

 今回は「異世界に現実のモラルは通用しない」ことについて述べました。

 現代と異なるところが舞台となる小説には、現代のモラル(ルール)は通用しません。

 無理やり当てはめると必ずどこかに綻びが生じます。

 通用しないなら、新たにモラルを作ればよいのです。

 誰かが作ったモラルに乗っかるだけではオリジナリティーは生まれません。



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