611.明察篇:テーマは直接書かない

 今回は「テーマを直接書かない」ことについてです。

 書き手としては「書かないと伝わないのでは」という疑いを持ってしまいます。

 しかし読み手としては、書かれていることで「ネタバレ」感が強くなるのです。

 ですが、あえてバラすことでより興味深くなるときもあります。





テーマは直接書かない


 どんな小説にも「テーマ」があります。「テーマ」のない小説はただの文章に過ぎません。

 では書く端々で「テーマ」を連呼すればいいのでしょうか。

 そういうものでもないのです。

 あえて「テーマ」とは反対のことを書きます。そうすることで本当の「テーマ」を引き立てるのです。




テーマを際立てるには

 たとえば「人の生はなにものにも代えがたい」という「テーマ」を掲げて小説を書きたいとします。

 すると主人公が「人の生はなにものにも代えがたい」という思想を持つのです。

 物語において「テーマ」を問われ続けて試され、それに対して答えを出していきます。その過程が物語なのです。

 しかし周囲の人、「対になる存在」までもが同じ思想を持っていることなど、現実に考えてもまずありえません。

 とくに「対になる存在」は主人公とは真逆な思想を持っていたほうが、最終決戦である「佳境クライマックス」が盛り上がります。

「対になる存在」が「人の生は権力よりも軽い」という思想を持っていれば、「人の生」対「権力」の争いとなり、感情がむき出しになるのです。

 小説ではたいてい主人公が勝ちますから、そこで「やはり人の生はなにものにも代えがたい」んだなという思想を読み手に抵抗感なく受け入れさせられます。

 主人公の周りの人たちは、正反対とはいかなくてもやはりある程度批判的であることが多いのです。

 戦争ものなら「自分が死なないためには他人を殺す」以外にありません。だから「人の生はなにものにも代えがたい」という主人公の思想は周囲の人たちになかなか理解されないのです。

 これは戦争ものだから、という特徴もあります。実際似たような構造をしたのが拙著『暁の神話』です。これは「人の生はなにものにも代えがたい」という思想を持つ主人公の将軍が、多くの血を流させながらも地域に平和をもたらす物語となっています。


 恋愛ものラブコメものの場合、意外と「対になる存在」も「主人公」と同じ思想を持っていることがあるのです。

 たとえば「相手に本心を知られたら今の関係が壊れるから告白できない」という「テーマ」を主人公に持たせたとします。そのとき「対になる存在」である意中の異性も「今の関係を壊したくないから本心を悟らせたくない」と思っている場合などです。

 典型的な「両片想い」状態になります。

 そこに周りの人たちが策動したり出来事が起きたりして、ふたりの「テーマ」は試されるのです。

 戦争ものでも恋愛ものでも、「テーマ」は試されなければなりません。




テーマは試される

「テーマ」は出来事によって試されなければなりません。

 戦争ものなら国王から開戦を指示され、拒否することもできず戦場へ赴きます。と「人の生はなにものにも代えがたい」という思想が眼前の戦場において試されることになるのです。感情を押し殺してでも戦闘を行ない、生還する必要があります。

 短編小説なら死んでしまっても「テーマ」を訴えることはできるのです。

 しかし長編小説や連載小説であれば、ある程度生還させましょう。途中で死んでしまう場合は、その「テーマ」を受け継ぐ新しい主人公が立って物語が続いていきます。

 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』において自由惑星同盟側の主人公ヤン・ウェンリーは「民主共和主義の存在意義を体現する」存在でしたが途中で死んでしまいます。

 ヤン・ウェンリーは銀河帝国側の主人公ラインハルト・フォン・ローエングラムを倒すチャンスが二回ありました。しかしいずれも倒すことなく兵を引いているのです。「民主共和主義の軍隊は文民統制シビリアン・コントロールされるべきである」という己の主義を生涯貫きました。

 たとえ個人的に嫌いな人物から命令されても、きちんと統帥権を持っているのであればそれに従うのです。そんなヤン・ウェンリーの持つ「テーマ」は、彼の死後に非保護者であったユリアン・ミンツが引き継ぎ、銀河帝国側の主人公である皇帝ラインハルトと対峙することとなるのです。

 皇帝ラインハルトが布く善政の専制主義に、腐敗したの再生を期した民主共和主義がどう立ち向かうのか。それが『銀河英雄伝説』が持つ最大の「テーマ」なのです。


 恋愛もので、相手を主人公に振り向かせたいと思いますよね。でも「フラレたら堪えるから、なかなか告白できない」状況が続くのです。なんとかして相手に気づいてもらおうとします。しかし「好きだ」という気持ちは言葉にしなければ相手へなかなか伝わるものではありません。つまり「あの人が好きだ」という思い「テーマ」は相手の反応によって日々試されことになるのです。

 マンガの桂正和氏『I”sアイズ』において主人公の瀬戸一貴は「対になる存在」意中の異性である葦月伊織へ恋しています。しかし、過去の出来事によって「自分の気持ちが相手に悟られたら、今の関係が壊れてしまう。だから気持ちを悟られちゃダメなんだ」という強迫観念にも似た「テーマ」を持っています。

 だから新入生歓迎パーティーの実行委員にふたりで選ばれても、素っ気ない態度しかとれないのです。クリスマスイブについ口走った言葉によって、一貴は伊織に告白してしまいます。それによって伊織も一貴に片想いしていたことが明らかとなるのです。両片想いだったことが判明し、互いに一歩歩み寄った関係になります。

 ここからまたいくつか波乱があるのですが、このクリスマスイブがひとつの「佳境クライマックス」だったことは確かです。

 一貴の「テーマ」は物語の中で何度も試されており、そのたびに伊織との関係が近づいたり遠ざかったりします。しかし確実にそばにいる時間は長くなり、心の距離が狭まっていくのです。

 読み手もつい「もう少しだ!」「頑張れ!」と応援したくなる。そんな心境にさせるのも「テーマ」が試され続けているからです。




テーマを直接書かない

『銀河英雄伝説』において、表舞台で「テーマ」が直接書かれたことは一度もありません。「テーマ」は直接書かないほうが伝わりやすいのです。

 田中芳樹氏はヤン・ウェンリーに「最良な専制政治より、最悪な民主政治のほうがまさっている」類いのことを言わせています。しかしこれを「テーマ」に直接触れたとわからない場所で書いています。

 物語の最終盤でヤンの後継者ユリアン・ミンツがラインハルトに申し出た「立憲君主制」の提案が、作品を貫いていたヤン・ウェンリーの問いかけである「最良な専制政治と最悪な民主政治のどちらがまさっているか」に沿っています。

 現代政治への批判ともとれる部分ですが、単行本十巻を経てたどり着いたためそこまで強力な「テーマ」への言及とはなっていません。それは「テーマ」をユリアンの「立憲君主制」提案という形でしか書いていないからです。このあたりに「行間」が生じる余地があります。

 これに対し『I”sアイズ』では始まって早々、一貴の「テーマ」を彼自身に語らせているのです。これでは「テーマを直接書かない」原則に違反しているじゃないか、と思われますよね。ですが違いはある。

『銀河英雄伝説』は小説であり、『I”sアイズ』はマンガです。

 マンガは基本的に余白は会話文で埋められていきます。キャラが思っていることを書けるスペースは少ないのです。だから誰かに主人公の「テーマ」を語らせないと、読み手が「テーマ」に気づけません。絵によって一瞬で姿・形・状況がわかっても、心理は小手先では描けないのです。だから『I”sアイズ』では主人公に直接「テーマ」を語らせています。

 そうなるとマンガと親和性の高いライトノベルは「テーマ」を直接書いてもよいように感じるでしょう。確かにそういう作品が多いのも事実です。ですが私は「ライトノベルであっても『テーマ』は直接書かないほうがよい」と思います。

「テーマ」を直接書いてしまうと、読み手に予備知識を持たれてしまうのです。これが先入観へと変わり、読み手は先々の展開を予測してしまうのです。

 それに沿っていれば「やはりそうなるよね」となり、外れていれば「なぜそうなるんだよ」となります。つまり評価がマイナス方向にしか働かないのです。

 もし「テーマ」を直接書かなければ、予備知識がないから先入観も起こらず、どんな展開にしても「へえ、そうなるんだ」という驚きに満ちた感想になります。つまりプラス方向にしか評価されないのです。

 だから「テーマ」を直接書かないほうがよいと判断しています。

 わざわざ自分の首を絞めるような真似はしないでおきましょう。





最後に

 今回は「テーマは直接書かない」ことについて述べてみました。

「テーマ」のネタバレは以降の評価をマイナス方向にしか働かなくさせます。

 せっかく苦労して書いた小説が「テーマ」のネタバレのために正当な評価をされなくなるのでは、骨折り損もよいところです。

「テーマは直接書かない」ほうが、「テーマ」は伝わりやすくなります。



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