607.明察篇:表現力を身につける実況中継

 今回は「実況中継」についてです。

 手っ取り早く表現力を鍛えるには、目の前で起きていることを「実況中継」してみましょう。





表現力を身につける実況中継


 体の外を表す「説明」と、体の内を表す「描写」を同時に鍛えるのは難しいと思います。

 そこで今あなたがどういう状況にいて、どういう状態で、どういう考え方で行動しているのか。どのような事物を見ている聞いている感じているのか。

 これを実況中継するクセをつけましょう。




実況中継をすると

 今あなたが行なっていることを、言葉にして表現してみましょう。

「私は自宅から最寄駅に向かうため、国道脇の歩道を歩いている。視界の端から現れては遠くへと過ぎ去っていく自動車の群れを見送りながら、交差点で立ち止まった。渡るべき方向の歩行者信号は赤だ。歩行者信号に付いているタイマーはあと二列しか残っていない。ここはコンビニエンスストアと給油所のある十字路だから車通りが多い。待つこと二十秒。歩行者信号は青に切り替わり、多くの人々とともに国道を横切っていく。」のように書けば「説明」の訓練になります。


「あの女、何様のつもりだ。私と付き合っている浩一に馴れ馴れしく話しかけやがって。浩一も浩一だ。なぜ私の前で他の女と親しげに話してんだよ。浩一とふたりきりになったら問い詰めてやる。返答次第ではこっちからフッてやる!」のように書けば「描写」の訓練になってくるのです。

「私は怒っている」「私は憤っている」とは書かないで、どんな気持ちでいるのか。それを拾って書くのです。この例では「私」は「憤慨している」ことが明確に表れていますよね。


 あなたの行動だけではなく、街行く人々を観察して実況中継してみましょう。

「歩道でベビーカーを押して歩いている女性がいた。進路の向こう側から白杖を持つ男性が、杖で地面を叩きながら歩いてくる。このままではベビーカーと白杖が接触してしまう。女性がそれに気づいたようでその場に立ち止まる。しかし男性はひたすら白杖で地面を叩きながら進んでくる。ベビーカーに白杖が当たることは危険だと女性は判断したようだ。車道を見渡して、自動車や自転車が来ないことを確認すると、ベビーカーを車道に押し出して男性の進路を空けることにした。男性とすれ違ったのを確認した女性は、歩道に戻ってベビーカーを押して歩いた。」とすればなんとか「説明」の形になっていますよね。

 実況中継をすることで、自分が今なにを見ているのか、なにを聞いているのか、なにを感じているのか客観的に見えてきます。

 とくにライトノベルばかり読んできたので「会話文」は書けるけど「地の文が書けない」という人は、重点的に実況中継をしてみてください。

 一人称視点での「地の文」の書き方が見えてきます。

 でも私が書くのは「剣と魔法のファンタジー」だから、現実世界を実況中継したところで「地の文」は書けないのではないか。そう思われる方もいらっしゃるでしょう。

 ご安心ください。たとえ「剣と魔法のファンタジー」であろうと、主人公に自分以外のものがどう見えているのか、主人公が見たり聞いたり感じたりしたことはどういうものか。それを書くのは「現実」だろうと「フィクション」だろうと区別はありません。

「フィクション」つまり「虚構」だからこそ、「現実」に仮託して事物を書かなければ現実味リアリティーがなくなるのです。

 あなたの好きな「剣と魔法のファンタジー」小説は、読んでいて「絵空事」に感じますか。「現実味リアリティー」を覚えますか。その境を決めるのが、実況中継を繰り返して得た筆力なのです。


 筆力は小説を構成する要素の一部に過ぎません。小説を評価するおおかたは物語の展開が担っています。

 しかしいくら展開が素晴らしくても、筆力が無ければ「現実味リアリティー」を感じないくだらない作品にしかならないのです。

「地の文」を書く筆力にはそれだけの重要性があります。

 そして「地の文」を書く筆力は「実況中継」を繰り返すことで培われていく。

 ただし「地の文」で注意したいのが「説明」と「描写」の区別です。

「説明」と「描写」が段落の中で混在していると、視点の不統一感を読み手に与えてしまいます。

「説明」をするときはひと段落を「説明」だけで構成して「描写」を混ぜないこと。

「描写」をするときはひと段落を「描写」だけで構成して「説明」を混ぜないこと。

「説明」と「描写」が素早く入れ替わるような場面では、段落分けをしっかりと行なってください。

 徹底することで、自分が書いているのは「説明」なのか「描写」なのかがわかってきます。


 そういうことも含めて、あなたには今この瞬間から「実況中継」を始めてもらいたいのです。

「思い立ったが吉日」でも述べましたが、物事を始めるならできるだけ早いほうがよい。「一日の長」が「ひと月の長」となり「一年の長」となる。ぼやぼやしていたらより若く可能性を秘めた人たちに「小説賞・新人賞」を獲られてしまいますよ。

 さぁ、たった今から「実況中継」を始めましょう。




想像力は観察力から芽生える

 自由奔放に見える「想像力」も、冷静な観察によって支えられています。

「観察力」は「想像力」の源なのです。

「実況中継」することは「観察力」を鍛えます。鍛えた「観察力」が物語の独創性オリジナリティーを生む「想像力」を喚起するのです。

 小説投稿サイトでとくに人気のある「剣と魔法のファンタジー」や「空想科学(SF)」では豊かな「想像力」が無ければ誰かの作品の二次創作をしているようなもの。

「剣と魔法のファンタジー」でエルフとドワーフが冒険者パーティーの仲間になるというコテコテの設定は、J.R.R.トールキン氏『指輪物語』や水野良氏『ロードス島戦記』の影響が強いのです。あまりに強すぎて「剣と魔法のファンタジー」だからエルフとドワーフを出さないと「さまにならない」と固定観念から思い込んでしまいます。ですが本当にエルフやドワーフが仲間にならないといけないのでしょうか。


 また主人公パーティーが最初に戦う敵はコボルトやゴブリンだ、という作品もよく見ます。現在テレビアニメが放映されている蝸牛くも氏『ゴブリンスレイヤー』は、その世界で最弱の敵であるゴブリンとしか戦わない主人公の物語です。

「剣と魔法のファンタジー」としてゴブリンが登場するのも『指輪物語』『ロードス島戦記』から続く慣習。でも考えてみてください。なにも最弱の敵がゴブリンである必要などどこにもないですよね。

 あなたが作った「異世界ファンタジー」の世界観では、どんな生物(人類・亜人・妖精)が暮らしているのか。どんな敵がいて魔獣がいて魔族がいてアンデッドがいるのか。神や悪魔や巨人やドラゴンといった至高の存在の位置づけは。

 考えなければならない事柄は殊のほか多いのです。

 それを丸投げして『指輪物語』『ロードス島戦記』の設定に従ってしまうのはいかがなものでしょうか。

 そんな二次創作紛いの作品が「小説賞・新人賞」を獲れると思いますか。

 あなたの作った「異世界ファンタジー」でゴブリンが登場する理由を考えてみてください。そもそもゴブリンが最下位で本当によいのかと疑問を持つべきです。

――――――――

 ゴブリンは繁殖力が強く、短期間に個体数を爆発的に増やす。暮らしていた洞窟が手狭になるとあぶれたものは外へ飛び出して人家を襲うようになる。だから地方の町村はゴブリンの襲撃に手を焼いているのだ。

――――――――

 ここまで書ききってこそ「冒険者パーティーの最初の敵はゴブリンの群れだ」ということに説得力が出てくるのです。


 あなたの小説で、なんの説明もなくエルフやドワーフを登場させたり、最弱の敵としてゴブリンを出したりするのは『指輪物語』『ロードス島戦記』の影響を受けすぎています。

 あなたの「剣と魔法のファンタジー」では、エルフとはどのような存在なのか。ドワーフとはどのような存在なのか。エルフとドワーフの仲が悪いのはなぜか。最弱の敵がゴブリンである理由はなにか。

 そこまで考え及んだ末に世界設定をするのです。

「現実」社会を観察することで「剣と魔法のファンタジー」の「想像力」を呼び覚まし、必然性のある世界観・設定を作り上げましょう。

 それが二番煎じにならない作品を生み出す原動力となります。





最後に

 今回は「表現力を身につける実況中継」について述べてみました。

 ライトノベルばかり読んできて、どうしても「地の文」が書けない。

 そんな方はまず「現実」に行なわれていることを「実況中継」してみましょう。

 目の前で人々がなにかをやっているわけです。イメージせずともありのままを書くだけで読み手に伝わる「地の文」が書けます。

 小説を書いていて「地の文」で行き詰まったら「現実」の出来事を「実況中継」してください。きっとスランプを克服できますよ。

「実況中継」することで「観察力」が磨かれ、それが「想像力」へと転化していくのです。



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