603.明察篇:すぐれた書き手の話は聞かない
今回は「すぐれた書き手の話を真に受けない」ことです。
すぐれた書き手というのは、たいていが苦労知らずです。そのため助言が抽象的になって意味がよくわかりません。
すぐれた書き手の話を聞かず、作品を真似することから始めましょう。
すぐれた書き手の話は聞かない
文才の乏しい私が「小説の書き方」コラムを書いているのにはワケがあります。
毎日文章を書くクセをつけられるから。コラムのネタを探すことで取材力が高められるから。
そして「中の下程度の文才しかないので、書けない人の悩みがわかる」からです。
才能自体は誰でも持っています。それを説明できる人とできない人がいるのです。
すぐれた書き手は苦労知らず
現在プロの書き手となっている方々は、小説の書き方にそれぞれ一家言を持っていると思います。
しかしこれから小説を書いてみようと思っている方へ向けて、「どのように書けばいいのか」という根本を説明できない方が多いのです。
すでにプロですし、能力が高すぎて駆け出しの頃にさほど苦労してこなかった人もいます。
「すぐれた書き手」一般にいう「才能のある書き手」の言うことはたいてい上から目線です。「このくらいのこともわからないようなら小説なんて書けないよ」と脅すこともあります。それはなぜか。自分には「できて当たり前」であり、できない人のことが理解できないからです。
だからすぐれた書き手の話を聞いても、小説が書けるようにはなりません。
もちろん書くきっかけを作ることはできます。しかし細かな指導はしてくれないのです。
カルチャー・スクールで開かれている「小説教室」の講師の多くが、それほど名の知られていないプロの書き手。その理由は「名の知られていないプロの書き手」なら苦労してデビューした経緯があるため、これから小説を書いてみようと思っている方の苦労がわかるからです。
あなたが受講しようとしている「小説教室」の講師は有名でしょうか無名でしょうか。少なくとも「プロの書き手」であることは確認しておきましょう。よい小説を書くには最低限「プロの書き手」のほうがよいのです。しかし「名が知れている」ほどになると、自分の自慢話ばかり聞かされる羽目になりかねません。
書けない人の苦労なんて「名が知れているプロの書き手」にはわかりはしないのです。
だから「名が知れているプロの書き手」からは教わらないほうが伸びていくと思います。
すぐれた書き手の助言は抽象的
ではなぜ「すぐれた書き手」を師匠にしてはいけないのでしょうか。
これから小説を書こうとしている人がぶつかる壁を、「すぐれた書き手」は難なくこなしてしまいます。自分でもどうしてそれができているのか、根本がわかっていないのです。悩まなくてもできてしまう人には、そのことを他人に教えられるような経験がありません。だから壁を越えて上達するための秘訣を説明できないのです。
それだけならまだしも「なぜこんなこともできないのか」と言われかねません。
そんなことを言われたら、習うほうが萎縮してしまいますよね。
初心者がわからないことも、すぐれた書き手なら難なくできてしまう。初心者にとってすごいことも、すぐれた書き手にとっては当たり前のことなのです。
すぐれた書き手にとっては当たり前すぎて、初心者がなぜ難しがるのかを認知できません。
だから「すぐれた書き手」の助言は、初心者にとって抽象的でわかりにくくなるのです。
真似から始めよう
小説の書き方を身につける王道は「真似」です。
まず手本となる作品を見つけて、徹底的に「真似」します。
あなたが「こんな作品を書いてみたい」と思う作品を手本にしましょう。そのほうがモチベーションが高まりますからね。
手本を何度も読み返し、書き写して文章の流れや語句の使い方などを徹底的に頭へ憶え込ませるのです。
そうやって小説の構造や文体などを身につけたら、次は他の作品を手本にして、同じことを繰り返します。
何作品、手本をとればいいのかは個人差もありますが、少なくとも三作品は欲しいところです。できれば書き手はすべて変えてください。同じ書き手の作品ばかり「真似」していると、その書き手の劣化コピーしか出来あがりません。
ここまで終われば、あとはあなたの書きたいように小説を書いてみましょう。
最低三名の書き手のコピーですから、独自色を出すこともできます。しかもあなたの書きたいように小説を書くことで「プロの劣化コピー」からでも新しいものが生み出せるようになるのです。
「真似」をするよりもオリジナリティーが欲しい。自分の個性で勝負しなければ意味がない。
そう主張される方が多いのは理解しています。
しかし人は千差万別、誰ひとりとして同じ人間など存在しません。
誰かの作品を「真似」たからといって、あなたの個性は知らず知らずのうちに表れてくるものなのです。
完全にコピーする
ただ「真似」をするだけでは今ひとつ意欲が湧きづらいと思います。
そこで「手本を完全にコピーする」つもりで「真似」して「書き写して」ください。
なぜその語彙を選ぶのか。なぜそこに読点を打つのか。なぜそんな比喩を用いるのか。なぜここに伏線を仕込むのか。
こういった点に留意しながら「手本を完全にコピー」するのです。
もし「すぐれた書き手」に教えてもらう機会ができたのなら「普段どのようにして書いているのか見せて」もらいましょう。
どんな下準備をしているのか。どんな道具を用いているのか。休憩はいつどの程度とるのか。どのくらいのペースで原稿用紙が埋まっていくのか。
これらをすべて見せてもらって、そのすべてを「完全にコピー」するのです。
「すぐれた書き手」の行動、言葉遣い、タイミング、過不足しているところなど、さまざまなことがわかるようになります。
「すぐれた書き手」の考え方や発言などではなく、「文章を完全にコピー」してください。
そもそもあなたが超能力者(エスパー)でもなければ、他人の考え方や発言の意図などわかりはしません。それを「真似」してもきちんと「真似」できるかわからないのです。
しかし「文章」は文字となって目に見えてわかりますから、眼の前で開いている手本となる小説の「文章を完全にコピー」することは誰にでもできます。
言葉だけでなにかを伝えようとすると、受け手はそれぞれ認知が異なるので、言葉の意味を取り違える人が出てきます。
ですので、どのようにしてやればいいのかを行動で示すのです。
そうすれば言葉を読んだ人は全員同じ脳内イメージを浮かべることができます。
そのためには「行動」をしっかりと伝えること、比喩で「行動」を視覚化することに注力してください。
最後に
今回は「すぐれた書き手の話は聞かない」ことについて述べてみました。
「すぐれた書き手」は往々にして苦労を知りません。苦労知らずだから「すぐれた書き手」なのだと認識されています。
「小説教室」に通うのなら「プロの書き手」を選ぶべきですが、著名な書き手は避けましょう。「紙の書籍」を数冊出した程度の書き手は、書けない人の苦労を知っています。的確な指導が受けたければ「名の知られていないプロの書き手」の「小説教室」を選ぶべきです。
小説の書き方をマスターしたければ「真似」しましょう。それもひとりではなく三人以上の書き手の作品を「真似」て「書き写して」みれば、きっと今よりもうまく小説が書けるようになりますよ。
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