593.明察篇:試練の道を

 今回は「主人公の試練」についてです。

 主人公になんの出来事も起こらない小説は、読んでいて楽しめるのでしょうか。

 主人公がなにかを試されるから、読んでいてドキドキしてくるのです。





試練の道を


 小説は主人公がいて初めて成立します。

 しかし主人公が日常をただ過ごしているだけでは、物語は面白くないのです。

 まさか朝起きて、学校へ行って授業を受け、家に帰って風呂に入り、宿題を済ませて寝るという特別なことがなにひとつ起こらないルーチンを三百枚書くわけにもいきません。

 そんなものは小説ではなく、そのキャラクターの日常を描いた行動日記に過ぎないのです。




主人公は試される

 そこで物語は「主人公が試される」つまり主人公に試練を与えます。

 主人公に取り立てて特別な物語や明確な目標を設定できていないのなら、主人公に見合う試練を考えてみましょう。

 たとえば肉親の仇が皇帝だったら、皇帝を倒して仇を討つのです。誰だかわからない人物に肉親が殺されたのだとしたら、捜し求める旅に出ます。

 貴族に成り上がりたければ戦争で出世しなければならない、というのも試練です。

 優秀な戦士は、速さ・技・力の限界を試される状況に置かれ、優秀さにふさわしい相手と戦う試練が考えられます。

「意中の異性」がいるのなら、告白するまでに異性に近づく人を異性から遠ざけたり、自分に接近してくる者を振り切ったりして、告白できるシチュエーションに持ち込むこともまた試練と言えます。


「肉親の仇が皇帝だった」「成り上がりたければ戦争で出世しなければならない」「優秀な人物は、ふさわしい相手と戦う」という試練。一見バラバラですが、田中芳樹氏『銀河英雄伝説』の主人公であるラインハルト・フォン・ローエングラムがそのまま当てはまります。

 主人公が銀河を舞台として戦い続ける物語を考えたとき、まず「ふさわしい相手と戦う」ことになるのです。もし主人公の能力が天下無双でどんな敵でも圧勝してしまったら物語が続きません。主人公が瞬殺されても同様です。戦い続けるためには「ふさわしい相手と戦う」必要があります。それがヤン・ウェンリーの存在意義だったのです。


 恋愛小説であれば、「意中の異性」はできるかぎり主人公とかけ離れているほうが盛り上がります。でも「意中の異性」を巡る恋のライバルは主人公に「ふさわしい相手」であることが望まれるのです。

 ヒューマン小説なら、愛する家族への愛情が試されます。家族が誘拐されたり怪我を負わされたり難病に罹ったりして傷ついた家族を、そして自身の人生を試されるのです。


 このように、小説とは「主人公」に試練を課し、どのように乗り越えていくかの「過程」を読ませる物語だと言えます。




対になる存在も試される

 試練はなにも主人公に限ったものではありません。「対になる存在」も試されるべきです。

 たとえば「なんらかの理由で命を狙われている」ことにしてみましょう。

「命を狙われる」試練はありふれていますが、だからこそバリエーションは豊富です。

 どんな理由で命を狙われることになったのか。

 これを考える必要があるのです。

 パターンを網羅したといってよい作品があります。マンガの北条司氏『CITY HUNTER』と『ANGEL HEART』です。

 どちらも最強のスイーパー「シティーハンター」が依頼を受けてそれを解決するパターンになっています。

 殺人蜂を開発したり偶然撮った写真が犯行を写していたりどこぞの国の王女様だったり。「対になる存在」が狙われる理由がひじょうに多岐にわたっています。

 主人公が「対になる存在」をどのようにして助けるのか。助けるためにはどんな困難に挑まなければならないのか。

「命を狙われる」パターンを考え出したいのなら、ぜひ一度両シリーズをお読みください。

 また恋愛小説なら「意中の異性」が「対になる存在」になります。

「意中の異性」が主人公になにかをしようとするのですが、なにかが邪魔をしてできないでいる。「なにかが邪魔」つまり試練ですよね。

 たとえ「両片想い」だとしても、それが明らかになるまでは、互いに意識するくらいしかできません。明らかになるための試練が待ち受けているのです。

『CITY HUNTER』なら主人公・冴羽リョウのパートナーである槇村香が「意中の異性」となります。作中ラストバトルにおいて初対面のときからの「両片想い」だったことが明らかになりました。


「対になる存在」としてライバルがいることがあります。

 なぜこの人物が主人公のライバルとなったのか。ライバルとして戦うことを選ばなければならなかった試練とはなにか。ここに物語があります。

『CITY HUNTER』なら海坊主がライバルです。いつもは気のいい馴染みの間柄でいます。しかし彼は戦場で傭兵としてリョウと戦い、視神経を傷つけられてじょじょに視力を失っていくのです。だからこそ完全に失明する前にリョウとどちらが上か勝負したかった。海坊主がリョウと決闘したのはそのような背景があったからです。

『ANGEL HEART』ならカメレオンが香瑩のライバルとなります。リョウを倒そうとするカメレオンと彼を守る香瑩。香瑩を試練として、それを乗り越えなければリョウまでたどり着けないのです。このふたりの戦いの構図が『ANGEL HEART』の物語を支えていました。


「対になる存在」として最終的に倒さなければならない「悪の親玉」がいることがあります。ライトノベルで王道の「剣と魔法のファンタジー」ではこの「悪の親玉」が必ずいるのです。

 なにがしかの理由で世界を混沌に陥れたい、世界征服したい、革命を起こしたいなどがあります。

 それらを実行に移すためには試練を避けて通れません。

 もちろん最大の試練は「主人公を倒す」ことです。そのためにライバルを操って主人公を攻めさせます。「悪の親玉」が自ら主人公と対するのは物語のラスト以外にありません。稀に物語途中で手合わせすることはあります。その場合多くは主人公側が完敗するのです。

『CITY HUNTER』なら麻薬組織ユニオンテオーペが「悪の親玉」になります。「シティーハンター」としての最初の接触においてリョウは相棒の槇村を失うのです。槇村を殺した相手は倒しましたが、黒幕でありリョウの育ての親である海原神はリョウを泳がせて倒す好機を窺うこととなります。そして物語のラストバトルはリョウと海原との一騎討ちでした。どちらにとっても乗り越えなければならない試練がラストバトルだったのです。





最後に

 今回は「試練の道を」について述べました。

 小説に登場する人物は、そのほとんどがなにかを試されています。

 乗り越えなければならない試練があるから、読んでいると「ドキドキ」してくるのです。

 小説の醍醐味は「ワクワク・ハラハラ・ドキドキ」だと思っています。

 そのうちの「ドキドキ」を担当するのが試練なのです。

 連載しているのだけど、どうにも読み手の反響が芳しくない。それは波乱がないため「ドキドキ」してこないからかもしれません。

 登場人物に試練を与えてみてください。緊迫感が生まれて読み手を「ドキドキ」させることができます。すると文字を読み進める手が止まらず、先々の展開が気になり始めるのです。



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