591.明察篇:人物の設計

 今回は「人物」についてです。

 なにができるのか、どんな性格なのか、どんな事情を持っているのか、どんな外見をしているのか。

 主人公なら読み手が憧れる、共感できる、応援したくなる人物像であることが求められます。





人物の設計


 小説には登場人物が欠かせません。

 主人公にせよ「対になる存在」にせよ第三者(脇役)にせよ、これだけは設定しておきたいものがあります。

 物語が豊かになるような人物を設計してみましょう。




なにができるのか

 主人公はなにができるのか。これが物語の根幹を握ります。

 ちょっとした透視能力があるというだけでも、物語にスパイスを加えられるのです。服の下に拳銃や違法薬物を隠し持っている人を発見できる。ラブレターや辞職届を背広のポケットに入れているがわかる。手品師のタネがバレる。ちょっとしたことが「透視能力」によって別の日常へと変化するのです。


「特殊能力」といえば現在では鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』が第一に挙げられます。

「特殊能力」を持つ若者たちは学園都市に住んでおり、最上位のレベル5に位置する御坂美琴や一方通行アクセラレータがいるのです。

 その一方で学園都市にふさわしくない人物も暮らしています。主人公・上条当麻はレベル0の無能力者です。本来なら学園都市にいるべきではないのですが、彼の右腕は「幻想殺しイマジンブレイカー」を宿しています。

 自分から仕掛ける能力ではありません。さまざまな敵の超能力を右腕でかき消してぶん殴ります。つまり受動的な能力なのです。

 この設定ひとつだけでもワクワクしてきませんか。


「特殊能力」ではマンガの堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。

 さまざまな「個性」という名の「異能力」を持った少年少女が、将来のヒーローとなるべく学園生活を送るバトルアクションマンガです。

 主人公の緑谷出久は当世では珍しい「個性」をまったく持たない「無個性」の人間でした。あるときNo.1ヒーローのオールマイトから、譲渡される「個性」である「ワン・フォー・オール」を受け取り、「個性」が宿ります。しかし「ワン・フォー・オール」の超パワーに肉体が追いつかず、発現するたびに体を壊していくという、ある意味「爆弾」のような「個性」です。物語開始当初は体を壊しながら戦うというありさまでした。それが5%、8%と「ワン・フォー・オール」の出力を抑制して発現できるようになり、今では体を壊すことなく活躍できるようになりました。

 自分の肉体以上の強い「個性」を持ってしまった主人公。この設定だけでもワクワクしてきませんか。


「特殊能力」以外にも、跳躍力に秀でていたり泳ぐのが速かったりする「身体能力」や、勉強・研究・戦争(兵法)で業績を上げる「知的能力」や、資金力・対話力・コネクション(コネ)などの「社会能力」などがあります。

 このように「なにができるのか」を突き詰めていくことが、キャラクター作りの秘訣です。




どんな性格なのか

 主人公はどんな性格でしょうか。物語のトーンを決めます。

 たとえば自分の能力に自信があって、イケイケドンドンと出来事に取り組んでいくような性格は、物語を力でねじ伏せるようなトーンを生み出すのです。

 すべての出来事をイケイケドンドンで片づけられるかというとそういうものでもありません。物語の多様さを作り出すには、イケイケドンドンでは解決できない問題(謎)を用意する必要があります。


『とある魔術の禁書目録』では、直情径行な当麻だけではどうにもならない問題(謎)を、美琴や黒子などと協力して打開するのです。一本気な性格で問題(謎)に真正面からぶつかります。それでも自力で解決しようとする姿は、読み手である皆様の目にどう映ったのでしょうか。


 渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公・比企谷八幡はある出来事がきっかけとなって友達を作らない「ぼっち」な性格をしています。

「奉仕部」に強制入部させられても部長の雪ノ下雪乃とは無干渉です。「奉仕部」に持ち込まれる問題(謎)を、八幡自身が極力干渉しない形で解決していきます。

 八幡の性格はある意味で「策士」です。「策士」な性格を「戦争もの」「国際紛争もの」ではなく「ラブコメ」に用いている点で、他の作品とは一線を画します。

「ぼっち」な性格を引き起こした出来事のわだかまりが解消されたとき、八幡本来の性格が表出してくることでしょう。




どんな事情を持っているのか

 主人公はどんな事情を持っているのでしょうか。

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の八幡は「ぼっち」な性格をしています。それは入学式当日に犬を助けて車に轢かれ入院したことで、入学当日からクラスメイトとの関係を築けなかった事情があるのです。

「犬を助けるために体を張る」というヒーロー要素を持ちながら、それによって学校では友達が作れず浮いた存在になってしまいます。

 八幡は「困っている人を助けたい」という衝動を持っているのです。「奉仕部」の活動を通じてクラスメイトや学校関係者と、問題(謎)の解決のためにコミュニケーションを図っていく。

 担任である平塚静がどこまで想定していたのかはわかりません。「奉仕部」での活躍によって、八幡はひとりずつ関係線を結んでいくのです。そうすることで入学式当日の交通事故で関係線が途絶された状態は解消され、次第に友達や仲間と呼べる存在が増えていきました。


『僕のヒーローアカデミア』の出久は生来「無個性」でした。中学三年で入試を控え、学校からの帰り道においてNo.1ヒーローのオールマイトと出会いました。その後幼馴染みの爆豪勝己がヴィランに捕らわれた際、「無個性」であるにもかかわらず爆豪を救出しようと敵に戦いを挑んだ。その姿を見たオールマイトは、出久に譲渡される「個性」である「ワン・フォー・オール」を授けます。その事情を知る者は少ない。これからの物語において出久の性格も重要な役割を務めることでしょう。




どんな外見をしているのか

 髪・瞳・肌の色、髪型やヒゲ、身長や体型などの身体的な見た目は基本なので皆様よく設定されています。

 しかし服装や装飾品、小道具などにまで気が回っている小説というのは、殊のほか少ないものです。とくに小説投稿サイトの小説でそこまで細かく書く人はほとんどいません。

 アニメでも毎回私服が異なっている作品は少ないのです。

 アニメのサテライト『マクロス7』において、主人公の熱気バサラの所属するロックバンド「Fire Bomber」でベースを担当しているミレーヌ・フレア・ジーナスという人物がいます。

 49回の放送話において彼女は私服が毎回異なっていたのです。セルアニメではとくに使い回しが利くように毎回同じ服装にすることが多かった時代。現に熱気バサラの大ファンである「花束の少女」は毎回白いワンピースに大きなつば広帽をかぶり、花束を抱えているのです。毎回私服が異なるのはミレーヌだけ。そこに魅力を感じる、共感できる受け手が多かったのが『マクロス7』の人気を今でも支えてくれています。

『マクロス』で言えば『マクロス7』にはグババという小動物がミレーヌと一緒にいますし、『マクロスF』にはアイくんというランカ・リーが見つけて育てていた生物が出てきます。またシェリル・ノームは「フォールド・クォーツ」という素材で出来た貴重なイヤリングを所持しているのです。

 マスコットキャラクターやキー・アイテムを設定するのも、人物を魅力的に映します。




憧れる・共感する・応援する

 主人公は読み手が憧れる要素を持つべきです。

 マンガの藤子・F・不二雄氏『ドラえもん』には「あんなこといいな、できたらいいな」という出だしの曲があります。

 まさしく読み手が主人公に求めている要素です。

「あんなことできたらいいな」「あんなふうになりたいな」「こんなだったらいいのにな」という要素があることで、読み手は「私のために書かれた小説だ」と認識します。

 古来から続くヒロイックな物語は「窮地に陥った王女を、勇者や白馬の騎士が助ける」という鉄板の展開が特徴です。

 こんな物語は何作も読んでいるはずなのに、読み手は何度でも鉄板の展開を読んでワクワクします。

 それはひとえに読み手にとって「憧れる」要素を有しているからです。

『とある魔術の禁書目録』の当麻は「幻想殺しイマジンブレイカー」を有しています。これによってどんな異能力も打ち消すのです。そんな能力を持っていたら「憧れ」ますよね。


「憧れる」要素だけを入れても読み手は感情移入しづらいものです。

 読み手と等しい要素を入れることで「共感」を得ていきましょう。

「この気持ちわかるなぁ」「そうそう」「こういうときにはこうなるよね」と思わせるのです。

「共感」のない主人公がいくら活劇を繰り広げても、読み手にとっては「他人事ひとごと」にしか映りません。

 ライトノベルの主要層は中高生です。彼ら彼女らが「共感」するような主人公が書けなければ、いくら面白い物語を書いても響きません。

 芥川龍之介賞を七十五歳で受賞した方がいらっしゃいましたが、これは純文学だからこそです。ライトノベルではこうはいきません。

 ライトノベルの主要層である中高生から「共感」を得るには、彼ら彼女らと近しい感性が必要となります。つまり歳を経るごとにライトノベルは書きづらくなるのです。

 歳をとってもライトノベルを書いていくためには、つねに流行に敏感であり続け、中高生が求めるものを嗅ぎ分けましょう。流行を追う嗅覚が鈍い人にライトノベルは書けません。

『とある魔術の禁書目録』の当麻は主要層と同じ高校生です。そして直情径行な性格であるため、読み手との親和性が高い。だから読み手は当麻に「共感」するのです。


「憧れる」要素を持つ「共感」できる主人公は読み手を強く惹きつけます。

 しかしそれだけでは理想的な主人公にしかならないのです。

 小説を読んでいて「今日はどうやって勝つのかな」と思って読むだけでは、物語として薄っぺらくなります。

 そこで思わず読み手が主人公を「応援」したくなる要素を混ぜてみましょう。

「負けるな! 頑張れ!」「この恋愛が成就するように」と「応援」したくなる主人公は読み手の心を捕らえて離しません。

『とある魔術の禁書目録』の当麻はさまざまな強敵を相手にして、しばしば崖っぷちに追いやられています。「憧れ」も「共感」も得ている主人公ですが、危機に陥ることによって、読み手から「応援」されるようになるのです。


「憧れ」「共感」「応援」の三拍子揃った主人公は、物語に一本筋を通す存在となります。

 主人公を設定するときは、三要素をすべて盛り込むような人物像を思い描きましょう。

『僕のヒーローアカデミア』の出久も、読み手からは「ワン・フォー・オール」の使い手として「憧れ」られますし、それ以外は平凡な高校生で「共感」できますし、ヴィランとの戦いで窮地陥ったらどうやって倒せばいいのか「応援」してしまうものです。

 あなたの好きな小説の主人公は「憧れ」「共感」「応援」をどれほど持っているのか。一度振り返ってください。大ヒットする秘訣を見出だせるでしょう。





最後に

 今回は「人物の設計」について述べてみました。

 ここに書いたのは最低限度の設定・要素です。

 他に主人公が大人ならタバコを吸うのかお酒に強いのかパチンコはするのかといった嗜好品に対する設定もあります。

 中高生でもテレビゲームが好きかスマホゲームが好きか体を使った遊びが好きかなど、遊びの種類も主人公の性格や境遇を表すものでしょう。スマホゲームはお金が潤沢にある人がするものですし、テレビゲームはスマホゲームはよりも少ないですがそれなりにお金がかかります。体を使った遊びならお金がなくてもできます。

 所持している携帯電話によっても人物を設定できます。お金がなければ携帯電話を持っていません。維持費の高いスマートフォンは富裕層のものです。自由になるお金が少ない人はフィーチャーフォンを所有するしかありません。

 どのくらい裕福で、どのくらい貧乏か。

 ゲームや携帯電話だけでもそれが表されます。



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