588.明察篇:描写は体験を書く

 今回は「描写」文についてです。

「描写」の基本は「体験を書く」ことです。

「わかるけどありきたり」な表現があったり「独自だけどわからない」表現があったりしては「描写」として用をなしません。





描写は体験を書く


 たとえば昨日観たアニメの感想を尋ねられたとします。

「面白かった」「よかった」「好きだった」「観続けるのも嫌だった」など結論だけを返してくる方が多いのです。

 それに対して「どんなところが?」「なぜ?」と問いかけてもきちんとした答えが返ってくることはまずありません。

「面白かった」のには理由があるはずなのですが、それを順序立てて他人に伝えることが難しいのです。会話ではこの難しい過程をすべてすっ飛ばして、一言だけでわかってもらいたい。だから「面白かった」と結論だけで終わってしまいます。

 他人にわかってもらうのは、実にたいへんなことです。

 どんな状況下で起こったのか、全体を順序立てて伝えなければ、せっかくの「描写」も効果をあげません。




わかるけどありきたり、独自だけどわからない

 表現が的確でも、平凡なことしか書いていない文章は残念です。

 高校生の熱戦を観て「爽やかな感動を覚える」と結んだり、社会問題に疑問を呈して「そう思うのは私だけだろうか」と結んだりした文章はありきたりです。読む人には何の印象も与えません。

 書き手独自の意見や体験が書かれていても、なぜそう思うのか、なにがどうなってそうなったのかがきちんと説明されていない文章も残念です。

 一方的な偏見や独断を押しつけてしまっています。大仰な形容や奇をてらった比喩をこれ見よがしに使って、悦に入っている文章も「独りよがり」です。




体験を書く

 昔のことを書くとき、事故や病気などの「出来事」を書いてしまいがちです。あなたが味わった「体験」を書いてください。

 記憶を素にして読み手へ伝えようと書くわけです。記憶を文章にするのは簡単だと思われますよね。実はこれが殊のほか難しいのです。

「出来事」は自分の外側で起きたことを書きます。「体験」は自分の内側で起きたことを書くのです。

 その場で主人公が「見た」もの「聞いた」もの「感じた」ものを、読み手に「見える」ように「聞こえる」ように「感じられる」ように表現するのです。そう表現することで、読み手は主人公と同化して感情移入できます。

「体験」を臨場感あふれる表現で書くことを、とくに「描写」と呼ぶのです。


「描写」を用いると架空の人物が「体験」したことも、現実の読み手が「追体験」できるようになります。

「描写」が鮮やかに感じられるのは、「体験」を忠実で正確に書いてあるからです。

 つまり「説明」は体の外側に起こる「出来事」を書きます。「描写」は体の内側に起こる「体験」を書くのです。

 これが「説明」と「描写」の根本的な差になります。

 一人称視点なら、主人公に働きかけるものは「描写」になり、他人に働きかけるものは「説明」で表現するのです。




体験を記す術を知らない日本人

 人間の感覚はそもそも「描写」に向いています。

 だから子どもは語彙が乏しくとも「描写」を書くことには長けています。

 感受性の豊かな子どもは、体で感じた「体験」を大人以上に強いインパクトで味わっているのです。

 しかし言葉を憶えていくにつれ、「体験」を表現する力が失われていってしまいます。

 なぜでしょうか。それは小学校の国語の作文で「話すように書きなさい」と言われてしまうからです。


「体験」は満足に話して聞かせられません。感覚が刺激を受けているのです。なのに、それをどうやって言葉にしてよいのかを知りません。

 そもそも「話すように書く」は論文を書くときの書き方です。主人公の「体験」を記す小説を書くのには適していません。

 日本人は歳をとるごとに、「体験」が満足に書けなくなります。

 それも小学校時代に教え込まれた「話すように書こう」とするからです。

 大人はただでさえ子どもよりもインパクトの弱い「体験」しかできないのに、表現する力が小学校の頃からいっさい育っていません。これで読み手に感情移入してもらう小説を書くのは困難です。

「小説を書こう」と決めたのなら、「体験」を的確に「描写」する方法を学んでください。

「体験」のない小説はただの論文です。




体験を丁寧に拾う

 大人となった私たちは、「体験」を通しても子どもほどのインパクトは得られません。

 だからこそ、「体験」したことをひとつずつ丁寧に拾い上げるのです。

「ノンフィクション小説のことで、剣と魔法のファンタジーを書いている私には関係ないことだ」とは思わないでください。

 現実の人間であろうと架空の人物であろうと、「体験」をしっかり書くことで「描写」となり、主人公への感情移入を可能とします。


 書き手は子どもの頃まで感性を戻し、かすかな感覚を呼び覚ましていくのです。

 そのため「文豪」や文筆家は、取材と称して見知らぬ世界へ飛び込んでいきます。

 新たな刺激があれば、感性が開かれて感覚を拾いやすくなるからです。

 知らない町を眺め、知らない方言や言語を聞き、知らない料理を食べる。時間があれば長期滞在してみる。

 新たな刺激に満ちています。感性が研ぎ澄まされて感覚を拾いやすくなるのです。

 だからといってあなたに今から南極や月へ行けなどとは言いません。

 通勤通学に電車を使っているのなら、ひと駅手前で降りて歩いてみるだけでいい。

 今住んでいる市から隣の市へ赴くだけでいい。

 人は「知らない」状態に置かれると不安感と好奇心がともに湧いてきます。

 つまり「知らない」ものを必死に「知ろう」と思ってしまうのですね。

 好奇心が湧いているときは、感性が開放されています。あらゆることが新鮮で、強烈なインパクトが心に突き刺さるのです。

 これから「描写」を鍛えたいと思っている方は、「見知らぬところ」へ出向きましょう。

 そこで見たもの聞いたもの感じたものを「言葉」にしていくのです。


 正直に言って、感性が研ぎ澄まされた状態なのに書く言葉が見つからない人に、小説は書けません。

 まだ早いのです。もっと語彙を増やして「言葉」のバリエーションを身につけましょう。

 ただし「慣用句」は憶えなくてかまいません。「慣用句」は紋切型の代表格で、文章の陳腐化を招きます。

 あなたにしか書けない感覚が表現されていたら、それはあなたにしか書けない「描写」だと言うことです。




判断

 人物は社会生活を送るうえで、必ず「判断」を迫られます。

 一人暮らしをしていても、今晩のおかずはなににしようとか、いつ洗濯機を動かそうかとか、買い物にいつ出ようかとか、書店で買いたい本を吟味するとか。つねに「判断」を迫られるものなのです。

 なぜその決断をしたのかは第三者が知る由もありません。

 一人称視点において、自分の下した「判断」は直接「描写」できます。「説明」文では書けないのです。

 一人称視点において、他人の「判断」は相手が行動に移すまでわかりません。しかもその行動を見て、語り手が「こうではないか」と「推察」する他ないのです。

「判断」はこのように直接「描写」文で書ける場合と、相手が行動に移したときに「推察」した「描写」文で書ける場合。このふたつがあります。

 書き分けがうまくできれば、説得力のある「描写」文を書けるでしょう。


 人物が「行動」を起こすのは、ほとんどの場合「判断」を下してからです。

「判断」せずとっさに「行動」してしまうのは「条件反射」によるもの。

 大型トラックが通行している横断歩道を幼子が渡ろうとしていたら、「判断」もせずに体が勝手に「行動」して幼子を助けようとする人物もいるのです。

 この場合は傍から見ると「幼子が轢かれそうになっている」と「判断」して「行動」に移したと解釈されます。

 一人称視点で「対になる存在」が幼子を助けた場面を見てその人を「意中の人」にしてしまう。よくある展開です。とっさに「行動」してしまったことを、さもいつもそういう「行動」をする人物だと思われる。主人公にとっては苦痛に感じられることもあります。

 自身の「判断」を書くときは、先に「判断」を書いてから「行動」に移ってください。

 他人の「判断」を書くときは、相手の「行動」を見ることでどのような「判断」を下してのことかを「推察」します。

 順序の違いは、「判断」が明確にわかる自分と、「推察」しないとどんな「判断」をしたのかわからない他人との差です。





最後に

 今回は「描写は体験を書く」ことについてです。

「説明」は体の外で起こる「出来事」を書きます。「描写」は体の内で起こる「体験」を書くのです。

「説明」と「描写」の区別についてこれまで幾度も述べてきましたが、今回の気づきは「核心を捉えている」と思います。

 たとえば秋の日が暮れるさまを書くのは、体の外で起こることを書いていますから「説明」です。秋の日が暮れるさまを見てもの悲しさを感じていることを書くのは、体の内で起こることを書いていますから「描写」になります。

 体の境界線は誰しもが認識しているものです。

 だから体の外と内は明確に分けられます。



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