586.明察篇:文章力とは
今回は「文章力」についてです。
主語を乱立させないこと、主語を詰め込みすぎないこと、修飾を詰め込みすぎないこと、隠喩を安易に使いすぎないこと、説明が不足しないこと。
以上の点を意識してみてください。
文章力とは
文章力とは美文でも巧みな比喩でもありません。「人に伝わる文章が書けるか」どうかです。
書き手だけが理解できても意味はありません。読み手に伝わって初めて「文章」は意味を成すのです。
文章を乱すものとして、とくに主語の不定性が挙げられます。
主語の乱立
小説では主語が入れ替わることが多くあります。
できればワンシーンでは主語を統一してほしいところです。
動作の継続性は、主語が統一されて初めて成立します。
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私はライブ会場に開演ギリギリに到着した。ライブスタッフがチケットを確認してホール内へ案内する。ステージではバンドが演奏を始め、私は指定席に座りながら賑やかな音楽の世界に身を委ねた。
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以上の例文では、主語が「私」⇒「ライブスタッフ」⇒「バンド」⇒「私」と移り変わっています。一文ごとに主語が変わるのでは読み手が混乱してしまうのです。
以下のように改めてみます。
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私はライブ会場に開演ギリギリに到着した。ライブスタッフにチケットを確認してもらいホール内を案内される。ステージではバンドの演奏が始まるところで、指定席に座りながら賑やかな音楽の世界に身を委ねた。
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これなら四文とも主語は「私」です。
どちらが読みやすいかは一目瞭然ではないでしょうか。
主語の詰め込み
一文に主語を詰め込んでいる方が結構いらっしゃいます。たとえば、
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そんなときに「偶然」が起こるから一発逆転ができることがあります。
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という文があります。主語を示す格助詞「が」が三回出てくるのです。これでは何を言いたいのか読み手に正確に伝わらないでしょう。
そこで以下のように改めます。
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そんなときに「偶然」が起こるから一発逆転もできます。
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「一発逆転できることもあります」と書くこともできます。ただし言い回しが長ったらしいので、シンプルに「一発逆転もできます」と書いたほうがわかりやすいですね。
修飾過多
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さわやかな秋風に身を委ねて昼寝をしていた浩一は、慌てて起き上がると身支度をして学校へ出かけ、バンドメンバーにして同級生の、艷やかな長い黒髪と整った容貌で魅力的な明美と自主練習を行なった。
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主語は乱れていません。でもわかりにくいですよね。
それもそのはず、主語と対象語にかかる修飾が多すぎて、なにがなんだか意味不明になっています。
とくに前半の浩一を修飾する助詞「を」が三つも出てくるのです。
そこで情報を整理してわかりやすくしていきましょう。
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浩一はさわやかな秋風に身を委ねて昼寝していた。目覚めると慌てて起き上がり、身支度をして学校へ出かける。バンドメンバーで同級生の明美が部室にいた。艷やかな長い黒髪と整った容貌で魅力的だ。彼女とともに自主練習を行なった。
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これで「を」の三連発は回避できました。対象語である「明美」にかかる修飾も減らして読みやすくなったはずです。
このように同じ助詞が複数入るとわかりづらくなることがよくあります。
なんでもかんでも一文に盛り込もうとせず、適度に分散させたほうがわかりやすくなる典型です。
隠喩過多
比喩は読み手に対象をわかりやすく伝えるためのテクニックです。
ですがなんの予告もなしに隠喩(暗喩)を書いてしまうと、隠喩(暗喩)が比喩でなくそのまま受け取られてしまうことが多くなります。
唐突に「口の端から赤いよだれを垂らしている。直後口から赤いビロードが弾け出た」と書けば「赤いビロードでも口の中に含んでいたのかな」と思いますよね。
前段階として「目の前に立つ見知らぬ男の左胸を銃弾で撃ち抜いた。口の端から赤いよだれを垂らしている。直後口から赤いビロードが弾け出た」と書けば「口の端から垂れたものや吹き出たものは血液だったのか」とわかります。
また「口の端から血が垂れている。直後口から大量の血液を吐き出した。それはまるで真っ赤なビロードのように見えた」「口の端から血が垂れている。直後口から真っ赤なビロードのような血液が大量に吐き出た」のように直喩(明喩)に直したり、比喩を別文に取り出したりしたほうがよい場合も多い。
このように隠喩(暗喩)は、読み手が「これは隠喩(暗喩)なんだ」とわかるように書くべきです。隠喩(暗喩)とわかりにくいようなら、かっこつけずに直喩(明喩)で書いてください。
それだけで比喩をわかりやすく用いることができます。
説明不足
読み手に説明していないことを、なんの前フリもなく書いてしまうことがあります。
たとえば「行人は無類の女好きだ。加代が腹を立てている」と書いたとしましょう。主語は「行人」です。そして唐突に「加代」が出てきます。「加代」は「行人」とはどのような関係なのでしょうか。なぜ「加代」は腹を立てているのでしょうか。「行人」と「加代」の関係性を書き忘れているから、読み手にはわからないのです。
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海風がそよいでいる。ここには数多の建物があった。しかし今は土台を残してすべて瓦礫と化している。丘に向かって流された私物を探し歩いたが、なにも見つからなかった。すべてがあの大地震とそれに伴う津波によって打ち砕かれたのだ。家があったはずの場所に立ち、目を閉じて在りし日の町並みを思い浮かべた。
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東日本大震災を想起した文章にしてみました。ですが、なにか歯がゆさを感じませんか。
具体的な描写が極端に少ないのです。確かに当初の被災地は、瓦礫以外ほとんど残っていない風景がテレビを通じて流されていました。そうだとしても具体性に欠けていると言わざるをえません。
「加代」も「家」も「だからなんなの」と叫んでしまいたいところですよね。
説明が不足すると「だからなんなの」が発生します。その先もモヤモヤを引きずったまま小説を読んでいくことになるのです。すぐに「加代」や「家」の情報が出てくればいいのですが、数ページ読んでも出てこない場合はその時点で先を読むことをあきらめます。
人間の忍耐はそれほど寛容ではないのです。わからなければ「謎」が生まれ、すぐに「解決」すればよし。すぐに「解決」しなければ、物語や設定の面白さによって、どの程度待てるのか決まります。面白ければ第一章が終わっても読み進めてしまいますが、つまらなければ一ページ読むことさえ苦行に感じられるのです。
読み手に予備知識はありません。初めて出てくる「固有名詞」は先に説明しておくか、書いた後に補足するかしてください。それだけでモヤモヤを引きずらずに小説をすらすらと読み進められるようになります。
また場面転換したら、必ず「いつ」「どこに」「(誰と)誰が」いるのかを明記しましょう。この情報がないと「暗幕の前にピンスポットが当てられている」ような状態になるです。5W1Hのうち「なにを」「なぜ」「どのようにして」は後から書いても問題ありませんが、「いつ」「どこに」「(誰と)誰が」いるのかは真っ先に知らせないと正しい情景が思い浮かべられません。情景が思い浮かべられるから、「なにを」「なぜ」「どのようにして」を求める気持ちが生まれるのです。
最後に
今回は「文章力とは」について述べてみました。
「主語の乱立」「主語の詰め込み」「修飾過多」「隠喩過多」「説明不足」があると、文章があやふやになって意味がわかりにくくなります。
これらを解消することで、誰が読んでも共通のイメージが湧くような文章が書けるのです。
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