585.明察篇:世界観を考える

 今回は「世界観」についてです。

 どんな場所を舞台にするのか。そこでの政治や産業、衣食住に学校はどのようなものか。

 決めておくべきことはたくさんあります。





世界観を考える


 小説には主人公が活躍する舞台が必要です。その舞台はどんな世界観の上で成り立っているのでしょうか。

 巨大な宇宙船の中で暮らしていたり、砂漠の中で暮らしていたり、火山の麓で暮らしていたり。

 舞台を用意するには世界観を固める必要があります。




舞台を考える

 まず日本のように火山の麓で暮らしているとしましょう。

 火山の麓は湧き水が豊かで澄んでおり、飲料水としても重宝します。

 火山の噴石・火山灰が巨大な濾過ろか装置となり、地中に雨水が染み込むことで濁りのとれた「真水」となって水脈を作り出すからです。

 よく知られているのが「富士山」の湧き水で、ペットボトルで売り出されるほど綺麗です。他にも六甲や阿蘇など「名水百選」に選ばれる名水の多くが火山の麓で採れます。

 日本は「火山の島」とも呼ばれており、数年に一度はどこかで噴火しているのです。

 だから日本の井戸は綺麗なところが多く、飲み水に適しています。

 現代日本は上水路が整備されており、清潔な水は蛇口をひねるだけで手に入るのです。

 ではあなたが書きたい小説の舞台は現代日本でしょうか。


 一般的な「剣と魔法のファンタジー」だとすれば、上水路はそれほど整っておらず、日常は井戸水を汲み、沸かして浄化したものを冷ましてから飲みます。

 水は貴重なのです。

 水が貴重という点では現代社会を見渡せば「砂漠」が挙げられます。

 砂漠には水分がありません。しかし砂のはるか下には水脈があるとも言われており、砂漠の緑化事業では水脈まで井戸を掘り、井戸の周囲に散布しています。もちろんそのままでは砂に吸収されたり地熱で蒸発したりして水分が定着しません。地面に当たる部分に保水剤を混ぜた土を敷き詰め、そこに植樹するのです。

「剣と魔法のファンタジー」ではここまでの技術は存在しないでしょう。

 砂漠で水を求めるにはオアシスを探すほかなく、オアシスに都市が築かれます。

 砂漠を横断する冒険では、つねに周囲が砂山だらけで同じ景色が広がっているため、方向感覚がなくなります。地図と方位磁針(コンパス)は必需品でしょう。次のオアシスまでの水と食料も当然必要になります。昼は40度以上、夜は氷点下と寒暖差も激しいため、装備にも気を配らなければなりません。大荷物になるため輸送用のラクダも欲しいところです。異世界にラクダがいるのは不自然ではありますが、ラクダ以上に砂漠に適した輸送用の動物は現実にはいません。ラクダに代わる動物や装置を考えるのも頭の体操になります。どんな生物や道具を用意するか。好奇心が湧いてきませんか。

 SF小説であれば舞台が「宇宙船」ということもあるでしょう。

「宇宙船」は船内と船外で環境がまったく異なります。船内は肌着でも過ごせますが、船外は宇宙服がなければ放射線と太陽風に耐えられません。

 アニメの安彦良和氏&富野由悠季氏『機動戦士ガンダム』に出てくるノーマルスーツは異常に薄いですよね。あの薄さで放射線や太陽風を遮る技術は、おそらくガンダムを作るよりも高い技術力が必要だと思います。




さまざまな舞台

 長編小説くらいまでだとあまり必要を感じませんが、連載小説では巻やシーズンによって舞台が変わることが多いのです。

 水野良氏『魔法戦士リウイ ファーラムの剣』シリーズは主人公パーティーが大陸各国、島々を訪れて異文化を体験しています。川原礫氏『ソードアート・オンライン』は運営サーバーの違いにより、世界観を変えてVRMMORPGを体験していく形をとっているのです。

「中世ヨーロッパ風」の世界観で「王都」からスタートして、「火山」「砂漠」「荒野」「湖沼」「密林」「竹林」「瀑布」「運河(水の都)」「氷河」「極地」などを旅して回ることがあります。

 この場合、取り立てて「中世ヨーロッパ風」の舞台を考えなくてもよいのです。

 それぞれの地域にはそれぞれの技術があり、国が築かれ文化が醸成されます。出来あがった国や都市は「中世ヨーロッパ風」の世界観ではなくなっていることもあるのです。

 たとえば「砂漠」ならエジプトやアラビア、「密林」ならアマゾン、「竹林」なら中国、「運河」ならヴェネツィアなど培われてきた文化もそれぞれに異なります。

 世界観を変えることなくさまざまな舞台で物語が演じられるのです。

 だから「剣と魔法のファンタジー」が必ずしも「中世ヨーロッパ風」である必要はありません。大陸や島々を巡るだけで、さまざまな舞台で冒険ができるのです。

 どういった舞台で物語を演じさせるのか迷ったら、異国遍歴ものにするのが手っ取り早い。わかりにくいようでしたら時代劇ドラマ『水戸黄門』を思い出してください。旅の行く先々で事件が起こる。水戸光圀一行が悪を正して一件落着。そして次の宿場を目指して旅に出るのです。




政治を考える

 舞台を決める際、その国の「政治」について考えてください。

 封建国家の王侯諸国かもしれませんし、中央集権の帝国かもしれません。各部族の首長が集まって国政が構成された国家もあります。現在の日本は立憲君主制国家のうえで象徴天皇制を布く民主共和国家です。わかりにくいですけど現状はそんなもの。アメリカは民主共和国家で、二大政党も民主党と共和党です。わかりやすいですね。そのアメリカの素となったイギリスも保守党と労働党の二大政党による民主共和国家で、他にはオーストラリアやニュージーランドなどイギリスが植民地にしていた国々は二大政党制を布いています。


「剣と魔法のファンタジー」では基本的に封建国家です。中心となる王国とそれを奉じる「公侯伯子男」の五爵が治める国に分けられます。

 その下に町村が存在し、これらは町長・村長がトップです。「剣と魔法のファンタジー」世界では町長・村長の上にご意見番や顧問として長老がいるところが多いのではないでしょうか。

 町村の中に自治会や自警団や青年団などがあり、徴税や治安維持や消火活動などを担っています。

「剣と魔法のファンタジー」の政治は以上のような仕組みになっていることが多いのです。




産業を考える

 ここに農業・鉱業といった一次産業、工業や加工業といった二次産業、商業・興業といった三次産業が営まれています。

 商業の中には「自治団体ギルド」が存在することも多く、現実では職人ギルドとくに二次産業の鍛冶ギルド、服飾ギルドが有名です。そこから冒険者ギルドや魔術師ギルド、盗賊ギルドといったものが創作されていきました。

 ですが盗賊ギルドははっきり言えば犯罪者集団ですよね。統治者が存在を認めている理由がないと存在しえません。日本のヤクザや海外のマフィアのようなものなのでしょうか。統治者の弱みを握って手が出せないようにしている、なんて考えるのも世界観構築に役立つと思います。


 ちなみに「剣と魔法のファンタジー」の世界で最も力を有しているのは「商人」です。

 他国や他の町村と交易して必需品を運搬してくる商人がいなければ、小さな国や町村は存立が危うくなります。

 また商人はさまざまな場所に赴きますから、多くの情報を得ているのです。この情報もまた商材になります。王国を運営していくにも他国の情報が必要ですから、商人から情報を買っているはずです。だから「商人」が最も力を有していると言えます。

 これに対して古代中国・春秋時代の斉の国では桓公の宰相を務めた管仲が「商人」から権益を国家に譲り渡すよう政令を出しました。これにより、斉は中国第一の「覇者」となったのです。

 商人の次に力を有しているのは「料理人」です。

 商人から食材を買っていますから商人よりも下ですが、王国の王族は宮廷料理人がこしらえた食事しか食べることはできません。旅人も住民の手料理を食べることは稀です。人に食べ物を与えられるほど裕福な家庭はなかなかありません。だから食堂へ行って食べるしかないのです。「剣と魔法のファンタジー」では食堂が宿屋を兼ねており、「冒険宿」として登場することが多いと思います。

「商人」と「料理人」の優位性をきちんと描いた「剣と魔法のファンタジー」はあまり見ません。

「剣と魔法のファンタジー」の元となったTSR社のTRPGテーブルトーク・ロールプレイングゲーム『Dungeons & Dragons』も「武器屋」「道具屋」「冒険宿」といったものが存在しています。「剣と魔法のファンタジー」を舞台にしておきながら、「武器屋」も「道具屋」も「冒険宿」も出てこない小説を読んだことがあるでしょうか。たいてい出てきますよね。どれかひとつは出てくるものなのです。




衣食住を考える

 身分により「衣食住」にも差が生まれてきます。

 貴族なら絹織物を用いた肌触りのよい服を着て、高価な肉料理を食べ、豪邸に住むのです。貧民なら麻織物を用いた肌に障る着心地のよくない服で、川や海などで獲れる魚を食べ、あばら家に住んでいます。

 もちろん地域によっては肉のほうが安価なこともありますし、綿のほうが高価なこともあるでしょう。

「衣食住」に影響を与えるものとして「宗教」が挙げられます。

 国教が規定されている場合もありますし、地方の村では土着宗教を奉っていることもあるはずです。

 日本も水神様や雷神・風神などを信仰していた地域がありました。

 イスラム教では豚肉は食べられませんし、アルコールも摂取できません。これらは「ハラル」と呼ばれて近年日本の食事処で「ハラル認証」を受ける店が増えてきました。また女性は「ヒジャブ」と呼ばれる布をかぶって肌の露出を避けています。

 このように「宗教」は「衣食住」に影響を与えるほどのものなのです。




学校を考える

 世界観の舞台によって学校の制度は異なってきます。

 現代社会では概ね小中学校の九年間が義務教育です。高等教育として高等学校や大学があり、専門学校として高等専門学校や医科大学などがあります。

 では「剣と魔法のファンタジー」ではどうでしょうか。町村の子どもは義務教育すら受けさせておらず、家業の手伝いをさせていることが多い。都市部であれば義務教育くらいは受けさせるかもしれませんが、その後はやはり家業の手伝いに駆り出されます。子どもに高等教育を受けさせるのは相当な金持ちでなければ難しいのです。だから貴族が多く学んでいますが、金持ち商人の子どももかなりの数が学んでいます。そうやって商人は貴族としての爵位を得ようともくろむのです。

 もし頭脳よりも肉体に自信のある子どもなら、兵学校に通うことになるでしょう。階級が上がるごとに俸給も上がりますし、将軍や軍幹部になれば貴族待遇にもなります。商人が地位を不動のものとしたいと願うのなら、子どもを貴族にしてしまうのが最も手っ取り早い。貴族に近づくためには実の子でも使うのが、本物の「商人」です。

 家庭の事情が多分に反映されてしまうのが「剣と魔法のファンタジー」における通学の実態でしょう。





最後に

 今回は「世界観を考える」ことについて述べてみました。

 舞台を考え、政治や産業を考え、衣食住と学校を考えます。

 これだけのことを設定するだけで、世界観に血が通ってくるのです。

 これを幹にして枝葉を決めていけば、自ずと独自の世界観を築けます。



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