576.明察篇:文末の変化

 今回は「文末の変化」についてです。

 日本語の文末は世界的に見てとても少ない。それは文末が用言になることが多いからです。

 英語は「体言 用言 体言.」の順になることが多く、文末は体言の数だけあると言ってよいでしょう。

 文末が単調になりやすい日本語だからこそ、「文末の変化」は必要な心がけなのです。





文末の変化


 多彩な表現ができる日本語にも弱点はあります。

 それは「文末のバリエーションが少ない」ことです。

 多いと思っている方がほとんどですが、なぜ「少ない」と言えるのでしょうか。




文末は限られている

 英語では「I can 〜.」「I take 〜.」の「〜」のところにさまざまな単語を入れられます。

 つまり文末のバリエーションが少なくとも名詞の数はあります。

 ところが日本語では「です・ます」体なら「〜できます。」「〜できません。」「〜できました。」、「だ・である」体なら「〜できる。」「〜できない。」「〜できた。」などほんの数種類ずつしか選べません。

「〜できる(の)だろう。」「〜できない(の)だろう。」「〜できるようにしなさい。」「〜できるかもしれない。」「〜できないかもしれない。」「〜できなくはないかもしれない。」「〜できなくはない(の)だろう。」といった微妙な文末もあります。これら「〜ろう」「〜ない」は数少ない活用なので、憶えておくと文末の単調さを崩せるのです。

 それでも必然的にひとつの文章で同じ末尾が何度も出てくることになります。

 同じ文末が連続すると、文章全体が単調に感じられ、読者は退屈を感じるのです。

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 私は1995年にパソコンショップを開業した。当初は『Windows 95』の登場により活況を呈した。近年スマートフォン、タブレットが登場した。これによりパソコンの売上は右肩下がりとなった。その結果パソコンの売上だけでは店を支えることができなくなった。よって本年をもって閉店することとした。

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 文末がすべて「〜た。」ばかりで単調になっていますね。子どもの作文のようにも感じられます。

 日本を代表する村上春樹氏も、このように文末で「〜た。」を連発しているのです。おそらく英語の時制を意識してのことでしょう。最初から英語に翻訳しやすい文体で書いているから文末で「〜た。」が連発されるのだと思います。だから私は村上春樹氏の小説が肌に合いません。

 では例文の文末を変えてみましょう。

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 私は1995年にパソコンショップを開業した。当初は『Windows 95』の登場により活況を呈する。近年スマートフォン、タブレットが登場した。これによりパソコンの売上は右肩下がりとなる。その結果パソコンの売上だけでは店を支えることができない。よって本年をもって閉店することとした。

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 「〜た。」と「〜する。」を交互に使うだけでも、単調さを防げますし、文章にリズムも出てきます。また「〜ない。」を用いればさらに書き分けがしやすくなります。

 もちろん連続するすべての文末を変え続けることは不可能に近い。それでも同じ文末を繰り返す箇所をなるべく減らすよう心がけましょう。それだけで変化が生まれ、退屈しにくい文章に仕上がります。

 あえて同じ文末を繰り返すことによって「畳みかけて強調する」という表現方法もあります。

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 彼は山を登った。ただひたすら登った。ひとつの山を極めると、より高い山を求めて登り続けた。

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 同じ文末を繰り返したことで、一所懸命に登っていることが強調され、雰囲気を盛り上げることができます。

 これはレトリックの「漸層法」を用いているのです。

 いずれにしても、文末にはつねに細心の注意を払い、リズムを意識しながら、その時々で最適な表現を選んでいきましょう。




体言止め

 日本語の文末は基本的に「用言」で止めます。「用言」とは「活用することば」のことです。動詞や形容動詞、また形容詞が「用言」とされています。

 しかし名詞や固有名詞などの「体言」で終えると、そこでリズムが一瞬止まるのです。文章の流れをいったん途切れさせることで、文末の言葉に読み手の注意を喚起する効果が生まれます。その部分が印象に強く残りやすいのです。

 文章全体に歯切れのよい調子を醸成することにもつながります。

 「体言止め」も文末表現のひとつであり、表現の幅を広げる有効な技術です。

 しかし「体言止め」はなるべく使わないようにしてください。

 ひとつの文章で何度も「体言止め」が出てくると、印象づけたり歯切れのよい調子を醸成したりする効果が著しく薄れてしまうからです。

 それどころか文章全体が途切れ途切れになります。リズムが崩れてしまう可能性すらあるのです。

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 私の趣味はインターネットのSNS。休日はスマートフォンでSNS映えする写真を撮りに話題のスポットへ出かけています。最も好きな被写体はスイーツ。中でもフルーツパフェとクレープがオススメ。私のSNSアカウントは、これまでに写してきたスイーツの写真であふれています。

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 三箇所「体言止め」をしましたが、文章が何度も途切れた感じになっていますね。どこを強調したいのかがよくわかりません。ちょっと鼻につく感じもあるでしょう。

「体言止め」の数を減らすと次のようになります。

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 私の趣味はインターネットのSNSです。休日はスマートフォンでSNS映えする写真を撮りに話題のスポットへ出かけています。最も好きな被写体はスイーツ。中でもフルーツパフェとクレープがオススメです。私のSNSアカウントは、これまでに写してきたスイーツの写真であふれています。

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 このように「体言止め」を一箇所に絞ることで、かえってその効果を高めることができます。「この人はスイーツが好きなんだろうな」という印象が読み手の心に残りやすくなっているはずです。

「体言止め」は「ここぞ」というところに絞って使うよう心がけていただきたいと思います。





最後に

 今回は「文末の変化」について述べてみました。

 同じ文末が繰り返されると稚拙に見えます。「体言止め」を連発すると効果がなくなります。

 文末を変えていき、「体言止め」は一箇所に絞ることで、読み手が飽きずに読みやすい文章に仕上がるのです。

 あなたが村上春樹氏を敬愛するのであれば、文末が「〜た。」で畳みかけたくなるでしょう。それを否定はしません。それもひとつの「文体」だからです。

 ですが「〜た。」の連発による「文体」は、どうしても先駆者である村上春樹氏を超えられない。

「ハルキスト」だから村上春樹氏を超えなくてもいいとお思いなのであれば、それでもいいのかもしれません。

 ですが、村上春樹氏の劣化コピーは大勢いるはずで、あなたはそのうちのひとりにすぎないことを認識してください。

 プロの書き手になるためには、誰かの劣化コピーでは分が悪いはずです。



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