538.臥龍篇:読み手に共感する

 今回は「共感」についてです。

 主人公に「共感」できないと読み手は感情移入できません。





読み手に共感する


 まず読み手の声に耳を傾けましょう。

 そうしなければ読み手に共感される文章は書けません。

 一見小説には関係なさそうです。

 しかし読み手を主人公に感情移入してもらうためには、主人公と共感してもらわなければなりません。

 小説における「共感する」力はどのように働くのでしょうか。




共感できないと感情移入できない

 小説は読み手が主人公へ感情移入して楽しむ一次元の芸術です。

 三次元の読み手を文字という一次元の主人公へと誘うには、主人公に「共感」できなければなりません。

 男性の読み手を感情移入させようとすれば主人公は男性であるべきで、女性の読み手を感情移入させようとすれば主人公は女性であるべきなのです。

 男性が読む女主人公の小説はまずないと思います。

 あったとしても男性にとって都合のいい女性像でしょう。

 男性は「高嶺の花」の女性を射止めることを好みます。誰の手も届かないような気位の高い女性を本能的に求めるのです。他の男性よりも「優越する」力が原動力だと言えます。

 女性は「共感する」力が強いのです。女性は男性より主人公に感情移入しやすいと言えます。女性の読み手が女主人公の恋愛小説に夢中になりやすいのも、女主人公に「共感する」力が強いからです。

 女性は男主人公にも「共感する」力を利用して感情移入してきます。男性に人気のある男主人公の小説は、女性にも人気があるのです。

 これはマンガを見ても明らかだと思います。

 マンガの尾田栄一郎氏『ONE PIECE』は、もはや女性の読み手にウケる作品になってしまいました。マンガ・冨樫義博氏『HUNTER×HUNTER』も、女性を多分に意識した展開を見せています。二作とも現在はおそらく女性の読み手のほうが多いのではないでしょうか。

 男性はあまりに長い連載作品は飽きてしまうのです。

 女性はおおらかで連載がどれだけ長くなっても待ち続ける度量があります。

 マンガの美内すずえ氏『ガラスの仮面』など二十年近く放ったらかしにされても新作が出れば売れていくのです。

 男性でこれほど待てる人はなかなかいません。

 マンガの原一至氏『BASTARD!! 暗黒の破壊神』など八年以上連載が途切れており、もはや連載が再開されるかどうかも怪しい。休載の神として冨樫義博氏の目標のような存在となっています。元々男性の読み手を狙った作品ですから、萩原一至氏の成人向け同人誌でエピソードが進んでいたりするんですよね。確かに今『BASTARD!!』の連載開始からのファンは四十代を超えているでしょうから、その戦略でいいのでしょう。しかし本編の連載を再開するか、素直に『BASTARD!!』の連載を終了するかしたほうが後腐れがなくていいような気もします。

 このあたりは小説投稿サイトで連載が「エタる(エターナル:永遠に終わらない状態になる)」書き手にも言えるのではないでしょうか。

 読み手の気持ちをもう少し考えてもらいたいものです。

 連載間隔が空きすぎると、そもそもどんな物語でどんな展開だったのか、もう一度思い出さなければなりません。場合によっては「一から読み返す」なんていう手間をかけることにもなるのです。これでは読み手が主人公に「共感する」こともできなくなります。

 主人公に「共感」できなければ感情移入することができないのです。

 せっかくの傑作も「エタる」ことで駄作に落ちぶれてしまいます。

 どうしても「エタる」ような状況になったら、無理に続けずすぐに連載を畳んだほうが潔いですし、印象に残る作品に仕上がるものです。




まず主人公の弱みを書く

 主人公に「共感して」もらいたければ、まず主人公の弱みを書いてください。

 これが嫌い、これが嫌だ、これができない、これは無理。

 そういったものが読み手と共有できれば、自然と主人公に感情移入してもらえます。

 裏側から見れば、読み手の弱みを調べて主人公の弱みとして書くことが、感情移入を促進する意味で有効です。

 主人公が読み手の心を代弁することで、知らず知らずのうちに読み手は感情移入していきます。

 なにも主人公の弱みが、読み手の弱みばかりでなくてもかまわないのです。

 読み手の強みが主人公の弱みであっても、読み手は感情移入できます。

 ですが読み手の弱みが主人公の強みであることは、できるかぎり避けたほうがよいでしょう。

 読み手の劣等感を刺激してしまい、夢を見るより苦痛を感じることが強くなってしまうからです。

 そういうときは、最初は読み手の弱みを主人公の弱みにしておき、主人公に「特訓」を積ませることで強みへ昇華させるというやり方なら、読み手は劣等感を覚えません。

「特訓」シーンをわがことのように感じて、さも読み手自身が克服して強みにしたかのような錯覚を見るのです。

 物語の進行に不可欠な主人公の強みが、読み手にとって弱みだった場合、「特訓」する過程を読ませましょう。

 そうすれば主人公への感情移入は促されます。

 マンガの堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』の主人公である緑谷出久は、当初「無個性」の存在でした。つまり私たちと同じだったのです。それからオールマイトに見初められ、個性「ワン・フォー・オール」を譲渡されるために「特訓」の日々が始まります。そして雄英高校受験当日に「ワン・フォー・オール」を譲り受けたのです。しかしいくら「特訓」したからといって「個性」を扱ったことがないのでどう発動すればいいのかわからず、体を壊してしまいます。このあたりも読み手と主人公が「共感する」ことを意識した作品だと言えるでしょう。




励ましの言葉が使いづらい世相

「頑張って」「負けないで」といった励ましの言葉が、いつしか世のタブーになってしまいました。

 相手としては「こうなってほしい」という期待をかけられているような気持ちになり、重荷に感じるとともに自主性を奪われてその人にコントロールされているような印象を受けるからでしょう。

 励ましの言葉には「弱音を吐くな」「玉砕覚悟でぶちかましていこうぜ」というような意味合いが含まれてしまう現状もあります。

 古くは「特攻精神」を想起するのでしょうか。当時生まれていなかったはずなのに。

 そういう風潮が世の中に漂ったことで「励まし」の言葉が使いづらい世相になってしまったのです。

 強要だと思われたら反発が強くなります。

 いかに強要さをなくして反発させないで励ませばいいのでしょうか。

「励まし」の言葉が扱いづらくなった現実は受け止めてください。


 その代わり「今のままでいいよ」「変わらなくていいよ」と寄り添う言葉がもてはやされるようになりました。

「その気持ち、よくわかります」「だいじょうぶですよ」「なんとかなりますよ」「あなたのお役に立ちにきました」「あなたはそのとき悲しかったんですよね」といった寄り添う言葉を第一声で述べること。それだけで相手に心のバリアを張られることなくすんなりと心の中へ入っていくことができます。

 そのあとで励ましの言葉をかけていけば、先ほど述べた「特攻精神」を想起しづらくなるのです。

 たった一文の「寄り添う言葉」が励ましに反発される状況を打開できます。





最後に

 今回は「読み手に共感する」ことについて述べてみました。

 読み手が主人公に共感できなければ、感情移入することはできません。

 共感の壁を超えるためには、主人公の弱みをまず見せてください。

 主人公の弱みこそが、読み手が感情移入するための入り口になります。

 感情移入が完成したら、主人公の強みは憧れになり、物語を牽引していく力となるのです。

 主人公の弱みには「共感」を誘うように寄り添う言葉をかけてください。そのあとで励ましの言葉をかければ主人公は奮起します。

 この手順に従えば、読み手は主人公に感情移入できるのです。



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