533.飛翔篇:推敲は文章の手直し
今回は「推敲」についてです。
「飛翔篇」ラストはやはり推敲について書かなくてはと思いました。
本コラムから「小説を書きたい」とおっしゃる方が増えましたので、明日からはいったん初心者に対象を戻します。
初心者向けの篇を考えますので、中級の方はしばらくご辛抱くださいますようお願い致します。
推敲は文章の手直し
推敲を始める前に、文書ファイルを複製して保存しておきましょう。
削ったあとに「ここは削らなければよかった」というときに、復元できます。
また推敲はPCのモニター上ではなく、縦書きで印刷した紙の上で行ないましょう。
モニターでは見つからなかった推敲箇所が、紙で見つかることはよくあります。
紙に印刷するのは、モノクロでいいのでレーザープリンターがオススメです。
赤を入れていくときにペンを使うと、インクジェットプリンターで印刷された文字は滲んでしまいます。
文書ファイルの複製保存とレーザープリンターでの印刷が終わったら、推敲作業に取りかかりましょう。
文章の構成を直す
推敲の第一は「構成を直す」ことです。
先に要らない部分を削ったり、足りない部分を付け加えたりしても、構成を直したときに不必要になりかねません。
物語の展開がよどまないように、すんなり進む構成を考えます。
考えたいのは「時系列」です。
小説は「時系列」に従って書きます。
ある程度書き進めて、ときどき過去話を挿入するというのは、書きながら考えている証拠です。
先々の展開で必要となる過去話は、あらかじめ「時系列」に従って書いておくべき。
ただし「昔こんなことがあったよ」という文の情報だけであれば、どこに差し挟んでもかまいません。
過去話が「エピソード」単位になるのであれば、前もって時系列に従って「エピソード」を書きましょう。
「エピソード」の時系列が乱れてしまうと、物語は破綻しやすくなります。
また「思いつき」で小説を書いているように、読み手に受け止められてしまうのです。
計画性がないと思われます。
ですので、よほどのことがないかぎり「エピソード」は「時系列」に従って流れるようにしてください。
何度でも読みたくなるような部分を入れる
読み手が何度でも読みたくなるような部分を入れましょう。
単純に言えば「感動する」ポイントを作るのです。
名作には「感動する」ポイントが必ずあります。
「感動する」とは「感極まって泣く」ことだけではありません。
憤ってしまう、笑ってしまう、嬉しくなる、悲しくなる、無常観。それらも含めて「感動する」です。
感情を動かされると、人の記憶に強く残ります。
田中芳樹氏『銀河英雄伝説』ではジークフリード・キルヒアイスとヤン・ウェンリーの喪失感が心に強く残ります。とくに二巻でキルヒアイスが退場する場面は、以後の『銀河英雄伝説』がどうなってしまうのか、読み手を危うい状態に追い込みました。それが本伝十巻、外伝五巻の大作となったのですから、「感動する」ことのたいせつさを象徴しているといってもよいでしょう。
あなたが好きな小説は、どんなところが好きですか。
たいていの方は「感動する」箇所が好きだと答えます。
読み手の記憶に残るのは、「感情が動かされた」ときだからです。
要らない部分を削る
「エピソード」を時系列順に並べ替えたら、要らない部分を削っていきます。
まず重複している部分の片方を削りましょう。
小説は長編くらいであれば、一度言ったことを繰り返し述べる必要はありません。
それくらい読み手は憶えていられるのです。
連載小説で久しぶりにそのことに触れるような場合は、削らずに残しておきます。
また物語に関与しない部分を削りましょう。
小説を書くとき、設定したことはすべて書いてしまいたい欲望に駆られてしまいます。
それが物語に関与するのなら書いたほうがいいのですが、たいてい関与しません。
たとえば家族構成を設定していて、父親が田舎で米作りしているとします。
小説を書いていて、主人公の父親に触れないのであれば、父親が米作りしている情報を書くべきではないのです。
主人公が生活に窮していて、田舎の父親から仕送りしてくれるお米が待ち遠しい。というのであれば、父親の情報は物語に不可欠ということになります。
「異世界転生」ものであれば、現実世界での家族構成なんてまったく必要ありませんよね。
「異世界転移」ものであれば、異世界での家族代わりの人たちを、現実世界の実際の家族と比較することで情報を出すことはあります。
物語で触れるか触れないかで、その情報が必要かどうかが決まるのです。
要らない部分があれば大胆に削ってみましょう。
削りすぎても元ファイルが残っていますので、いつでも復元が可能です。
足りない部分を付け加える
構成を直したら「エピソード」と「エピソード」のつながりが悪くなることがあります。
また文章と文章のつながりが悪くなることもあります。
そういうところは書き足して付け加えましょう。
書き手の頭の中には明確なイメージがありますから、足りない部分を書いてからすぐに見つけ出すことはほぼ不可能です。
ですので一般として推敲は原稿を寝かせて頭の中を空っぽにして臨むことが推奨されています。
外国へ行こうとして中央線で立川駅から新宿駅まで行くシーンがある。その直後に羽田空港から海外へ飛行機で飛び立ってしまう。これでは行動の継続性がありませんよね。まるで瞬間移動したかのようです。
新宿駅から羽田空港までの移動シーンを付け加える必要があります。
もしくは空行を入れて「時間を飛ばす」かです。
「時間を飛ばす」ことで新宿駅から羽田空港までの移動も飛ばすことができます。
とくに移動シーンが必要なければ、自宅から羽田空港までをいっさい省いて、羽田空港から海外へ旅立つシーンを書けばいいのです。場合によっては空行を入れたら、場所が海外になっている手法もとれます。
足りない部分を付け加えたら、また要らない部分がないかをチェックしましょう。
付け加えて省いてを繰り返すことで、過不足ない描写が生まれるのです。
間違った表現を直す
構成を直して、要らない部分を削り、足りない部分を付け加えたら、間違った表現を直していきます。
最もわかりやすいのが「誤字脱字」です。
これは編集をしているときにも見つけることができますので、見つけ次第直していけばよいでしょう。
次に「采配を振るう」「汚名挽回」のような間違った表現を正していきます。正しくは「采配を振る」「汚名返上(もしくは名誉挽回)」です。
「この仕事は私には役不足です」「気の置けない仲」「議論が煮詰まった」を「自分の能力が及ばない」「相手に気を使わなければいけない仲」「議論が行き詰まって結論が出せない状態になった」と勘違いして用いることも、この段階で書き換えます。
これらの誤用は、書いている本人としては「正しい」と思い込んでいることが多いのです。
「用語用例辞典」は書店で売っていますので、小説を書く方は必ず一冊持っておくことをオススメします。
そして少しでも意味が怪しいなと感じたら、辞典を引いてください。
誤った表現を使ってしまうと、「小説賞・新人賞」で大きな減点となってしまいます。
せっかく苦労して書いた小説が、たったひとつの誤用で台無しになることほど虚しいことはありません。
形容詞は腐りやすい
形容詞は書き手の感情を書いているにすぎません。
「かわいい」も「美しい」も判断基準は書き手にあり、感性が異なる読み手には正しいイメージが伝わりません。
しかも時代が流れれば執筆当時の形容詞がまったく異なることを指し示していることもあります。
つまり形容詞には賞味期限があるのです。
書き手は「美しい」と対象のどこを指してそう感じたのですか。
艷やかなストレートの長髪、切れ長の双眸、小ぶりの鼻、小さな口もと、泣きぼくろ、スレンダーな体つきなど、あなたが「美しい」と感じたポイントをしっかりと書きましょう。
書かれた時代により姿形が変わってしまう「形容詞」ではなく、具体的なポイントを書くことを徹底してください。
日本が挙げる世界三大美女として、クレオパトラ、楊貴妃、小野小町が挙げられます。小野小町は平安美人です。平安時代は「太っている女性ほど美しい」とされていたので、現代の人が小野小町を見て「美しい」と感じるとは思えませんよね。お笑い芸人の渡辺直美氏が「太っていてもいいんだ」と多様性をアピールしていますが、世界の美人百選に選ばれていませんよね。(「影響力のある女性100人」には選ばれています)。平安時代なら引く手数多。見過ごす男性などいないでしょう。
つまり「美しい」だけでは、なにをもって「美しい」と感じているのかがわからないのです。
形容詞はできるかぎり使わないようにしましょう。
ここぞというポイントで使うからこそ映える品詞なのです。
流行語も腐りやすい
「ワンレン・ボディコン姿のナウなヤングがギロッポンからアッシー君にジュリアナまで送ってもらって踊り明かす」。
まぁ「ヤング」は「ワンレン・ボディコン姿」ではありませんでしたが、例文としてご容赦くださいませ。
今さらバブル時代の単語を使うと、お笑いのネタになります。お笑い芸人の平野ノラ氏を見てもわかるのではないでしょうか。
2017年の新語・流行語大賞は「インスタ映え」と「忖度」でした。まぁまだ流行っていますよね。
2016年の新語・流行語大賞は「神ってる」です。やや忘れられていますね。ちなみに候補は「ポケモンGO」「シン・ゴジラ」「おそ松さん」「君の名は。」「文春砲」「PPAP」などとやはりやや忘れられているのではないでしょうか。
2015年の新語・流行語大賞は「トリプルスリー」「爆買い」でした。そんなのだったっけと忘れられてきた言葉ですね。候補に挙がっていた「安心してください、穿いてますよ」「五郎丸(ポーズ)」「ドローン」「まいにち、修造!」などはすでに過去のものとなっています。
このように流行語は賞味期限が短いのです。
時代設定として2015年を選んでいるのなら、これらを出すのも「あり」。
ですが、基本的に現実世界を舞台にするときは、何年と設定することはまずありません。
であれば、流行語はできるだけ使わないほうが賞味期限を長くすることができます。
現在であれば「スマートフォン」が流行っていますが、五年後、十年後にどうなっているのかわかりません。「スマートウォッチ」が劇的進化を遂げているのか、「スマートフォン」を腕に巻きつけて持ち歩けるのか。
マンガの青山剛昌氏『名探偵コナン』では、ヒロインの蘭との連絡手段としてまずポケットベル(ポケベル)が出て、携帯電話、スマートフォンと時代とともに移り変わってきました。連載が進むと流行りも変わってしまいます。現代の推理モノなので仕方のない部分もありますが、やはりちょっと不自然さを感じるはずです。
もし『名探偵コナン』がマンガの藤子・F・不二雄氏『ドラえもん』や長谷川町子氏『サザエさん』、さくらももこ氏『ちびまる子ちゃん』のように時代が固定されていたら、今ほどの人気は得られなかったことでしょう。とくに推理モノで最新の道具が使えないとトリックはすぐに尽きてしまいます。
作中時間が半年しか進んでなくても、ポケベルからスマートフォンまで連絡手段は進化しました。リアリティーを追求しながらも賞味期限を伸ばすために、こういう手段もあっていいのではないでしょうか。
最後に
今回は「推敲は文章の手直し」について述べてみました。
「文章の構成を直す」「何度でも読みたくなるような部分を入れる」「要らない部分を削る」「足りない部分を付け加える」「間違った表現を直す」「形容詞は腐りやすい」「流行語も腐りやすい」の七つを挙げました。
推敲とは本来「推すにするか、敲くにするか」で悩んだ中国の詩を元にした故事成語です。
日本語の小説においては他に六つも考えなければならない問題があります。
気を配ればそれだけ完成度は高まるのです。
徹底的な「推敲」をしてみませんか。
上級者を目指す方を対象にした「飛翔篇」は今回で終わりです。
明日からは初心者が小説を書き始めるための篇が始まります。
中級の方は蛇足だと思いますが、初心に帰ってみるのも悪くはないですね。
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