532.飛翔篇:焦らしとオチ
今回は「焦らしとオチ」についてです。
以前語った「秘密」とは「主人公は知らないけど、読み手は知っている」情報を指しました。
「焦らし」はその「秘密」の逆で「主人公は知っているけど、読み手は知らない」情報のことです。
やることが決まっているのなら包み隠さず読み手に教えてくれてもいいだろう。
それが小説の基本ですが、あえて書かないことで「惹き」を作るのが「焦らし」のテクニックです。
焦らしとオチ
読み手の興味を惹きつけるために「焦らし」のテクニックを使うことがあります。
主人公が仲間になにかを話している。その内容を文章として書かないのです。
主人公と仲間がどんな情報のやりとりをするのか、一緒になにをやるのかがわかりません。
焦らしは読み手の知らない情報
主人公が仲間になにかを話している。その内容を文章として書かない。
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俺は小声で将人に作戦を伝えた。
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それだけでも気にはなりますが、「焦らし」とまではいきません。
そのあとで、仲間が「お前天才じゃん!」「えっ、そんなことするの?」と書いたとしたら。
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俺は小声で将人に作戦を伝えた。
「貴様、なにを考えているんだ」
彼は困惑した表情を浮かべる。
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なにを話したのか気になってきませんか。
しかも読み手の感情移入している主人公が、なにを思いついたのかわからない。
これは以前取り上げた「主人公は知らないけど、読み手は知っている」という「秘密」のテクニックの逆だと思ってください。
小説とは本来主人公のすべてを読み手に明かすものです。
そうでなければ感情移入しにくくなります。
感情移入している状態を維持することが危うくなるのです。
「主人公のすべてを読み手に明かす」原則には従う必要があります。
大事な場面にピンポイントで「焦らし」のテクニックを用いるからこそ効果があるのです。
「焦らし」をされると読み手は「どんな内容だろう」と気にかかります。
シーンの文頭で用いてもあまり効果はありません。
シーンの文末で用いると「次回が気になる」という「惹き」を作ることができます。
連載の四部構成「主謎解惹」の「惹」に「焦らし」を持ってくるから、次回が待ち遠しくなり、読みたくさせる推進力になるのです。
次回は、前回の「惹」に持ってきた「焦らし」を解決することを必ず考えてください。
「焦らし」が解決されないと、読み手が痺れを切らして小説から離れていってしまいます。
オチは型に収める
物語のオチにはいくつかの型があります。
たとえば名言や警句、教訓などで終わる型は有名でしょう。
小説ではないのですが、iPhoneで有名なApple社のCEOであったスティーブ・ジョブズ氏。彼がスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチで、「オチ」にとある雑誌の裏表紙に書かれていたコピーを引いたことが有名です。
「Stay hungry, Stay foolish.」
スティーブ・ジョブズ氏に関心を持っている人の中で、この言葉を知らない人は少ないのではないでしょうか。
ジョブズ氏の破天荒な生き様を語り、膵臓がんになったことも公表し、そしてスピーチの最後に引いています。
ジョブズ氏の思想の根底を象徴し、卒業生にもその思想を共有してほしい。
そういう意味が込められた「オチ」です。
英語が苦手な私は、これを「飽くなき探求を、どこまでも追い求めよ」と超訳しています。一般的な訳である「ハングリーであれ、愚かであれ」では具体的になにをすればいいのかわかりません。それは日本語にするとわからないだけかもしれません。そこで超訳を考えてひとりで納得しています。当人が納得できれば、訳が間違っていてもいいのです。もちろん小説で書き手ひとりが満足してはならないのですが。
連載小説の最初の投稿で触れた話題を、オチでも触れるテクニックもあります。
以前引きましたが芥川龍之介氏の短編『蜘蛛の糸』を読んでみてください。冒頭と結末はほとんど同じ形をしているのです。
また初回投稿で「命が失われる」シーンを書き、最終回で「新たな命が生まれる」シーンを書く。
絶望から始まり希望で締める。ひじょうにわかりやすい形も有名です。
マンガの諫山創氏『進撃の巨人』は主人公エレン・イェーガーが自らの母の「落命」シーンを見て始まります。完結回でオチをつけるのなら「命が生まれる」シーンを持ってくるべきでしょう。そのほうが殺伐とした世界の終わりを印象づけられます。
逆に「命が生まれる」シーンで始まり、「命が失われる」シーンで終わる形もあります。こちらは一代記の構成です。「主人公が生まれて」出来事を経て大きくなり、ある課題を達成もしくは失敗してのちに「命を落とす」物語になります。これだけだと読み手に無常観を与えてしまいますので「主人公が別の人物として生まれ変わる」という救いを与える小説もあります。
冴木忍氏『「卵王子」カイルロッドの苦難』は変わった出生を持つ主人公カイルロッドが仲間たちと試練をくぐり抜けてラスボスを倒し、自らをも犠牲に捧げます。これだけなら「悲劇」です。ですが物語にはエピローグがあり、カイルロッドを想起させる子どもが生まれるシーンで終わっています。これにより読み手の魂を救済しているのです。ここまできめ細やかな読み手への配慮が施されている小説は稀でしょう。
田中芳樹氏『銀河英雄伝説』は人類が銀河系の各星系に広がっていくシーンで始まります。そして英雄であるラインハルト・フォン・ローエングラムが登場し、「銀河を手に入れる」野望が僚友ジークフリード・キルヒアイスとともに語られるのです。そして最終十巻においてラインハルトが「病死する」一代記ですが、その後、幕僚を務めるミッターマイヤー元帥の養子であるフェリックスが空に浮かぶ星々に手を伸ばして手に入れようとするしぐさを見せます。赤ん坊でも無意識に星を手に入れたいのかという表現によって、ラインハルトの野望の「オチ」として機能させています。
「オチ」に「惹き」を入れることもあります。不穏さを感じさせる「オチ」を用いて次巻までやきもきさせるわけです。最近だと田中芳樹氏『アルスラーン戦記』は十五巻のラストが衝撃的で、さすがのアルスラーンもこれまでかと思わせるような「惹き」で締めています。そして最終十六巻で見事に完結してみせたのです。『銀河英雄伝説』も最終回でのフェリックスの行動で「惹き」を作っているため、今でも続編を求める声が多くあります。
「オチ」に別の視点を取り入れる手法もあります。
何度も引きますが『銀河英雄伝説』で主人公ラインハルトの死によって幕が降りると思いきや、ミッターマイヤー元帥の視点に切り替わって終わります。視点の移動によって主人公の死後も物語の「オチ」を語る人物が出てくるわけです。
こうして見てみると、『銀河英雄伝説』は「オチ」が相当高いレベルにあることがわかっていただけると思います。
最後に
今回は「焦らしとオチ」について述べてみました。
小説は基本的に主人公の情報は漏らさず読み手へ伝えるべきです。
しかし「主人公の知らないこと」を読み手が「知っている」という「秘密」のテクニックがあります。
それとは逆に「主人公が知っていること」を読み手が「知らない」という「焦らし」のテクニックもあるのです。
このふたつを巧みに使いこなせば、読み手のワクワクを引き出すことができます。
また物語には「オチ」が必要です。
「オチ」には名言を引く、初回で触れたことに改めて触れる、初回の状態と異なる状態で終わる、「惹き」を入れる、別の視点を取り入れるといったテクニックもあります。
「オチ」は小説を何作も書いて身につけるしかありません。
「オチ」だけを書いても中身が伴わなければ効果的かどうかわからないのです。
「焦らし」と「オチ」を磨きたい場合は、短編小説を数多く書きましょう。
作品の数をこなさなければ、身につかないのです。
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