531.飛翔篇:創作過程の一部をお見せします(箱書き)

 今回は「創作過程の一部をお見せします」の「箱書き」です。

 これは二回目の磨き上げの段階で、まだ完成ではありません。

 ですが、連載小説のほうも進んでいますよ、とお知らせする意味も込めて載せてみました。

 ちなみに『秋暁の霧、地を治む』は異世界ファンタジー小説です。

 ですが魔法は出てきません。純然とした戦争ものとして書いています。





タイトル

 秋暁の霧、地を治む


軍制

 王国軍:軍務長官直轄従卒一万人、将軍従卒五千人、うち中隊長従卒五百人、うち小隊長従卒五十人、うち什長従卒十人、伍長従卒五人

 将軍の引率構成:騎馬中隊2個,(戦車小隊1含む)、軽装歩兵中隊4個、重装歩兵中隊4個。軍務長官はそれぞれ2倍を有する

 帝国軍:大将従卒四万人、うち大隊長従卒五千人、うち中隊長従卒千人、うち小隊長従卒百人、うち什長従卒十人、伍長従卒五人




プロローグ

●八月:テルミナ平原の会戦

 王国軍:醜く肥えた嫉妬心の強い軍務長官アマム率いる四万五千の兵・将軍八名(軍務長官含め)

  主人公ミゲル中隊長、ガリウス中隊長は人格者として知られるタリエリ将軍の指揮下で後詰を務める

 帝国軍:人望の篤いエビーナ大将率いる四万の兵

  巨躯の禿頭クレイド中隊長は大隊長に疎まれて後詰を務める


 夏の盛りで雲ひとつない抜けるような青空の下、「中洲」の下流域テルミナ平原に王国軍と帝国軍が対峙していた。

 開戦後王国軍は軍務長官アマムが兵力差を利用し帝国軍に正面決戦を仕掛け、たちまち王国優勢となる。数の上での勝負であれば人員の多いほうが優位に立つ。

 クレイドはエビーナ大将との連絡を絶たれたため、「自分は遊兵になっている」と判断し、中隊単独で王国軍の側背へ回り込むことを決めた。

 王国軍後詰を務めるタリエリ将軍麾下のミゲルとガリウスは帝国軍の後詰が戦場を離脱したことを側背に回り込むためだと予想しタリエリ将軍へ報告。側背へ監視の目を光らせる。


 タリエリ将軍は角刈りの黒髪で口ひげが特徴的な五十二歳。前軍務長官カートリンクの懐刀として帝国軍や異民族、野獣の群れなどと戦って軍功を重ねてきた。ミゲルとガリウスは小隊長の頃から仕えている。功績を鼻にかけず手柄も独り占めしない、徳も高く人望も篤い人物。ミゲルとガリウスの力量を正しく評価しており、剣としてのミゲル隊、盾としてのガリウス隊を巧みに使い分けており、両名の中隊長昇進の早さが他を圧するのはふたりの才能を高く評価したタリエリ将軍の用兵によるものである。


 クレイドは戦場の視界から離れて突出している王国軍右翼の側背へ回り込んでくさびを打ち込み王国の軍務長官アマムを討ち取るべく雄叫びをあげて突撃していく。


 前軍務長官カートリンクが任期の五年を全うし、五戦二勝二敗一分と平凡な戦績だったことから次期軍務長官を誰にするのか将軍たちで選挙をした。手下の将軍の多かったアマムが新しい軍務長官となった。醜く肥え太った体型が特徴で、帝国軍からは「肉まんじゅう将軍」の異名を与えられている。今年のテルミナ平原の会戦において、手下の六将軍と数合わせのタリエリ将軍を引き連れて赴いてきた。


 タリエリ将軍はガリウス中隊に軍務長官守護を指示し、ミゲル中隊に帝国軍大将を討ち取るべく帝国軍の右側面からくさびを入れるよう指示する。タリエリ自身はミゲルと呼応しエビーナ大将の直轄部隊を挟撃する。

 王国軍は前がかりで攻めていたため帝国本隊とクレイド中隊との激しい挟撃を受けることとなる。精強なクレイド中隊の勇戦により、王国将軍が次々とクレイドの槍の露と消えていった。双方激しい消耗戦を繰り広げることとなる。

 自らの手で四将を薙ぎ払ったクレイドの前進はとどまることなく、エビーナ大将をミゲル中隊と挟撃していたタリエリ将軍をもひと息に打ち倒す。一路軍務長官アマムを目指して、ガリウス中隊の防壁へ突進する。しかしガリウス中隊が決死の覚悟で食い止める。その間、ミゲル中隊がナラージャ小隊を先頭とした怒涛の突撃を見せて瞬時に帝国大将エビーナを討ち取った。

 戦争は帝国の大将、王国の軍務長官が討ち取られた時点で負けが決定する。そこで今回の戦は終わり、双方兵を退くこととなる。軍事に精通した大将、軍務長官は情勢が不利と見れば即撤退し、被害を最小限にして翌年に備えていた。

 此度の戦いにおいて双方甚大な被害が出たのは、数をたのんでクレイドによる挟撃を受けても退くことができなかったアマムの狭量さと、クレイドの突撃を全力で支援しようとしたエビーナ大将の奮戦の結果である。

 王国軍:軍務長官以外の将軍七名の戦死と四万を超える兵を失う。生き残ったアマムは軍務長官職を解任され、前長官のカートリンクが軍務長官の座に返り咲く。

 帝国軍:エビーナ大将と五人の大隊長、そして三万六千の兵を失う。五人の将軍を自ら打ち倒し軍功著しいクレイドは中隊長から一気に大将へと昇進することとなる。




第一章:将軍任官式典

●八月:レイティス国王都

 王国軍:残存兵四千弱。七名の将軍を失い前軍務長官アマムの失脚により、残存兵を率いる将軍が必要となる。適任として帝国軍エビーナ大将を討ち取ったミゲル中隊長と、アマムを守り抜いたガリウス中隊長が推挙された。しかし残存兵に予備役を加えても五千程度と将軍ひとりぶんの兵数しかない。そこで二十代の新将軍に半数の二千五百ずつの兵を割り当てることとなった。


 二人の保護者でもあった七十二歳の短い銀髪の老将・軍務長官カートランクは二人を将軍へ取り立てたいのだが、ともに二十代と若いため諸将の反対に遭う。そこで予備役から千人を加えてミゲル、ガリウスに二千五百ずつ(将軍は五千人を率いる)割り振る提案をし、ようやくふたりの将軍昇進は受理される。


 朝焼けを思わす落ち着きある橙がかった赤髪をした二十四歳のミゲルは商家に生まれたが、親族が早くに流行り病で亡くなったため頼る者もなく、王都のスラム街を根城に子どもながらもスリをして生計を立てていた。ある日場内を巡視していたカートリンクの財布をスろうとして失敗し、保護者へ引き渡そうとしたが引き取り手がいなかったため、カートリンク自身が身を引き受けることとなった。それ以降ミゲルはガリウスとともにカートリンクから剣の扱いに始まり、命の尊さや悪事を忌むこと、他人を損なえば自身の心が失われることなどを教わる。士官学校に入ってから小隊長となったが、ナラージャという変わり者の什長を手懐けることができ、その比類なき攻撃力をもってミゲル小隊は軍功を重ねることとなった。中隊副官となった際もナラージャ小隊を効果的に用いて軍功が著しかった。中隊長となってもナラージャを小隊長のままとし、中隊副官には別途ラフェルを起用した。


 さらりとした栗色の髪をした長身で二十八歳のガリウスは北方国境の城塞都市に住む名家の出身だった。二十一年前の七歳のときに異民族が城塞を攻め落として住民を大虐殺した。ガリウスの家族は彼を階段下に設けられていた秘密の隠し部屋へ押し込み、彼が隙間から見つめる中で惨殺された。軍務長官であったカートリンクが半日後れで城塞都市に到着すると異民族はたちまち掃滅された。カートリンクの指令により生存者の捜索が行なわれ、住民一万五千余人のうち生き残ったのはガリウスを含めて七人のみ。王国軍に護られながら王都へ帰還した「奇跡の七人」だったが、ガリウスは声を失っていた。王都に身寄りもなくひとりで生きていくのも難しいと判断したカートリンクは、ガリウスの身を引き受けた。老将の庇護と四年目に家族に加わったミゲルとの共同生活を経て翌年の十二歳で声を取り戻す。


 カートリンクにより育てられた二人は十五歳になると相次いで士官学校へ入る。とくにミゲルの才能は傑出しており、通常将軍昇格は四十歳過ぎが多い中、二十四歳は異例の速さである。ガリウスもミゲルの導きにより二十八歳での将軍昇進となった。

 ミゲルとガリウスはともに赤マントを羽織って控室で座って待っていた。

「今回の卒業は俺たちだけか」

 ミゲルは毒づいたが、先の戦いでの残存兵は四千弱であり、予備役の千人を加えても、率いる五千の兵は将軍ひとりのものである。ほぼ兵を温存させたミゲル中隊とガリウス中隊を中心に再編成する案がカートリンクから挙げられた。そんな中での二名昇進であるから、「半人前」という諸将の認識が透けて見える。

 ミゲルは将軍への昇進には消極的だったが、ガリウスはミゲルが昇進しなければ自分も昇進しないと伝えたため、仕方なく昇進に同意した。それでも心の中では中隊長よりも多くの兵を率いる地位に就くことには逡巡している。人を殺す権限が高まるほど、カートリンクの教え込んだ倫理観が心の中で燻るのだ。ガリウスの前で弱音を吐くが、今さら撤回しては保護者であったカートリンクの顔を潰すこととなる。それでも弱音を吐かずにいられなかった。

 ガリウスはそんなミゲルの心を受け止めつつ、勇気を出して将軍職に就いてほしいと懇願する。

 ミゲルとガリウスはふたり揃えば軍功を重ねてきた。

 ミゲルの部隊には“無敵”のナラージャという切り込み隊長がいる。小隊の頃からつねに最前線に立ち、ミゲル部隊のくさびを担っていた。ミゲル中隊では絶大な突貫力のある小隊を率いる小隊長として獅子奮迅の活躍を見せる。とくにミゲル本人が戦闘での敵味方の戦死者を悼む心が強い。だがナラージャの活躍により王国軍最高の破壊力を有する中隊として名を馳せていた。ナラージャはミゲル中隊長の意志をしっかりと汲み取っていた。突貫も手薄な場所を選択し兵と兵との狭間を進撃することで帝国軍の戦死者を減らし、かつ反撃を挫く鮮やかな手腕を披露した。今回ミゲルの大将昇進に合わせてミゲルの副官ラフェルも将軍副官へ進み、ナラージャは中隊長へ昇進となった。ナラージャの突貫力が中隊規模で存在すれば、帝国に対して相当なプレッシャーを与えることができるだろう。

 ガリウスの部隊は彼と副官ユーレムそして各小隊長との緊密な連携による、緻密な防御戦術を得意としている。十の小隊が交互に突出しては後退し、敵の小隊を誘い込んでは半包囲して叩いていくという手腕を発揮している。このため中隊規模で十倍する帝国大隊の進撃を阻止するほどの手並みを見せている。とくにミゲルとともに編み出した防御陣は鉄壁を誇り、王国軍劣勢の際は帝国軍の追撃を幾度も阻止してきた。タリエリ将軍が最も頼りとする守備的な中隊長だった。先の戦いでもクレイド中隊から軍務長官アマムを守り抜いている。


 王城内大広間に案内されたミゲルとガリウスは、老王ランドルの前にひざまずいて将軍昇格の儀に臨んだ。その折アマム将軍から「将軍にふさわしい軍功を立てた中隊長は他にもいる」との声が飛ぶ。二年年の戦いで功績を挙げながら将軍に昇進されなかったアマム配下の中隊長がいたのだ。しかしアマムが位を並ばれるのを嫌がって恩賞のみで済まされていた。またランドル王は中隊の戦死者数を理由として、位を上げるわけにはいかないとはねのけた。負け戦でもあり、実際に帝国大将を打ち倒したミゲルと、軍務長官アマムを守り抜いたガリウスの功績は多大なものである。今回は将軍を七名も失い、それを増補する必要がある。だが率いる兵がいないのだ。アマムを守ったとする中隊長の兵も百名を切った数しか生き残っていない。ほぼ兵を損ねることのなかった中隊を率いたミゲルとガリウスは、その点からも将軍昇格にふさわしかった。

 ランドル王はガリウスに将軍への意気込みを尋ねる。「カートリンク長官に師事し、知勇の均衡がとれた将軍を目指します」と返ってきた。ミゲルに尋ねるとミゲルは逡巡する。控室で気持ちを固めていたはずなのだが、いざこの場に臨むと心が揺れ動いてしまう。ガリウスに習おうとも思ったが、自分の偽らざる気持ちを述べることにした。「できるかぎり人を殺めない将軍を目指します。それは味方のみならず帝国に対してもです。戦争の勝利とは相手を作戦遂行が困難な状態に追いこむことであって、大量殺戮をすることではありません」これが受け入れられなければ将軍職は辞退する。本心をさらけ出して周囲の反応を見ると、案の定各将軍から非難の声が相次いで飛んできた。

 しかしランドル王は若かりし頃カートリンク軍務長官と異民族平定の兵を挙げ、なるべく異民族を殺傷することなく地位を保証することで騒乱を鎮めてまわった。その心意気をミゲルにも感じたランドル王は、この者こそ次世代の軍務長官いやそれ以上の地位にふさわしいと思い始める。

 二人にそれぞれ一振りの宝剣と将軍を示す紫のマントを授けて昇進式は終わると、軍務長官カートリンクが次なる脅威について問いた。帝国へ放っている斥候より、巨躯の禿頭クレイド中隊長が大将へ一足飛びに昇進し、次の戦いがそう遠くない時期だとの伝令が届いている。アマムは次戦での汚名返上を期し、総大将が自らに任せられるようランドル王の前で諸将に盛大なアピールをしていた。カートリンクは前戦から帰還してきたミゲルとガリウスからクレイドという巨躯の禿頭クレイド中隊長がいかに危険な人物なのかを伝え聞いている。できれば次戦にクレイド大将が軍を率いてこないことを望んでいるが、皇帝が中隊長から一足飛びに大将へと昇進させたということは、次戦の相手はクレイド大将に間違いないだろう。実際手合わせしたミゲルとガリウスの経験を必要としていた。それがそれぞれ二千五百の兵しか持たないのでは、クレイド率いる一軍を相手にしえないだろう。ガリウスの防御陣も十倍の敵を凌ぐ戦術だが、二十倍の敵となればさしもの“鉄壁”も崩壊を免れないのではないか。ミゲル配下の“無敵”のナラージャが中隊長として五百の兵を指揮することとなったが、ひいき目に見ても百倍する兵を穿つだけの力量はないだろう。まだクレイド大将の用兵手腕はわからないが、用心しておくに越したことはない。カートリンクは王国軍内にはびこる帝国軽視の風潮が、次戦で悪い方向に働かないことを祈るしかなかった。




第二章:大将就任式典

●八月:ボッサム国帝都

 帝国軍:残存兵二千。エビーナ大将と五人の大隊長を失う。

 戦死した王国将軍七人のうち五人を打ち倒し、軍功著しいクレイドは中隊長から一気に大将へと昇進することとなる。


 プレシア大陸の南東地方には南と東を海に、北と西を山に囲まれた広大な平野があった。そこには二筋の大河が流れている。山脈の交わる西から平野の東へ伸びるアルビオ河と、その上流にあるテリオス湖から南東に伸びるルドラ川である。双方の川幅は広く、平野は大きく三つに分けられていた。

 二つの河川に挟まれた土地は「中洲」と呼ばれ頻繁に洪水が起こるため人の定住には適さない。反面肥沃で穀物のよく実る豊かな大地でもあった。

 北のアドリア山脈を初めて越えてきた部族は、アルビオ河の北岸にレイティス王国を打ち建てた。レイティス王国は肥沃な「中州」を食糧庫として急速に繁栄し、人々が街にあふれかえるようになる。

  六代国王は増えすぎた国民をルドラ川西南へ大規模に移民させ、新天地と定めた。ルドラ川上流域の渓谷に巨大な吊り橋を建設し、増えすぎたレイティス国民を半減させる政策だ。この地は「新地」を意味するレイティス語「ボッサム」と名づけられた。野獣の跋扈する危険な土地であったため、これまで移民は行なわれいない。しかし人口が増えすぎた以上、多くの民をこの危険な地へと移住させなければ王国の運営が保てないと時のレイティス王は判断したのだ。

 移民は苦難を極めた。国王は移住者を盛大に送り出しこそすれ、開拓にはまったく手を貸さなかったのだ。そのため強固な城壁を築くまでに幾万もの犠牲者を出すこととなる。

 便宜上ルドラ川南西岸に造営される領地は「ボッサム市」と仮称される。その中で山脈を背にし水利と陽あたりがよい高台に城邑を構えることとなった。前任者たちは野獣の群れが襲いかかる中での都市建設の至難さと多忙さで過重労働が続き、いずれも耐えきれず病に伏した。次の移民行政官としてレブニス伯爵が着任する。爽やかさを想起させる澄んだ青い瞳を持つ。文官だが法学・兵学の心得があり、与えられた役割をじゅうぶん以上の成果で応えた。のちの歴史家は彼の手腕を「非凡というより奇跡」と讃えているが、当面は「人のいい勉強家」として市民に親しまれることとなる。

 若きレブニスはまず城壁を作る場所を一隅と定め守備人員を集中つつ、並行して城邑内の高台で行政官邸の完成を急いだ。官邸がないことにはいかに非凡なレブニスといえど建設推進と治安向上を同時に進行させることはできない。 着工からふた月で一隅の城壁と行政官邸が完成する。部下がそこから城壁を拡張する案をレブニスに提出したが、これは却下された。残り三隅の城壁新設に順次着手した。完成したら隅と隅の間に城壁を飛び石で築いていく。最も効率のよい手順を実行に移した形だ。あれだけ難渋を極めた城邑「ボッサム市」の城壁建設は、レブニス着任後四年で完成する。

 移民たちは当然のごとくレブニスの手腕を高く評価した。城邑完成まで祖国レイティスからなんら助力を得られなかった不満は溜まりに溜まっている。そこで移民たちは「ボッサム市」をレイティス王国から独立させようと策動しはじめた。

 商業組合所属の豪商四家は「新地」の開拓に意欲的だった。己が財産を惜しみなく注ぎ込み、王国移民行政官であった壮年のレブニス伯爵を支援してきた。親身だったのはレブニスにであり王国にではない。家族を野獣に襲われた四家は国王に憤り、死者を弔う席においてレブニスを担ごうと意見を一にする。

 弔事の翌日のこと。前夜の告別式での言動などレブニスには覚えがない。彼はそもそも酒に弱い。豪商たちがひっきりなしに乾杯を繰り返すため、許容量はとっく超えていたのだ。豪商四家の代表は、二日酔いに悩まされながらも居住区の建設指導に熱が入る移民行政官を訪ねてきた。建設の指揮を執っているレブニスに近寄り、酒席で彼が直筆で署名したとする「独立起案書」を証拠として掲げる。その場にいた誰もがレブニスによる新しい国を望み、移民を人とも思わぬレイティス王国の態度に憚ることのない声を挙げた。四家は「新地」に居住する「ボッサム市」住民の集会所に足繁く通い、移民従事を課せられた民衆を裏から焚きつける。策動が王国に看破されればボッサム市民は王国の権威を蔑ろにした咎で笞打ち百回、無期限の懲役、財産の没収が予想されたため、話は城邑外には洩らさない気の配りようだ。

 城邑の八割が完成するときレブニスは「ボッサム市」の法律と軍律を体系化し独立自治が可能な政治体制の母体を生み出す。レブニスは豪商四家を後ろ盾として担ぎ上げられ、密かに「皇帝」の地位を贈られた。 城邑の完成とともに正式にボッサム帝国を興し、王国に公然と反旗を翻したのである。

 以来レイティス、ボッサム両国は「中州」の食糧を奪い合い、年一回の戦争を絶やすことがなかった。戦況は今日まで均衡している。


 帝国は三人の大将をローテーションさせて運用していた。そのうちのひとりエビーナ大将が王国軍に討ち取られたため、次の大将を選定する御前会議が開かれた。

 大隊長八名のうち五名を失い、残った三名の中から選抜しようとしたヒューイット大将とマシャード大将だが、皇帝レブニスは王国将軍五名を打ち倒した剛の者クレイドを大将に就かせると発表する。ヒューイット大将とマシャード大将が推そうとしていたエビーナ大将付き第二重装歩兵大隊長、さらに第二軽装歩兵大隊長もクレイドを大将に推薦した。

 二大将は不承不承御意に従い、新大将はクレイドに決まった。

 さっそく皇帝は来月九月にクレイド大将をテルミナ平原へ送り出し王国軍と戦闘するよう指示を出す。新将軍は大隊長として大将から一年間、用兵術を学んだ者がなるべきであり、これまで大隊を率いたことのないクレイドには荷が勝ちすぎる。いきなり四万の兵を扱えるものとはとても思えなかった。そのような前例に則り当然異を唱えるヒューイット将軍とマシャード将軍だが、レブニス帝は「実力は予が保証しよう」と一蹴する。第一、今さらヒューイット大将やマシャード大将の下で一年間学んだところでたいしたものは身につかないだろう。亡きエビーナ大将の下であれば知勇兼備の良将となれただろうが、力押しを好むヒューイット大将やマシャード大将から学ぶべきものなどなにもない。なによりレブニス帝は型破りな大将を望んでおり、ヒューイット大将やマシャード大将、そして亡きエビーナ大将では考えもつかないような用兵をする人物を選びたかった。


 かつて惰弱帝と王国軍からなじられていたレブニスを影から支え、政略の第一人者に仕立て上げた張本人がクレイドなのである。子供の頃から病弱だったレブニスは帝位に即いてまもなく閲兵式に臨み、抜きん出た巨躯を誇るクレイドに目をつけた。密かにクレイドを身近に招いては身体の鍛え方を学び、三年ののちようやく一年を通じて病気に罹ることがなくなった。それに伴いクレイドは什長から小隊長に昇進し、三年前に中隊長へと昇進した。今回の出兵で手柄を立てれば大隊長へと昇進させるつもりだった。計算外にエビーナ大将が討ち取られたため、これ幸いとクレイドを一挙に大将へと昇進させたのだ。ヒューイット大将とマシャード大将が推していた第二重装歩兵大隊長はレブニスの妹・皇女レミアであり、レブニス自身レミアが大将になることを快く思っていなかった。

 レミアはレブニスのふたつの意図、クレイドの昇進と自身の退官のうち、まずクレイドの昇進を後押ししたのである。現在の帝国と王国の戦争において帝国はやや劣勢であり、自身の退官は時期尚早と判断していた。


 新大将となったクレイドの実力を疑問視するヒューイット大将とマシャード大将に対し、模擬戦を行なって素質を見極めよとの勅令が下り、帝国の演習場には来月出兵予定の三万の兵とクレイド大将、ヒューイット大将とマシャード大将が揃った。この演習場は帝都より北西に位置し、ルドラ川上流域の渓谷に置かれている。ここは移民期に橋が架けられ、多くの王国民が移民としてボッサム市を目指したゆかりの場所でもある。そんなところに演習場を設けたのは、再び橋を架けられて王国軍が侵攻してこないよう監視する意図もあった。

 クレイドはヒューイット大将、マシャード大将と兵を二分して模擬戦を行なった。クレイドは麾下の兵士に「上官の指示に必ず従うこと」を誓約させ、四人の大隊長へ細かな指示に従うよう求めた。模擬戦でクレイドは変幻自在の用兵を見せ、ヒューイット軍、マシャード軍を次々と撃破し、六戦六勝の成績を収めた。二大将はクレイドの実力を認めざるをえなかった。しかし素直に認められるものでもない。とくにヒューイット大将はクレイドの巨躯を忌み嫌っており、大将の器は身体の大きさではないと憤慨していた。




第三章:新大将、躍動す

●九月:テルミナ平原

(以下略)





最後に

 今回は「創作過程の一部をお見せします」の「箱書き」編です。

「箱書き」の二回目の磨き上げをしたところなので、全体の完成はもう少しかかります。

 ですがNo.440「あらすじ」から「箱書き」になると情報量がこれだけ増えるというところを見ていただきたかったので公開することに致しました。



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