530.飛翔篇:具体化と抽象化

 今回は「具体化と抽象化」についてです。

 単語と文を書き出して、それをつなげて文章をこしらえても、いまいち満足できない文章しか書けない。

 その理由は「抽象にすぎる」からです。

 もっと「具体化」して情報を絞る必要があります。





具体化と抽象化


 イメージしてみてください。

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 目の前にいる女性が帽子をかぶっている。

――――――――

 では問題です。

 その女性の年齢・年代はいくつでしょうか。

 またその女性がかぶっていた「帽子」はどんな形でしたか。

 どんな服を着ていたかわかりましたか。




女性といっても

 では冒頭の一文から、この女性の「絵を描いて」みてください。

 下手でもかまいませんよ。

 えっ描けないですって?


 そうなのです。この一文では女性の絵が描けません。

 女性といっても〇歳児から百の齢を超える方まで含まれます。

 いずれが正しいのかは、この文を書いた人物に聞くしかありません。

 この一文を書いたのは私ですから、ここでは仮に外資系企業に務める駆け出しのキャリア・ウーマン(二十三歳)としましょう。

 ですがこの女性の体格はわかりますか。

 書かれていませんからわかるはずがありません。あえて記さなかったのなら、中肉中背かもしれません。

 二十歳から二十四歳までの女性の平均身長は百五十八.五センチメートル、平均体重は五十.四キログラムです。

 では髪型は浮かびますか。

 書かれていませんからまた連想しなければなりません。

 書かれていないものは抽象化された情報であり、だいたいが平均をとります。平均は取り立てて描く必要がないからです。

 つまり女性であれば何歳でもかまわないというのなら、ただ「女性」と書くだけでいいのです。

 ですが小説の登場人物がすべて平均で成立していては、誰が誰だか区別が付きませんよね。

 そこで今回の駆け出しのキャリア・ウーマンは百六十七センチメートル、五十五キログラムということにしておきます。平均から頭半分高いくらいの設定です。

 冒頭の一文にこれらを説明する必要があります。

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 目の前にいる、外資系企業に務める駆け出しキャリア・ウーマンが帽子をかぶっている。身長は百六十七センチメートルで、体重は五十五キログラム。同僚の女子社員と比べて八センチメートル高いことが彼女の悩みのタネだった。

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 こう説明するのも正解のひとつなのですが、いまいち説明口調が強すぎますよね。具体的にしようとしすぎて、かえってわかりにくくなったようです。


 そこで次のように書いてみます。

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 目の前にいる、外資系企業に務める二十三歳の駆け出しキャリア・ウーマンが帽子をかぶっている。同僚の女子社員と比べて頭半分高いことが彼女の悩みのタネだった。

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 少なくとも平均から身長が頭半分高いことがわかりました。ただそれだけですが、キャラは立っています。

 百六十七センチメートルと説明するのもいいのですが、小説は歴史に残ります。今百五十八.五センチメートルが新成人女性の平均値だったとして、十年後、五十年後、百年後にこの文章を読んだとき、平均身長はおそらく高くなっているはずです。すると百六十七センチメートルが「それほど高くないな」と感じられて、この女性のコンプレックスの源泉がわからないという事態が発生します。

 小説はできるかぎり具体化すべきなのですが、具体化することで都合が悪くなるものは抽象化・相対化したほうが後世にも正しく読まれる小説になるのです。




帽子と言っても

「帽子」と言っても種類はさまざまです。

 野球帽、アポロ・キャップ、カウボーイ・ハット、テンガロン・ハット、ハンチング帽、ベレー帽、中折れ帽、山高帽、女優帽(スラウチ・ハットやガルボ・ハット)、シルク・ハット、ガウチョ・ハット、ベルジェール・ハット、クロッシュ、マッシュルーム・ハット、クルー・ハット、キャスケット、|鹿撃ち帽(ディアストーカー)、ボンネットなど。

「帽子」と言ってもどんな形なのか。さまざまなバリエーションがあります。

 それなのにこの一文では、どういう「帽子」をかぶっていたのかがわかりません。書かれているのは「帽子」という抽象度の高い単語です。

 その女性は「帽子」が目を惹くのかもしれません。その一点ならこの文章にさほど違和感を覚えないはずです。

 しかし小説として読むとき、できるかぎり「帽子をかぶっていた」という表現はやめてほしいと思います。

 人物がどんな「帽子」をかぶっているのか。正確にイメージできないからです。

 目を惹く肝心の「帽子」が抽象化してしまっては、なんとももやもやしてしまいます。

 どんな「帽子」をかぶっているのか。具体的に書いてみましょう。

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 目の前にいる、外資系企業に務める二十三歳の駆け出しキャリア・ウーマンが帽子をかぶっている。お伽噺に出てくる魔女のような黒いつば広の三角帽だ。同僚の女子社員と比べて頭半分高いことが彼女の悩みのタネだった。

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 これでどんな「帽子」なのかを特定できました。絵を描くときも明確なイメージが湧くはずです。




帽子を特定しても

 たとえば「広島カープの野球帽」をかぶっている女性は、広島カープのユニフォームを着ているかもしれません。いわゆる「カープ女子」です。

 鹿撃ち帽をかぶっている女性は、トレンチコートを着ているかもしれません。いわゆる「シャーロック・ホームズ」のような懐古的な探偵像です。

 同じ探偵でも「金田一耕助」のかぶっている「帽子」はホームズとはまるで異なっています。そして当然のように金田一耕助は和服を着ているのです。

 どんな「帽子」をかぶっているかで、ふさわしい「服装」にも差が生じます。

 冒頭の一文では「帽子」をかぶっているとしか書きませんでしたが、読み手はその「帽子」に似合う「服装」も同時にイメージしようとしているのです。

「目の前にいる女性が、お伽噺に出てくる魔女のような黒いつば広の三角帽をかぶっている。」のでしたら、「魔女が着ていそうな黒いローブを身にまとっている」のではないかと推察できます。

 ただ「帽子をかぶっている」と書いてしまうと、どんな「服装」をしているのかすら千差万別です。ミスマッチで「タイトスーツ」に「野球帽」の出で立ちということもありえます。仕事帰りに職場仲間とスポーツバーへ来ているのであればそういう状況もありえるのです。


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 目の前にいる、外資系企業に務める二十三歳の駆け出しキャリア・ウーマンが帽子をかぶっている。お伽噺に出てくる魔女のような黒いつば広の三角帽だ。元々同僚の女子社員と比べて頭半分高いことが彼女の悩みのタネだった。背の高い三角帽のせいで完全に頭ひとつ抜きん出てしまうことに不満げだ。そしてこれまた魔女が着ていそうな黒いローブを身にまとっていた。皆がろうそくに火を灯し終えるとオフィスの電灯が消される。各々クラッカーを持ち「ハッピー・ハロウィーン!」の合図とともにクラッカーが打ち鳴らされる。

――――――――

 という説明なら絵が描けるのではないですか。

 冒頭ではたった一文で表現していたものが、五文をかけて説明しています。

 最後の二文は「これはハロウィーン」の話ですよ、という説明のために付けました。


 抽象的な表現はできるかぎり避けるべきです。

 しかし何もかも具体的に書くと「くどさ」が目立ってしまうことがあります。

 そういうときは、とくに具体化する必要のない情報を抽象化して目立たなくさせましょう。

 たとえば上述のキャリア・ウーマンなら「帽子」について「お伽噺に出てくる魔女のような黒いつば広の三角帽だ」と書いたら、それ以降の文では単に「帽子」と書いてかまいません。

 何度も「お伽噺に〜」と書くのではくどくて読めたものではありません。

 章が変わったなどの大きな理由がないかぎり「帽子」で通じます。





最後に

 今回は「具体化と抽象化」について述べてきました。

 いきなり抽象的な単語が出てくると、読み手は明確なイメージを持てません。

 具体的に述べることで、確固たるイメージを読み手に見せることができます。

 だからといって片っ端から具体的に述べていくと「くどく」なるのです。

 そこで、一度具体的に説明したら、抽象化したりとくに気にかかる表現だけにするなど情報量を減らしましょう。

 このさじ加減は実際に小説を書かないかぎり見極められません。



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