応援コメント

528.飛翔篇:本当にやりたいジャンルで勝負する」への応援コメント


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    小説を書く目標が賞だと、どうしても賞に合わせたストーリーを考え、ネットで広く浅く資料漁りをしてしまいます。そういう方の毎回書く違う雰囲気の小説に「すごいな!」と思いつつ、「これが書きたかったんだ!、という作者の情熱が伝わってこない」とも感じます。
    数年前に、私は手芸の友人から「あなたはなんでも、そこそこにこなして、作品を作る」と言われて、そこに自分の作品の欠点(作品として魅力や迫力がない)を見つけました。もっとはやくその言葉を聞きたかった…。(笑)
    <器用貧乏>、創作にたずさわる者には、常に頭の隅に置いておかねばならない、自戒の言葉ですね。

    作者からの返信

     明千香様、コメントありがとうございます。

     「賞ありき」で書くのは、それはそれで楽しいのですが、毎回模索しながら書かなければならないので、どうしてもクオリティーの面で見劣ります。
     もちろんどんな作品だって人並み以上に書ける人もいます。
     ですがかなり稀な存在です。

     自分の弱点を指摘してくれる人がいるのはよいことですね。
     小説はひとつで執筆するものですから、どこかで惰性が働きやすい。
     そしてクオリティーの低い作品で満足してしまって低迷を続ける。
     典型的な悪循環です。
     作品の魅力や迫力といったものは定量で判断できませんが、読めばだいたいのことがわかります。
     とくに小説にそれほど詳しくない方の批評ほど正確なものはありません。
     読み慣れていないからこそ「これでいいの?」という疑問が湧いてきます。
     「小説ってこういうもの」というステロタイプに陥ってしまうと、成長の余地がありません。

     「器用貧乏」は本当に怖いですよ。なんでもこなせるけど超一流にはなれない。
     大谷翔平選手のように、投げては160キロ、打っては140メートルなんていう規格外存在であれば、とても「器用貧乏」とは言われません。
     ですが、私たち物書きは得意なジャンルがひとつあるくらいで勝負したほうがよいですね。多くてもふたつ。それ以上を混ぜてしまうと必ず迷走を始めます。
     「なにかひとつに特化する」
     今文壇が求めているのは「スペシャリスト」です。
     娯楽小説ならなんでも書ける、は売りにならない時代なのです。
     もちろん宮部みゆき氏のように歴史時代も推理もホラーもファンタジーも書ける人も実際にはいらっしゃいます。
     ですが、そういった多彩な文芸が書けるには、それだけの努力を費やしてきたはずです。大谷翔平選手が人知れず努力を重ねているようにです。

     そういう意味では、私も「器用貧乏」の傾向があるんですけどね。
     最も得意なのが「兵法」という、あまり馴染みのないものなので大ブレイクすることはありませんけどね ヽ(・ω・)/ズコー