519.飛翔篇:名前は伏線
今回は「名前」についてです。
と言っても帝国はドイツ人名でというわけではありません。
「名前」を与えられたものは、物語の「伏線」となります。
明らかにモブとは異なるから「名前」を与えられるのです。
名前は伏線
人物や町、学校や会社の「名前」はどのような基準で付けていますか。
その「名前」を与えるに足る理由はあるのでしょうか。
ひとシーン、ひどいときは一回しか登場しない人物に「名前」をつける。
名付けはいかにも小説を書いているような気持ちにさせます。
本当にその名付けは必要ですか。
必要な名前
小説に登場する人物や場所などに「名前」は必要でしょうか。
読み手が感情移入する主人公には、「名前」はあったほうがいい。
田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリー。水野良氏『ロードス島戦記』のパーン。神坂一氏『スレイヤーズ』のリナ=インバース。佐島勤氏『魔法科高校の劣等生』の司波達也。鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』の上条当麻。川原礫氏『ソードアート・オンライン』のキリト(桐ヶ谷和人)。渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の比企谷八幡。等々。
皆「名前」があります。
ただ不思議なもので主人公に「名前」をつけなくても小説が成立することがあります。とくにショートショートでは始まってすぐに終わるため、主人公に「名前」をつけなくても物語(ストーリー)が成立して存分に楽しむことができるのです。
では所属する組織の「名前」を考えてみましょう。
学園ものの中で現在最も人気のある『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』を例にするなら、比企谷八幡が通うのは「千葉市立総武高校」の「2年F組」です。
この「名前」は学園ものなら外せません。
学校の「名前」では物語の進行で登場する「海浜総合高校」も出ていますね。
では「2年F組」のクラスメイトに目を転じてください。クラスメイト全員に「名前」はついているでしょうか。
ついていませんよね。
物語に関係のある人物には「名前」がついています。物語に関係のない人物には「名前」がついていません。
ダブルヒロインの一人・由比ヶ浜結衣や、戸塚彩加、川崎沙希といった八幡側の人物。葉山隼人、三浦優美子、海老名姫菜、戸部翔、大和、大岡。相模南といったあたりは「名前」があります。まぁ大和も大岡も下の名前はわかりませんが。
このように、同じクラスに属するからといって、クラス全員の「名前」を決めなければならないわけではないのです。
また当初単巻の予定だった作品ですから、第二巻以降にならないと出てこない「名前」も当然あります。
マンガ・松井優征氏『暗殺教室』やマンガ・堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』ではクラスメイト全員に「名前」がつけられています。
なぜこれらの作品では全員に「名前」をつけたのでしょうか。
それはクラス全員でなにかをしなければならないからです。
といっても体育祭や文化祭をやるといったレベルではありません。
『暗殺教室』では殺せんせーを殺さなければならないですし、『僕のヒーローアカデミア』では一人前のヒーローにならなければならないのです。
だから「名前」をつけられることとなりました。
『暗殺教室』や『僕のヒーローアカデミア』は物語の進行において必要だからクラスメイト全員に「名前」をつけた。
その程度の認識でかまいません。
あなたの小説には
名前が伏線
物語で「名前」が出てくるものはすべてなにがしかの役割を与えられています。
「名前」をつけたからには、
つまり「名前」は出てくるだけで「伏線」なのだと言えます。
水野良氏『ロードス島戦記』第一巻「灰色の魔女」では、「対になる存在」である“灰色の魔女”カーラに肉体を乗っ取られた「レイリア」の名前が第一章に出てきます。それ以降第一巻の「
つまり「レイリア」という「名前」が『ロードス島戦記』第一巻における大きな「伏線」だったということです。
そして魔法使いのスレインの二つ名は「スターシーカー」で、ドワーフのギムが「レイリア」のために作っていた髪留めが星を散りばめたもの。「レイリア」を取り返したパーン一行の中で、「レイリア」にギムが作った髪留めを与え、自分の星を見つけました。「スターシーカー」の二つ名が
またのちにパーンの後見人となるフレイム国王「カシュー」が第一巻中盤で出てきます。その後に起こる英雄戦争でヴァリスの英雄王ファーンとマーモの暗黒皇帝ベルドの一騎討ちにおいてファーンが敗れた際、「カシュー」はベルドに一騎討ちを仕掛けて、何者かが放った弓矢によってベルドの注意が一瞬緩んだスキを突いてベルドにとどめを刺します。これにより英雄戦争は痛み分けとなるのです。もし「カシュー」の「名前」がなければベルドと二戦目の一騎討ちに打って出るのは名もなき国王ということになってしまいます。
つまり「カシュー」という名前があるから、ベルドと二戦目の一騎討ちを行なう「伏線」となったのです。
実際に「カシュー」がベルドを倒したとき、ベルドの親衛隊長だった男がこの段階で「アシュラム」と名乗っています。「アシュラム」は二巻以降で主たる役割を果たす人物なので、やはり「名前」が「伏線」になっているのです。
「名前」は意図的な「伏線」となります。
「名前」がつくから
たとえば主人公がどの大学を受験するのか。
「東京大学」か「早稲田大学」か。主人公がこのふたつで迷っているのならこのふたつの「名前」は出すべきです。
受験するつもりのない「慶應義塾大学」「一橋大学」の「名前」を出すべきでしょうか。
ですが意中の異性の受験候補が「慶應義塾大学」「一橋大学」なのであれば「名前」を出してもよいでしょう。
出すことで主人公が受験先を変更するかもしれません。変更しないまでも、意中の異性がどこに合格するのかで、これからのふたりの関係が変わってきます。
意中の異性が「ハーバード大学」や「スタンフォード大学」に行きたいと思っていたら、高校のうちに告白しておかないと進学とともにふたりは別れてしまいます。
海外といわず東京と京都に分かれても、頻繁には会えませんから疎遠になってしまうのです。
このような「結末」になりそうだと匂わすために、意中の異性の受験先を書きます。
だから「名前」は「伏線」なのです。
最後に
今回は「名前は伏線」ということについて述べてみました。
関係なければ「名前」を出すべきではないのです。
「名前」が出てくると「この人はこのあとなにで出てくるんだろう」と読み手が記憶します。
結果としてそのいちシーンだけにしか関係してこないのであれば、その「名前」は要りません。
登場人物名や地名や組織名などはすべて書かなければならないと思い込まないようにしましょう。
マンガ・青山剛昌氏『名探偵コナン』では工藤新一が立ち向かう敵の組織の「名前」さえわかりません。
仮に「黒ずくめの組織」「黒の組織」単に「組織」と呼ぶことが多い。そんな例外もあります。
読み手にムダを憶えさせないでくださいね。
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