518.飛翔篇:文学臭いことをしない

 今回は「文学臭いことをしない」ことについてです。

 中級者が上級者になろうとして道を踏み外してしまう原因を五つ取り上げてみました。

 初心者は意外と短文で書くことができるのですが、中級者になると余裕が出てきて文が少しずつ長くなっていく。

 そしてもう一山越えようとしてあれこれやってしまうわけです。





文学臭いことをしない


 刺激的なタイトルをつけました。

 文学小説を書くなというわけではありません。

 いかにも「これが文学だろう」と言わんばかりの表現を多用した小説を書かないようにしようということです。

 あなたの小説は「文学臭い」ことをしていませんか。




書き出しから風景描写に走る

「書き出し」から風景描写・背景描写ばかりが続いていく小説は一見して「文学」小説のように見えて、「文学臭い」だけであることがほとんどです。

 名作の「書き出し」を読んでみたら、意外と風景描写・背景描写は手短に済ませていることに気づきます。

「文学」小説は、哲学の命題に対する書き手なりの「答え」をひと息に射抜かなければなりません。命題に対する「答え」を書くわけですから、必要のない風景や背景を描写している暇はないのです。

 ですが「文学臭い」小説は、風景や背景を描写することが「文学」小説なのだと勘違いしています。

 自己満足のために風景や背景を描写し、「これが文学なんだ」と独りごちするのです。

 読み手のことなど考えていません。

 あなたが書きたいのはその場所のガイドブックですか。

 読み手を考えていれば、感情移入するための「主人公」を早いうちに出す必要があります。

「主人公」を速やかに出して動いてもらい、物語世界を広げてもらうのです。

 そうすれば、広がった物語世界について風景描写・背景描写をすることができます。




物語展開に関係ない説明描写の多用

 物語展開に関係ないものを説明したり描写したりするのも「文学臭い」小説の特徴です。

 物語展開に空のことなど関係しないのに、空のことを書いてしまう。

「空が暗闇から紺色に変わり、徐々に明るさが増して薄墨色になり、やがて東方が朝焼けに染まっていく。」などはとくに「文学臭い」のです。

「日が昇り、まばゆい輝きを四方八方に放っている」なんてイメージできますか。

 漠然としたものは見えるのですが、なんのイメージも湧かないはずです。

 しかもこの小説の中で「空」が重要な要素を持っているのならまだわからないでもありません。

 実際には「空」のことがその場のワンカットにしか出てこないことが多いのです。

 物語展開に関係ない説明・描写を多用するのは、ただの文字数稼ぎであり、いかにも「文学している」と書き手が思い込んでしまう。

 先ほども申しましたが、「文学」小説は哲学の命題に対する書き手なりの「答え」を書きます。

 そんな重大な「答え」を提示するのに、それとは関係ない物事を書いている余裕なんてないのです。

 心理描写や思考の分析などを雑多に盛り込み、物語展開を停滞させないようにしましょう。




主人公の動きを細部の描写で中断する

 物語は主人公の動きを追うために書きます。

 できるかぎり早く主人公を出して出来事イベントを起こすのは、それを裏づけるための布石です。

 そこで「書き出し」から主人公を出して動かします。

 そのとき細部の描写にこだわりすぎないでください。

 主人公から躍動感がなくなって、動きにブレーキがかかります。

「浩一は素早く翻るとともに後ろ回し蹴りで襲撃者をひとり倒した。」

 この文のあとに「金色の瞳から猛る獅子のような鋭い視線を走らせる。獅子に睨まれた兎のごとくたじろいだ襲撃者たちはナイフを抜いて躍りかかってきた。瞬時にひとりの懐に潜り込みながらみぞおちに肘鉄を見舞って気を失わせる。滑り落ちたナイフを手にとった。」と続いたとします。

 まずアクションのテンポを考えると「金色の瞳から猛る獅子のような鋭い視線を走らせる。獅子に睨まれた兎のごとくたじろいだ襲撃者たちはナイフを抜いて躍りかかってきた。」などという呑気なことを書いている余裕なんてありません。またお手軽に比喩を使いすぎです。比喩についてはあとで書きますが、ポイントを絞って使うから効果があります。ここでは単に「鋭い視線を走らせる。たじろいだ襲撃者たちはナイフを抜いて躍りかかってきた。」でじゅうぶんです。

 書き込むべき情報は確かにあります。でもアクション・シーンでは緩急のテンポを第一にしてください。

 畳み込むような怒涛のアクションを見せ、ちょっとした間の駆け引きで時間を作って状況を説明し、またアクションの流れを読ませる、という具合です。




比喩・常套句・慣用句を使いまくる

「文学臭い」小説は、一文にひとつ比喩があるというほど比喩だらけです。

「まるで血液が凍りついたような男」とか「生木が燻るようなにおい」のような直喩だけでなく、隠喩や提喩などあらゆる比喩が対象になります。

 比喩は対象を読み手にわかりやすくする効果があります。

 ですが使いすぎるとわかりやすすぎて、読み手はまるで小馬鹿にされたように感じてしまうのです。(ここも直喩ですね)。

 またイメージを明確にしようと比喩を多用すれば、どうしても文章のリズムが停滞してしまいます。

「派手な装いを見せている」というのも実は隠喩です。「装い」は衣服を使った隠喩になっています。

「すぐれた風景写真のような町並み」というのも、どういう要素が想起させたのかを漏らさず書く義務が書き手にはあります。この一文で説明を済ませるようでは書き手失格です。


 「あの人はまるで太陽のような女性だ」「鏡のように穏やかな湖面」とか「取らぬ狸の皮算用(捕らぬ狸の皮算用とも)」「二兎追う者は一兎も得ず」のような常套句・慣用句も小説を安っぽくさせるので使用はできるかぎり禁止です。

「夜のとばりが下りる」というのも常套句となった隠喩となります。帳とは垂れ絹のことであり、それが下りることで物事を比喩しようとしているのです。しかし「夜の帳が下りる」は「垂れ絹(帳)が下りたら夜になって暗くなるさま」を表しています。

 ですが書き手は常套句として「夜の帳が下りる」を知っているがゆえに、安易に使ってしまうのです。それが小説の質を落としていると気づかずに。

「街に火が灯る」というのも常套句ですね。

 八十年代の歌謡曲の文句はだいたい常套句と思ってもらってかまわないでしょう。

 当時は斬新な表現だったとしても、歌として多くの人たちに語り継がれたことで陳腐化し常套句となってしまったのです。

 だから中年以上の書き手は、自分の書いた言葉が「常套句」かどうか敏感になる必要があります。




断言しない

「文学臭い」小説は、もったいつけて表現し、断言しないことが特徴です。

 書いているのは書き手のはずなのに、「〜だろう」「〜であろうか」「〜のようだ」「〜そうだ」「〜らしい」などの推量や伝聞の語尾で濁らせてしまいます。

「麒麟は神の使いであろうか」と書かれている。でも書いているのは書き手です。その書き手が「〜であろうか」などと曖昧な語尾で濁らせて読み手にどう受け止めてもらいたいのか。

 書き手として「麒麟」を「神の使い」として定義しているのなら「麒麟は神の使いである」でいいではないですか。

 それを「文学臭く」するために、あえて「〜であろうか」などと書いてしまう。

「面持ちが暗く、じっと立ち止まったりしている」の「〜たりしている」も断言していないですよね。

 自分で書いたものを断言できない人に「小説」は書けません。

「じっと立ち止まっている」でいいではないですか。

「県道の十字路あたりに緊急車両が集まっていた」も「県道の十字路に緊急車両が集まっていた」でいいではないですか。

「太陽が照りつけるせいか、汗が吹き出して止まらない」も「太陽が照りつけるので、汗が吹き出して止まらない」でいいではないですか。

 なぜ書いているあなたが断言できないのか。

 あなたはこの小説で被る批判から逃げ出したい、責任を免れたいと思っているのではありませんか。

 そんな及び腰で書く小説は「文学臭い」だけの、文章に毛が生えた程度のものになるのです。





最後に

 今回は「文学臭いことをしない」ことについて述べてみました。

 自分の書く小説は高尚なものなんだ、と見せたいがために書いてしまう悪癖の数々。

「文学臭い」小説は上滑りの文章でしかないのです。

 あなたの小説は上記の「書き出しから風景描写に走る」「物語展開に関係ない説明描写の多用」「主人公の動きを細部の描写で中断する」「比喩・常套句・慣用句を使いまくる」「断言しない」のうちいくつ当てはまりますか。

 ひとつでも当てはまるようでは駄目ですよ。

「文学臭い」小説は初心者に多いと思われがちですが、実は中級者のほうが多い。ある程度書き慣れてきて「自分の小説の質を一段高めるためにはなにをするべきか」を考えた結果として上記の五項目にたどり着いてしまうのです。

 上級者に昇るためには、五項目の罠に陥らず「文学臭く」ない小説を書くことに尽きます。

 ちなみに今回は自戒の内容ともなっております。

 私自身がよくやってしまうことを取り上げてみたのです。



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