511.飛翔篇:感情の爆発が論理を超える

 今回は「感情の爆発」についてです。

 どんな論理も感情の爆発には勝てません。

「泣く子と地頭には勝てぬ」とも言われますよね。





感情の爆発が論理を超える


 小説の書き方には十人十色、百人百様、千差万別、違いがあります。

 心の形がまったく同一の人はいません。生まれてから現在に至るまで、いつどんな経験をしてきたかで形が違ってくるからです。

 小説を書く際、あなたにとって「完璧な小説」は多くの人にとっては「及第点」の小説だと受け止められる必要があります。

 そのため読み手に寄り添って小説を書く義務があるのです。

 しかし世の中には、どんな「小説読本」をも超える作品というものがあります。




感情は没入しやすい

 人間は情動の動物です。人間以上に感情を優先して動く動物はいません。

 文章にもそれが表れます。

 冷徹で感情の凍てついた人物と、気位が高く澄ましている人物と、感情豊かな人物。いずれが感情移入しやすいでしょうか。なお今回は感情という言葉を多く用いるため、以後「感情移入」に「没入」の言葉を使います。

 冷徹で感情の凍てついた人物は、感情がまったく動かないのです。主人公として没入すると感情に動きがないため、とてもつまらなく感じます。つまりすぐに飽きてしまうのです。

 気位が高く澄ましている人物は、自尊心をくすぐるような場面では得意がりますが、失敗した場面では他人のせいにして気にも留めません。元々そういう気質がなければ、没入しづらい。没入できても感情が得意がるか他人のせいにするかの二択となるため面白みに欠けます。

 感情豊かな人物は、喜怒哀楽や愛憎、恋慕、怨恨、勇怯といった感情をすぐに表に出します。そのため主人公として没入すると、自分のか弱い感情も主人公に引き出されて強まります。つまり自分でも気づかなかった「本当の自分」を発見できるのです。この体験を知れば読書が病みつきになります。

 だから主人公として没入してもらうのなら、「感情豊かな人物」がよいのです。

 深く没入してもらえますし、読み手も感情を揺さぶられますから展開によって主人公になりきってワクワク・ハラハラ・ドキドキしてくるようになります。

 あなたが好きな小説の主人公はどんな人物ですか。

 情熱にあふれて感情が豊かな人が多かったはずです。クールな人物だと思ってもそれは一面であり、裏では感情が豊かではありませんか。




感情豊かと冷徹と逆走くん

 マンガの北条司氏『CITY HUNTER』の主人公である冴羽リョウはスイーパーとしてためらいもなく敵を撃ち殺します。しかしそれは一面にすぎません。日常では陽気で女に目がない「感情豊かな人物」として描かれています。

 さいとう・たかを氏『ゴルゴ13』の主人公であるデューク東郷はスナイパーとして超一流であり依頼のためなら平気で人を殺すのです。しかし日常でも背後に立たれることを極端に嫌い、女性を抱いても枕元には銃を隠し持っているような人物。正直言って没入はしづらいですよね。これはデューク東郷に没入することが『ゴルゴ13』の楽しみ方ではないからです。どんな手段を用いて標的ターゲットを仕留めるのか。その過程を楽しむのが『ゴルゴ13』の楽しみ方。つまり殺してから後のことはいっさい省略しています。あくまでも依頼を受けて、準備を万端整えて、標的ターゲットを仕留める、この三段階だけです。そのため大きな物語というものがなく、ただ依頼、準備、狙撃のみ。デューク東郷の成長や仲間との絆といったものはいっさい書かれていません。

 恋愛要素のあるマンガが大きな支持を得るのも、「主人公が感情豊か」だからです。主人公がロボットのように、またデューク東郷のように恋愛感情を持たなければ、恋愛そのものが成り立ちません。「感情豊かな主人公」に没入するからこそ、展開によりワクワク・ハラハラ・ドキドキしてくるのです。その結果ハッピー・エンドになれば晴れやかな気持ちになります。バッド・エンド(悲恋)になれば多少鬱屈した気持ちを味わいますが、それもまた感情の糧となって豊かな感情を構成することになるのです。

 小説投稿サイトにおいて「ハッピーエンド」の「キーワード」は人気があります。対して「悲恋」「バッドエンド」の「キーワード」は分が悪いのです。ですが先述したように「バッドエンド」「悲恋」にも感情を育てる因子があります。つねに「ハッピーエンド」の小説しか読まなかった読み手は、日常で自分の身に降りかかる悲運に対しての免疫がありません。「バッドエンド」「悲恋」を現実に経験したことのある人なら「バッドエンド」「悲恋」を深く味わうことができます。また経験したことのない人でも「バッドエンド」「悲恋」の物語を味わうことで、将来その身に及ぶだろう「バッドエンド」「悲恋」の場面で挫折することがなくなるのです。

 マンガの桂正和氏『I”sアイズ』の主人公である瀬戸一貴は小学校時代にさらし者にされるという強烈な「バッドエンド」を味わっています。だから「好きな人に思いを気づかれなければ、その人のことを好きでい続けられる」と曲解し、気持ちを悟られそうになると「逆走くん」が発動してしまうのです。それ以外の感情は一般的なので、この「逆走くん」が『I”sアイズ』という作品を面白くまた深くしてくれる要素になっています。




感情を爆発させる

 冷徹に真実の刃を突き立てて「これが世界の真実だ」と述べても、読み手にはなかなか響きません。

 それよりも主人公が感情を爆発させて腕尽くで「これが世界の真実だ」と述べながら相手をぶん殴る。それだけで読み手は納得させられるのです。鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』の主人公である上条当麻がまさにこのタイプを体現しています。

 なにが違うのかというと、刃を突き立てることと殴ること。まぁそれもそうなのですが、もっと根本的なもの、つまり「冷徹」か「感情を爆発させて」かの違いです。

 主人公が「冷徹」な場面では読み手も「冷徹」な心境になります。そこで「これが世界の真実だ」と主人公が述べても、「冷徹」な読み手は「他にも世界の真実はあるんじゃないか」と勘づいてしまうのです。

 主人公が「感情を爆発させて」いる場面では読み手も「感情を爆発させて」います。「感情を爆発させて」いる間、心のバリアは解かれている状態です。だから「これが世界の真実だ」と主人公が述べれば、読み手も「そのとおりだ」と強く納得します。

 だから物語が最も華やぐ「佳境クライマックス」を盛り上げるために、主人公が「感情を爆発させて」いる状態へ追い込むことです。




感情の爆発が論理を超える

 また「感情を爆発させて」いるだけで、たいていの論理や理屈は吹っ飛ばされてしまいます。

 なにか不利益なことが身に降りかかっても「それがどうした!」と一言いちげんに伏してしまえば、ほとんどの論理や理屈は通用しなくなるのです。

 連載小説を書いていて、着々と「佳境クライマックス」まで書いてきたのはいいのだが、どうも世界の構造と主人公の言動に乖離が生じていてうまくまとめられない。だから連載が停滞してしまうということがあります。

 そんなときには主人公の「感情を爆発させて」ください。そうすれば世界の構造すら消し飛んでしまいます。

 いやそんなことはありえない。

 そういう声が聞こえてきそうですが、主人公とは読み手のことです。

 読み手さえ納得させられれば、どんなトンチキなことをしても許されるのが「小説」という一次元の芸術なのです。

 絵画にも見たものに忠実な「写実派」もありますが、古代的なものを復興しようという「ルネサンス」や特徴的な部分さえ同じならあとはどうでもよいような「印象派」「キュビズム」といったものもあります。

 小説はすべて「写実派」である必要はないのです。

 どうしても世界の理屈を覆したければ、「印象派」のように世界の枠組みをぶち壊してください。そのためには読み手が没入している主人公の「感情を爆発させて」、論理や理屈を吹っ飛ばすのです。

 読み手も「なにがなんだかわからないけど、そういうものなのか」といった受け取り方をします。疑いを持たれることも少なく、かつ壮大な「佳境クライマックス」を演出することができるのです。

 小説は「主人公に没入している読み手がどう思うか」という点だけが重要であり、正しい文法だとか、巧みな比喩だとかは些末にすぎません。

 読み手が没入している主人公の感情を動かすことで、読み手はワクワク・ハラハラ・ドキドキしてきます。

 それを意図して操ることが、書き手には必要なことなのです。





最後に

 今回は「感情の爆発が論理を超える」ことについて述べました。

 読み手が主人公に没入しているので、主人公の感情の機微を最も理解しているのは、書き手ではなく読み手なのです。

 それほどまでに読み手は主人公と密接に同調シンクロしています。

 小説を連載していて、どうしてもこれまでの展開と決着点が結びつきそうもなければ、いっそ主人公の「感情を爆発させて」論理や理屈を吹っ飛ばしてください。

 たいていのことはそれで道が開けます。



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