508.飛翔篇:言外の期待感

 今回は少し難しいかもしれません。

 前回の「意識の中に映像を浮かべている領域」がわかっていることが前提なので、お読みいただいていない方はNo.507「飛翔篇:小説を書けるようになる方法」を先にお読みくださいませ。






言外の期待感


 小説は書かれている文字がすべてだと思われがちです。

 私も小説は書かれている文章で物語を紡ぐものだと考えていました。

 しかし「あえて語っていないところで期待感を煽る」手法というものがあります。

 これを私流に定義したのが「言外の期待感」です。

 その応用として「行間」が生まれます。




意識の中での映像化

 小説は意識の中で物語を形作って楽しむ娯楽です。

 体の外には文字しかありません。文字を解釈して意識の中に映像イメージを形成するのです。

 そして意識の中に映像イメージを結ばせるためには、書かれている文章がすべて。

 文章できちんと書いてあれば、読み手が確実に思い描けるのです。

「眼の前に東京大学の赤門がある」と書けば、読み手の意識の中には「東大の赤門」の映像が浮かびます。

 浮かばなければ文章の意味が読み手に伝わっていないのです。他にも「東大の赤門」を見たことがない・知らない場合も映像は浮かばないでしょう。

 その点「東京タワー」「東京スカイツリー」「東京ドーム」「富士山」といった日本一だったものは、日本人ならテレビや学校の授業などなにがしかで知っているはずです。だから映像が過たず思い浮かぶと思います。

 読み手にどういう映像を思い浮かべてもらいたいのか。

 すべての読み手で統一したいのであれば、細部まできちんと表現しておくべきです。

 ほとんどの読み手がまったく同じものを思い浮かべられるようなものを引き合いに出してください。

 つまり見たままの情報を「説明」することと、ほとんどの読み手がまったく同じものを思い浮かべられるような「比喩」を用いて描写することです。

 それによってほとんどの読み手はまったく同じものを思い浮かべられるようになります。




言外の期待感

 反面、文章として書いていないことは、読み手にはまったくわかりません。そこは暗闇や混沌と言ってよいでしょう。

 しかし、この暗闇や混沌を意図的に用いることで、読み手の期待感を高める手法があります。


 たとえばハイファンタジーで主人公パーティーが、世界征服を企む魔王軍と戦うという鉄板の展開。主人公パーティーのことは基本的にすべてわかっています。(背後が謎の人物というのもよくある設定ですが)。魔王軍のことは、主人公パーティーの前に現れた者たちなら読み手にもわかるのです。でも主人公パーティーの前に現れていない魔王軍については、読み手も知りえません。(これも主人公たちは知らなくても読み手だけが知る書き方はあります)。つまり主人公パーティーではとても敵いそうもない魔物が控えている可能性もあるのです。

 そういう設定で物語を進めていくと、読み手は主人公パーティーが知らない領域のことが気になって仕方なくなります。

 たとえばパーティーの中にいる謎の多い人物の裏側だったり、これから訪れる町の状況だったり、次に現れるであろう魔王軍の刺客だったり、魔王の真の目的だったりです。

 わからないことは、今後の展開に関することですので、読み手もワクワク・ハラハラ・ドキドキしてくるのではないでしょうか。

 読み手に明かされていない暗闇や混沌をを指して私は「言外の期待感」と呼んでいます。


 恋愛ものでは、主人公の気持ちは読み手も共有しています。

 しかし意中の異性の気持ちは文章で書かれていないので読み手にはわかりません。暗闇や混沌の中にあります。

 だから読み手は意中の異性の動向に注意を払い、一喜一憂するのです。読み手が感情移入した主人公は前途の多難さに思いを馳せます。

 果たして相手は私をよく思ってくれているのだろうか。こちらの強い思いほどの気持ちを持ってくれているのだろうか。一緒になりたいと思ってくれているのだろうか。

 よく思ってくれていれば友達にはなれます。強い思いを持っているのならお付き合いが始まるでしょう。一緒になりたいと思ってくれていなければプロポーズするきっかけなんてありはしません。

 暗闇や混沌があるから、主人公はジリジリとした焦燥感を覚えているのです。

 恋愛小説はジリジリとした焦燥感を解消しようとして、ハラハラ・ドキドキとしながらアクションを起こすのです。

 その結果で主人公と相手との距離が近づいたり離れたりしていきます。

 それが恋愛ものでの「言外の期待感」を表しているのです。




行間を読む

 よく「行間を読む」と言います。

 私の呼ぶ「言外の期待感」は、文字として書かれていない暗闇や混沌のことを指しています。

 それから、文章に書かれていることを参考にして「明かされていないこれって、こういうことなんじゃないかな」と推測を立てることを「行間を読む」と呼ぶのです。

 暗闇や混沌がなければ、読むべき「行間」も存在しません。

 読み手に文章として提示されていないことがあるから、暗闇や混沌が生まれるのです。

 巧みな書き手ほど、暗闇や混沌をすべて晴らすくらいの描写力を見せつけてきます。

 しかしあえて暗闇や混沌を残しておくことで読み手に「言外の期待感」も生まれますし、「行間を読む」楽しさも味わってもらえるのではないでしょうか。




三人称視点における言外の期待感

 三人称視点は基本的に主人公のみを追いません。敵の視点が入ってもかまわないのです。つまり「言外の期待感」を煽ることが難しくなります。

 しかし、意図的に語らない部分を作ることで、「言外」を作ることはできるのです。

 三人称視点だからなんでもかんでも読み手に知らせようとするのは感心しません。

 もちろんエンターテインメントとして、隠し事はなしのほうがよいのです。

 ただし「言外の期待感」を高めるためには、あえて語らない部分を作ることがひとつの手段となりえます。

 たとえば主人公がお人好しで、眼の前で悪事を見つけると背後関係など気にも留めずに助けてしまう。でも助けた相手が実は魔物であったということはよく起こるのです。

 この場合は主人公の眼の前で悪事が起こったときに、裏を考えず表面だけを見て助けてしまう。すると助けた相手についての情報が欠けてしまうのです。この欠けた部分を隠し続けることで「言外」が生まれてきます。

 たとえば見知らぬ土地へやってきたとします。王国が支配しているはずですが、領主が裏で帝国側と通じている。でも裏で通じていることを読み手には知らせず、表面だけの穏やかな土地柄の描写に徹すれば「言外」が生まれるのです。

 読み手に「他にもまだなにか裏があるんじゃないのか」「知らされていない事実があるのではないか」というような暗闇や混沌を生み出すことで、「言外の期待感」が生み出されます。

 こう見ていくと、三人称視点での「言外の期待感」は難しいように思えます。

 実際に主人公サイドと「対になる存在」サイド、第三勢力サイドのことだけにスポットを当てて描写していくとします。それでも各々の連携や提携といったことが曖昧であれば、それだけで暗闇や混沌の領域が広がって「言外の期待感」も高まってくるのです。

 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』が秀逸なのは、銀河帝国と自由惑星同盟、フェザーン自治領とその後ろ盾である地球教という三者がそれぞれを利用し合いながら、勢力拡大を目指しているところです。そして読み手に語られることのない暗闇や混沌が生じることで「言外の期待感」が生み出されます。




一人称視点における言外の期待感

 主人公だけを追いかけることになる一人称視点では、主人公が認知しえないものはすべて暗闇や混沌といった「言外」ということになります。

 物語が進んでいくごとに主人公が移動し、活動し、解決していくことで、どんどん暗闇や混沌を晴らしていくことができるのです。

 この特性により、主人公が移動、活動、解決しようとすると「言外の期待感」がいやがうえにも高まります。

「この謎を解き明かしたら、どんな事実が見えてくるのだろうか」という期待ですね。

 しかし動くのはあくまで主人公ひとりです。だから一回に解き明かされるのは小さな面積だけで、物語全体の謎を解き明かすには時間がかかります。

 これが読み手の興味を惹きつける力になりますから、長期連載したい小説は一人称視点で書くのがオススメです。

 三人称視点だと単純に物語世界で明らかになっている部分が二倍、三倍に増えていきます。いくつの勢力を登場させるかにもよりますが、確実に一人称視点よりも早く連載が終わるのです。

 小説投稿サイトで百回以上連載する小説に「一人称視点」のものが多いのもそのためでしょう。





最後に

 今回は「言外の期待感」について述べてみました。

「続きが読みたい」と読み手に思わせるには、物語のイメージの中に暗闇や混沌を残しておくことです。

 文章化したものはイメージがはっきりします。

 しかし暗闇や混沌を意図的に隠すと、読み手はその暗闇や混沌のことを知りたがるのです。

 これを私は「言外の期待感」と呼んでいます。

 書き手はこの「言外の期待感」を少しずつ確定させていくように書くのです。

 そして物語として最後の暗闇や混沌が晴れればそこで連載終了となります。

 物語世界のすべての暗闇や混沌をなくす必要はありません。

 ただし人間関係における暗闇や混沌はすべて晴らしてしまうべきです。

 そのほうが後腐れしませんし、完結した印象を強めます。

「言外の期待感」があれば「行間」も生まれます。

「行間を読む」ことができるのも「言外の期待感」があったればこそです。



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