506.飛翔篇:細部で分量を増す
今回は「細部で分量を増す」ことについてです。
長編小説を書きたいんだけど、どうしても原稿用紙三十枚くらいしか書けない。
そういう人は、書きたいことだけを書いているのではありませんか。
読み手が読みたい情報がこぼれ落ちているのですね。
そうならないよう、「細部で分量を増す」意識を持ってみましょう。
細部で分量を増す
小説を読むとき、人は心にイメージを投影しています。そして目で見たもの、耳で聞いたもの、体を動かすことをも擬似的に体感するのです。
読み手の意識の内側に直接働きかける力が、小説にはあります。
意識の内側ですから「潜在意識」が直接影響を受けるのです。
誰しも自分がどんな人物かをある程度理解しています。意識して理解できているものを「顕在意識」といいます。「顕在意識」は人物を計るとき「氷山の一角」でしかありません。
意識して理解していないけれども価値判断の基準にしているものを「潜在意識」といいます。
その「潜在意識」が直接影響を受けるわけですから、小説には心を変革する力があるのです。
細部にこだわって分量を増す
文章を通じて読み手にあたかも体験しているように、
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大学を中退したある若者がいた。
彼は単身アメリカへ渡り、ハリウッドに赴いた。
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まぁわからなくもないのですが、必要最小限の情報しか書いていませんよね。
箇条書きの「あらすじ」段階のように見えます。
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東京芸術大学二回生で二十歳になったばかりの若者が、突然学び舎を中退する。
彼は単位をとるための勉強に嫌気が差していた。
もっと実践的な技術を学びたいと思い、単身アメリカへ渡り、映画の都ハリウッドへとやってきた。
ツテがないため自ら手がけた特殊メイクの作品を携えてデザイン事務所を巡り歩く。
どの事務所に赴いても振り向いてもらえなかった彼は自分の浅慮を悔いた。
ある事務所の職員から、撮影現場へ直接売り込んだほうが早いだろうと促される。
現在近辺で撮影されている現場を五つ教えてもらった。
そして最後の現場で、彼の特殊メイク技術を高く評価してくれる人物が現れる。
その人物こそ、彼が尊敬してやまない特殊メイキャップ・アーティストであった。
拙い英語を駆使して尊敬する人物と話すことで、末端の弟子となる。
これまで彼の技術を軽んじてきた人たちを見返すべく、修行の日々が始まる。
――――――――
たったこれだけの
なぜ大学を中退したのか。なぜ単身ハリウッドに渡ったのか。その理由が詳細に書かれています。
しかもハリウッドに着いてからの彼の素行もわかるため、なにをしたいのかがわかるのです。
これだけ書ければ小説投稿サイトたとえば『小説家になろう』の「あらすじ」に使えそうです。
詳細に書くのは「目から見えたこと」「耳から聞こえたこと」「肌で感じたこと」「行なった動作のこと」を中心に五感を駆使しましょう。
会話文で注目を集める
会話文があると、物語をよりイメージしやすくなります。
人の思いを言葉にしたほうが、人の注意力が働くのです。
小説を読み慣れている人ほど、カギカッコなどで示される文章を、誰かが本当に話しているように感じます。
つまり潜在意識に働きかけてくるのです。
先ほどの例ではあえて会話文を書いていません。
だから物語はわかっても、いまいち感情移入しきれないのです。
会話文を書き入れてみましょう。
――――――――
東京芸術大学二回生で二十歳になったばかりの若者が、突然学び舎を中退する。
彼は単位をとるための勉強に嫌気が差していた。
「お前くらいの腕のやつなんてごまんといる。もっと基礎デッサンに打ち込め」
教授の言うこともわからないではない。だが彼は基礎にうんざりしていた。
そこで、もっと実践的な技術を学びたいと思い、単身アメリカへ渡り、映画の都ハリウッドへとやってきた。
ツテがないため自ら手がけた特殊メイクの作品を携えてデザイン事務所を巡り歩く。
どの事務所に赴いても振り向いてもらえなかった彼は自分の浅慮を悔いた。
ある事務所の日本人職員から「それなら撮影現場へ直接売り込んだほうが早いだろうね」と促される。
その職員に現在近辺で撮影されている現場を五つ教えてもらった。
どこへ行っても最初は興味を持たれるが、まだ技術が足りないとすげなく断られた。
そして最後の現場で、彼の特殊メイク技術を高く評価してくれる人物が現れる。
その人物こそ、彼が尊敬してやまない特殊メイキャップ・アーティストであった。
〈俺、あなたのことを尊敬しています。よければ俺を弟子にしてください。成功するまで日本には帰りません〉
拙い英語ながらも尊敬する人物に告げた。
〈それなりに腕はあるようだし、そこまで覚悟があるのなら、とりあえずそばに置いてやる。その代わり一年で俺が納得できるだけのものが作れなければ、そこで終わりだ〉
交渉の結果、なんとか末端の弟子としてそばで技術を目にする機会を手に入れた。
これまで彼の技術を軽んじてきた人たちを見返すべく、修行の日々が始まる。
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ここでは日本語は(「 」)で、英語は(〈 〉)で書いています。
あえて分けたのは、わかりやすさからです。
実際に話しているのが日本語ではないのであれば、別の言語であることをなにかで示す必要があります。(私は極端に英語が苦手なので、英語を日本語で表したいから、という理由もあります)。
五感でイメージを強化する
最終的にイメージが映像になるくらいまで
しかし当面はそこまでたどり着けないと思います。
まずは五感を用いてイメージをできるかぎり強化してみましょう。
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東京芸術大学二回生で二十歳になったばかりの若者が、突然学び舎を中退する。
彼は単位をとるための勉強に嫌気が差していた。
「お前くらいの腕のやつなんて五万といる。もっと基礎デッサンに打ち込め」
教授の言うこともわからないではない。だが彼は基礎にうんざりしていた。
そこで、もっと実践的な技術を学びたいと思い、単身アメリカへ渡り、映画の都ハリウッドへと降り立った。
陽射しは肌が灼けつくようで、焦げたアスファルトの油くささにむせ返る。
これがアメリカなのか。そんな体感を抱きながら、これといったツテもなく、とりあえず自ら手がけた特殊メイクの作品を携えてデザイン事務所を巡り歩く。
汗を流しながらどの事務所を訪ね歩いたがいっさい振り向いてもらえなかった彼は、自分の浅慮を悔いた。
結局自分は通用しないのか。そんな思いに打ちひしがれ、足元もおぼつかない状態である事務所を訪ねた。日本人職員から「それなら撮影現場へ直接売り込んだほうが早いだろうね」と促される。
その職員に現在近辺で撮影されている現場を五つ教えてもらった。
どこへ行っても最初は興味を持たれるが、まだ技術が足りないとすげなく断られた。
これが当たらなければ日本へ帰るしかないのか。
そんな思いで最後の現場に赴くと、彼の特殊メイク技術を高く評価してくれる人物が現れる。
その人物こそ、彼が尊敬してやまない特殊メイキャップ・アーティストであった。
〈俺、あなたのことを尊敬しています。よければ俺を弟子にしてください。成功するまで日本には帰りません〉
拙い英語ながらも眼の前にいる尊敬する人物に告げた。
〈それなりに腕はあるようだし、そこまで覚悟があるのなら、とりあえずそばに置いてやる。その代わり一年で俺が納得できるだけのものが作れなければ、そこで終わりだ〉
交渉の結果、なんとか末端の弟子としてそばで技術を目にする機会を手に入れた。
これまで彼の技術を軽んじてきた人たちを見返すべく、修行の日々が始まる。
〈その前に、金をやるから靴を買ってこい〉
その声を聞いて足元へ目をやると、両方の靴ともソールが剥げてパカパカと口を開けていた。
足元が涼しいとは思っていたが、指摘されるまでまったく気がつかなかった。
これではどこへ行っても断られるわけだ。
そう思いながら、ここから近い靴屋を紹介してもらった。
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まだまだいけそうなのですが、ここで完成形まで持っていくと小説にしたときのインパクトがなくなってしまいます。
「箱書き」「プロット」段階くらいにはなるはずです。
あと物語を面白くするため、この段階で「オチ」をつけてみました。
他愛ない描写ですが「少しクスリと笑える」程度の「オチ」が最も適していると思います。
壮大な「オチ」をつけてしまうと「オチ」のインパクトが強まるのです。
結果、読み手の心に「オチ」しか残らないということが起こりえます。
「オチ」を読ませたいのか本文を読ませたいのか。そこをはっきりさせておきましょう。
「コメディー」ジャンルであれば「オチ」こそすべてです。
壮大な「オチ」をつけて物語全体をコケさせてください。
最後に
今回は「細部で分量を増す」ことについて述べてみました。
マンガやアニメにしろ、ドラマや映画にしろ、ゲームにしろ。イメージは自分の外にあるのです。
しかし小説は、文章を追って自分の心の中にある「潜在意識」でイメージを膨らませながら読みます。
だからさまざまな小説は、ドラマ化されると陳腐に映ってしまうのです。
「潜在意識」で思い描いた人物像や声質などが人々にはあったことでしょう。
それを否定されることになります。
小説やマンガのドラマ化を拒否する読み手が多いのも、小説やマンガの特徴だといえます。
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