505.飛翔篇:体験をメモに書く

 今回は「メモをとる」ことについてです。

 小説を書くのにメモが必要かと思われそうですが、表現の引き出しを増やすためにはあったほうが断然よい。

 あなたが今日食べたラーメンが絶品だったとして、後日あのラーメンはどこが絶品だったのかを憶えているものでしょうか。

 まず忘れています。

 もし食べたときにメモをとり、「どんなダシが効いているスープなのか」「麺の太さとのスープの絡み具合は」「野菜とスープの相性は」などを書き残していたら。

 あなたはメモを読むだけでそのときのラーメンを目の前に見ているかのように文章に書けます。





体験をメモに書く


「本格的に小説を書こう」と思ったら、まずメモをとるクセをつけてください。

 ひらめきを書く意味もあります。

 なにかを体験したときにどんな「気づき」が得られたのかを書くのです。

 食レポでなくても、その料理の「見た目」「におい」「味」。そういうことをメモしておくと、小説を書くときの表現力を向上させられます。




メモをとる

 たとえばラーメンの名店でオススメの豚骨ラーメンを食べたとします。

 そのときメモをとっていなければ、スープの香りがどんなだったか味がどんなだったかダシに含まれている材料はなにかもしれない、麺の太さや歯ごたえはどうだったか、麺とスープの絡み具合は、野菜との組み合わせはどう感じたか。

 こんなことまで憶えていられるほどの記憶力を持っている人は、きわめて少ないでしょう。

 だからメモをとるのです。

 豚骨ラーメンを食べたときに感じたことを余すところなく描写するには、そういった情報をメモに残しておく以外にありません。

 このメモが増えていけば、小説で料理の香りや味わいや歯ごたえなどを克明に描写できるようになります。


 旅行でパリに行ったとします。

 シャルル・ド・ゴール空港に降り立ち、凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔、ルーブル美術館、有名ブランド店が立ち並ぶ通りを訪れる。もちろん夕食はフランス料理のフルコース。よくある観光旅行です。

 その中で凱旋門やエッフェル塔の外観から受ける印象や存在感、周囲には土産物屋もあることでしょう。

 ルーブル美術館ではどんな作品が展示されていて、誰が創ったのか、どんな印象を受けたのか情報と感じたことがたくさんあると思います。

 有名ブランド店が立ち並ぶ通りでは、どのブランドが隣同士なのか。各ブランドのオススメのアイテムはなにか。買ったアイテムはどこに魅力を感じたのか。

 そういったことをすべてメモにとります。

 そうすれば、ただの観光旅行が記憶に残るものになりますし、記録も残りますから後日エッセイを書くこともできるでしょう。




取材する・体験する

 メモはあくまでも自分の行動範囲内でしか集まりません。

 つまり東京に住んでいる人は東京の情報や感覚しか集められないのです。

 関西について書こうと思うのなら、実際に関西へ取材に行くべき。

 そこで見聞きしたことをメモすることで、現実の関西を表すメモが溜まります。

 生きた情報は「足で得る」のが一番です。

 そこのあなた。「インターネットがあるからGoogleで検索すれば関西に行く必要ないじゃん」と思っていませんか。

 たしかにインターネットにはさまざまな情報が存在し、当然関西の情報も数多くあります。

 ですが、それはあくまでも文字や画像での情報でしかなく、「小説の書き手であるあなたが体験した『関西』」ではないのです。

 体験していなければ、その情報の真偽が判断できません。

 関西へ取材に行ってメモをとってきて、そのうえでインターネットで検索をする。

 この順番なら、情報の真偽はすぐにわかります。

 あなたが体験してきた「関西」と同じか異なっているか、判断するだけの材料があなたの中にあるからです。

 またインターネットにも載っていない情報に出会える可能性があるのが、取材のよいところです。

 インターネットには膨大な情報が載っていますが、実はインターネットに載っていない情報がまだまだあります。

 たとえば「大阪城」の情報は膨大にありますが、その周辺にある隠れた名店は載っていない、といった具合です。

 情報は一極集中する傾向があります。

 今は「インスタ映え」という言葉があるように、他の人を呼び込めるコンテンツの情報だけにどうしても集中してしまうのです。

 インターネットが情報収集ツールとして優秀なのは確かでしょう。

 ですがインターネットに載っていない情報のほうが多いと思います。

 だからこそ、現地へ取材に行ってメモをとってくるのです。

 以前ご紹介した「デ・ニーロ・アプローチ」についても同様。地元特有の訛りをものにするために、実際に現地で生活するのです。だからロバート・デ・ニーロ氏は正確な訛りを使いこなせました。

 これが生きた情報は「足で得る」ということなのです。


 あなたはバンジー・ジャンプを体験したことがあるでしょうか。

 体験していなければ、バンジー・ジャンプを跳ぶ際の感情の揺れ動きは描けません。

 ではセスナからパラシュートで落下する体験をしたことがあるでしょうか。

 体験していなければパラシュートの扱い方を書くことはできません。

 私が高校生だった頃、友人がパラシュート無しで二百メートルを自由落下して無傷で地上に降り立つシーンを冒頭に書いてきて驚きました。

 しかもその小説はリアリティーが求められる軍事小説です。 パラシュート無しで二百メートルを自由落下したら無傷ではいられません。

 上空から落下し、ケガを最低限に抑えて地上にたどり着くためには、途中で落下速度を軽減できるクッションとなるものが必要です。

 たとえば森。もちろん木の中心に落ちれば串刺しになってしまいますが、うまく枝の密度が濃いところへ落ちれば枝がしなってクッションになります。

 当然しなりすぎて折れてしまいますが、すぐに別の枝がクッションになるのです。

 枝が体に当たって打撲するでしょうが、かなり肉体的ダメージを抑えて地上に降り立つことができます。

 また地上が沼地であれば着地の衝撃が拡散しますから、無傷で降り立つことはじゅうぶんに可能です。

 このふたつの例は以前海外動画を紹介するテレビ番組で「奇跡の生還」の特集として観た記憶がありました。

 また「二百メートル」にダメ出しした理由は、私が高いところから飛び降りることが大好きだったから。

 よく二階から飛び降りていましたし、三階は手を使ってぶら下がって飛び降りることもしていました。

 二階や三階からの落下による脚にかかる負担は体験済みです。

 だから「二百メートル」の落下を無傷で終えることは考えられません。

 これが「体験する」ことの強みなのです。

 頭だけで考えると途方もないことをやってしまいますが、体験していれば限界が見えてきます。


 だからといって、小説に殺人鬼を出すために実際に殺人を体験しろとは言いません。

 倫理的にも法律的にも禁じられていることを体験してはなりません。

 ドラッグなども同様です。

 Apple社の元CEOスティーブ・ジョブズ氏が学生の頃にドラッグを愛用していたからといって、あなたがドラッグを体験する必要などありません。

 殺人にしてもドラッグにしても、倫理違反で法律違反なことを書くのなら、それに代替することを考えればいいのです。

 たとえば外に出て道を歩いていると、足元にアリが歩いていたとします。このアリを踏んでしまったらどんな気持ちになるだろうか。そう考えてみてください。それが殺人を犯そうとしている人物の心理の代替です。

 たとえばコーラを飲んだときの炭酸の清涼感を期待しながらコーラを飲んでみてください。それがドラッグを欲して使用した人物の心理の代替です。

 似た体験で実際にできないことを代替で想像できる力が「書き手」には求められます。


 「二百メートル」の自由落下はできませんが、二階から飛び降りることはできるはずです。ただしこれは私の体験からですが、いきなり二階から飛び降りると骨を折る可能性があります。私は「階段を何段飛び降りられるか」試したくて三段、四段と増やしていって脚部の骨を強くしていったのです。最終的に三階から飛び降りても折れない強さの骨に仕上がりました。

 三階から飛び降りた結論としては「膝がとても痺れる」でした。

 骨は強くできても、関節はそれほど強くできません。だから三階から飛び降りると膝がもたないのです。ですが二階から飛び降りたらすぐに動けましたから、それくらいの関節の強さはあったのでしょう。




インタビュー

 ここまで述べてきたのは、すべて書き手本人が体験したことです。

 しかし書き手本人が体験できないことはいくらでもあります。

 代替行為が思いつかない人もいるでしょう。

 たとえば今から太平洋戦争を体験することは不可能です。

 広島・長崎で原子力爆弾の爆風を身に浴びることもできません。

 地下鉄サリン事件に巻き込まれることもできません。

 ですがそれぞれ体験した人は存在します。

 であれば、その人から「体験を聞き取れ」ます。

 つまりインタビューですね。


 小説はリアリティーの追求のために書き手本人の体験を重視します。

 しかし体験できないことであれば、「体験したことのある人に聞く」のが一番です。

 取材の中でインタビューほど手続きが難しいものはありません。

 とりあえず人物に目星をつけて「手紙」を出してみてください。

 いきなり電話したりメールしたりするのは無礼なので絶対にしないように。 

「手紙」はインタビューでは必須のアイテムですので、必ず用意しておきましょう。

 作品が晴れて「紙の書籍」になったら、インタビューの申し込みに使った「手紙」代は必要経費で落とせるそうです。領収書は必ず保管しておきましょう。





最後に

 今回は「体験をメモに書く」ことについて述べてみました。

 今では、情報はインターネットで簡単に検索できます。

 しかし小説に書くレベルの細かな情報はインターネットには載っていません。

 だから自分で体験して、それをメモに書き残しておきましょう。

 体験できないことなら、代替行為があるかどうかを探してください。

 代替行為がなければ体験者にインタビューしましょう。

 それも無理なら、とりあえず体験者に近い書籍を当たることになります。

 図書館にある、地域の歴史資料集は役立ちますし、古書店には今では手に入らない名書が埋もれているかもしれません。

 とにかく詳しい情報は「足で得る」心構えをしてください。

 よく「足で稼ぐ」といいますよね。



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