501.飛翔篇:脳内で寸劇してみる

 今回は「ロールプレイ」と「シミュレーション」についてです。

 脳内で寸劇する双方とも、小説を書くためには必要なことです。

 ロバート・デ・ニーロ氏の「デ・ニーロ・アプローチ」はもはや演劇界の代名詞となりました。





脳内で寸劇してみる


 小説を書くときに重要となるのは、現実味(リアリティー)です。

 ある性格の設定をした人物が、ある場面に出くわしたらどんな反応をするのか。

 これを矛盾なく描写できるのが、一流の書き手です。

 人物が複数いる場合、誰と誰と誰がその場にいて、あることについて会話をする。

 人物の性格や傾向から外れない、まっとうな描写ができるのが、一流の書き手です。

 では一流の書き手になるためには、どうすればいいのでしょうか。




ロールプレイ

 まずひとりの人物が矛盾のない反応を示すために、書き手は脳内で「ロールプレイ」することをオススメします。

「ロールプレイ」とは「役割を演じる」という意味です。

 ひとりの人物について演じるだけなら、その人物になりきって演じるのがいちばん確かなアプローチになります。

 とくに外面からキャラ作りすることをハリウッドでは「デ・ニーロ・アプローチ」と呼びます。俳優のロバート・デ・ニーロ氏は、役作りのために顔つきや体型などをガラリと変え、言葉のナマリを習得するため現地に長期滞在するほどの熱の入れようでした。

「プロの書き手」を目指す方なら、心の中での「デ・ニーロ・アプローチ」くらいはたやすくこなせなければなりません。

 普段大胆不敵な性格をしている人が、臆病な人物を想定するのは意外と簡単です。

 逆に臆病な性格をしている人が、大胆不敵な性格の人物を書こうとしてアプローチしていくのには限界があります。

 そういうときは、心の中で「あなたにとって大胆不敵な性格だと思う人物」をイメージしてみてください。

 感情移入するのは難しいかもしれませんが、イメージすることくらいはできるはずです。

 もしイメージすることすらできないのであれば、街へ出て行き交う人々を観察してみましょう。

 世の中には実にさまざまな性格の人物がいます。

 人々を観察することによって「この人は積極的な性格かな」「この人は内弁慶かな」「この人は繊細そうだな」など、イメージが膨らんでくることでしょう。

 その中から「大胆不敵な性格の人物」を見つけて行動を観察してください。

 自分の中にその要素がないのであれば、その要素がある人物を観察するのが確かなアプローチです。


 そうして心の中に人物の性格を入れ込んで「ロールプレイ」するのです。

 よいキャラ造形になるかどうかは、あなたの感性にかかっています。

 今までどれだけ人間をつぶさに観察してきたのか。観察眼も問われます。

 あなたの中で登場人物の性格が理解できない場合は、そのように見える人を観察するのが一番です。

 ぜひ「ロールプレイ」を使いこなしましょう。




シミュレーション

 登場人物ひとりの反応は書けるようになったと思います。

 しかし小説で登場人物がひとりでいることは少ないのです。

 多くの場面で複数人が意見を交わしています。

 これをひとりずつ「ロールプレイ」する手もあるのですが、効率が悪いことこの上ありません。

 そこで複数人をまとめて状況を「シミュレーション」してみましょう。

 人物には性格と主義があり、複数人いればいくつかの項目で対立関係にあり、いくつかの項目で親和関係にあります。

 皆が一致団結できるときと、意見の違いにより分裂してしまうとき。

 複数の人物を盤面の駒にして会話や行動のやりとりを想定してみましょう。

 皆がいる背景や場面を想定し、そこにどれだけの人物が集まっているのか。

 そしてこういう状況に置かれたとき、この人はこう言うだろう。それに対してあの人はこう述べるに違いない。それを受けてその人は妥協点を提案してくる。といった具合です。

 バトルシーンでは、たとえばこちらから仕掛けていき、相手がそれをさばいて反撃をしてくる。それを受け流して得意の距離で攻撃する。相手は素早く体をひねって必殺技を回避する。そういった行動の流れも思い描けなれければなりません。

 登場人物が行動しているときに、そばでどんなことが起きているのかも書く必要があるのです。

「シミュレーション」は「ロールプレイ」を人数ぶん行なうよりも手早く、それぞれの性格と主義が表れるので人物を立てやすい利点があります。

 複数の人物を登場させる場面では「シミュレーション」すると手間を省けるのです。

「シミュレーション」には脳内イメージを明確化する作用があります。

 行なった回数に比例して脳内イメージが鮮明になり、場面をより緻密に描写できるようになるのです。

「プロの書き手」はもれなく「シミュレーション」の達人揃い。

 どれだけ細かく具体的に「シミュレーション」できるか。

 その脳内イメージの大きさと鮮明さが「プロの書き手」にとって最大の武器なのです。

 人によってはその場に十人いようと百人いようと「シミュレーション」で場面を組み立てられるようになります。

 私は意図的に五人、二十五人、百二十五人と五の累乗で「シミュレーション」することにしているのです。人間には五体があり、指は五本ずつあります。「五」という数字は人間であれば誰もが一瞬で正確に把握できるマジックナンバーなのです。

 もちろん十人、百人、千人と十の累乗で「シミュレーション」したほうが、より大きな脳内イメージが身につくので、自分の脳力と相談して決めていきましょう。

 このように「プロの書き手」を目指すのなら、「シミュレーション」ができるようになることが不可欠です。

 それが破綻のない完璧な筋立てを可能にします。

 およそ「プロの書き手」で「シミュレーション」ができない人はいないはずです。

 小説とは「架空の物語を文章で著した」芸術作品です。

「架空の物語」は書き手の頭の中にしか存在しません。

 だから「プロの書き手」は「シミュレーション」ができる人だと断言できます。

 あなたも「シミュレーション」を日頃から行なって、いつでも頭の中で物語のやりとりを思い描いてください。

 いわゆる「妄想癖」ですね。

「シミュレーション」の能力は使えば使うほど大きくなり精度が高くなっていきます。

「小説を書きたいんだけど、なにから考えたらいいのかわからない」という人は、「シミュレーション」をして頭の中で寸劇を繰り返しましょう。

 場面と状況が整理されて、なにから手をつけようか見えてきます。





最後に

 今回は「脳内で寸劇してみる」ことについて述べました。

 ひとりの人物の内面を書きたいのなら「ロールプレイ」することです。

 複数人がつどっている場合は「シミュレーション」を心がけてください。

「ロールプレイ」と「シミュレーション」の能力が、小説の出来を大きく左右します。

 そして一流の書き手は、暇があれば小説のいちシーンを脳内で「ロールプレイ」「シミュレーション」しているものです。

 だから連載小説や長編小説であっても物語が破綻しません。

 筆力を支えているのは「ロールプレイ」「シミュレーション」の能力です。

 もしこれらができなくて、それでも文章を書くのがうまければ、その作品は小説ではなく、ただの論文になってしまいます。



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