492.飛翔篇:主人公は読み手自身

 今回は「主人公は読み手自身」についてです。

 いかにすぐれた主人公を編み出しても、読み手が感情移入できなければ意味がありません。

 読み手が感情移入を続けるために必要なものはなんでしょうか。





主人公は読み手自身


 小説にはすべからく主人公がいます。

 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』ならラインハルト・フォン・ローエングラム、水野良氏『ロードス島戦記』ならパーン、神坂一氏『スレイヤーズ』ならリナ=インバース、川原礫氏『ソードアート・オンライン』ならキリト(桐ヶ谷和人)、渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』なら比企谷八幡といった具合です。

 物語の主人公は形こそ彼ら彼女らです。

 しかし真実の主人公は読み手自身であるという認識が、多くの書き手には欠けています。




主人公は読み手自身

 あなたが小説でどんなにカッコよく書いていようと、超絶スキルを持っていようと、逆にどんなにダサく無能力者であろうと、主人公は読み手自身なのです。


『銀河英雄伝説』では主人公の傍らにはいつも赤毛のジークフリード・キルヒアイスが付き従います。腹心の友であり、主人公ラインハルトの右腕として全幅の信頼を寄せられているのです。

 ですが前述したように当然ラインハルトは読み手自身ですから、読み手はキルヒアイスをこのうえなくたいせつな存在だと思います。だからこそ第二巻のラストに起きる出来事で、読み手自身の心に大きな穴を生じさせるのです。


『ソードアート・オンライン』では主人公がVRMMORPG「ソードアート・オンライン」に参加して、誰かがクリアするまでログアウトできず、ゲーム内で死ぬと現実でも死んでしまう「デスゲーム」に参加させられます。

 こちらも当然キリトは読み手自身ですから、β版から参加していて攻略手順に詳しいのです。そしてときにゲーム内最強集団「血盟騎士団」と共闘することもあります。しかし基本的に人付き合いが苦手なため通常はソロプレイに徹するのです。

 そんな中「血盟騎士団」副団長のアスナと次第に心を通わせていくことになります。キリトはあくまでも「器」であって、実際には読み手自身がアスナへ近づいていくのです。


『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』では主人公が生活指導担当教師の平塚静によって「奉仕部」に強制的に入部させられます。そこには才色兼備でありながらも人付き合いに不器用な雪ノ下雪乃がいました。典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」です。

 当然八幡は読み手自身ですから、読み手は友達を作らない「一人ぼっち」を極めようとしていましたが、話の流れで強制的に雪乃と接点を持たされます。

 これで読み手は雪乃とともに「奉仕部」として活動していくこととなるのです。




読み手は主人公に感情移入する

 なぜ主人公は読み手自身なのか。

 小説は読み手が主人公へ感情移入して読むものだからです。

 読み手が主人公と同化できない作品は、小説のようでいてただの文章にすぎません。

 もちろん主人公の一人称視点で書けば、それだけ読み手が主人公に感情移入しやすいので有利です。

 しかし三人称視点であっても、シーンによって主人公の一人称視点を取り入れることで、読み手が主人公に入り込みやすくすることもできます。

 最初から最後まで三人称視点で進めていってもかまわないのです。主人公が誰なのか。どういう人物なのか。事態にどう対処するのか。という部分を読ませて「主人公はこんな人物です」と読み手にアピールできれば、三人称視点でもじゅうぶん主人公へ感情移入させられます。


 読み手自身が主人公である「小説」は、主人公という「器」に読み手の心を入れ込んで作り上げられるのです。

 読み手にとっては意表を突かれるような展開を主人公が行なう場合。主人公がなぜそのような行動をとったのかを書き手は必ず説明しなければなりません。

 説明がなされなければ、読み手は主人公という「器」から弾き出されてしまいます。

 単に弾き出されただけなら、もう一度感情移入すればいいだけの話ですが、それほどの手間をかけてまで作品を読もうとする人は稀です。

「一度弾き出されたら読み手は二度と戻ってこない」くらいの覚悟を持って小説を書いてください。

 読み手の意表を突くという点では『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の比企谷八幡が好例でしょう。

 正攻法で問題を解決しようとする雪乃に対して、主人公の八幡はからめ手や邪道なやり方で解決してしまいます。

 その際著者の渡航氏は「どうしてそういう解き方をしたのか」を読み手にしっかりと説明しているのです。

 だから読み手が主人公の八幡から弾き出されません。かえって八幡への感情移入を深める効果が期待できるのです。


 読み手を主人公へ感情移入させるには、主人公が体験したことを余さず読み手へ伝えましょう。

 主人公は物語の中で読み手の「魂の容れ物」つまり「器」になります。

 だから主人公が体験したこと、見たり聞いたり感じたりしたものはすべて読み手が知っておくべきです。

 選択肢が現れればどのような理由で主人公がそれを選んだのか、読み手へ逐一報告しましょう。

 それが読み手が主人公へ感情移入して、読み手自身が主人公になる近道なのです。




主人公は隠し事なしで

 たとえば「主人公が超絶スキルを持っていた」ことを、「書き出し」の段階で書き及んでいない作品は駄作です。

 しかし「主人公は実は魔王の実子だった」ことは、「佳境クライマックス」まで隠しておいたほうが名作になります。

 なにが違うのかわかりますか。


 主人公が知っていて当然の事柄、この場合は「超絶スキル」を読み手が知らないなんてことがあってはならないのです。それでは読み手は主人公から弾き出されてしまいます。

 主人公自身が知っていることはすべて読み手に開陳してください。隠し事はいっさいなしです。隠すことで読み手の不信を招いてしまいます。

 読み手に楽しく作品を読んでもらうためにも、主人公自身が知っていることはすべて開陳しましょう。


 主人公自身も知らない事柄については、謎を明かされるまで読み手も知らないほうがよいのです。

 ただし「主人公は知らないけど、読み手は知っている」状態は簡単に作れます。

 三人称視点(空間にセンサーが存在しているタイプ)のシーンにして、主人公のいないところで真実を読み手に明かすのです。そうすれば「主人公は知らないけど、読み手は知っている」状態になります。

「主人公は実は魔王の実子だった」ことはインパクトを考えれば「佳境クライマックス」まで明かさないほうがいいのですが、そんなことよりも大きな出来事があるのだとすれば、この「秘密」は物語途中で読み手にだけは明かしてもかまいません。





最後に

 今回は「主人公は読み手自身」ということについて述べました。

 あなたは頭を悩ませて工夫を凝らした主人公の設定を決めたと思います。

 ですが最終的に読み手が感情移入できなければ意味がないのです。

「主人公は読み手自身」であることをつねに留意して執筆しましょう。

 そうすれば読み手が主人公という「器」に入り込みやすくなります。



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