493.飛翔篇:誘導を利用した伏線埋設

 今回は「誘導を伏線に利用する」ことについてです。

「廊下を走らないこと」と言われると、つい「走る」のが人間です。

 それはなぜでしょうか。誘導を利用して読み手へ伏線に触れさせるのも技術のひとつになります。





誘導を利用した伏線埋設


 ある文を見せると、読み手が定められた行動をとります。

 読み手を「誘導」するわけです。

 ではどんな文なら読み手を「誘導」できるのでしょうか。




誘導は提案である

A「廊下は走らないこと」

B「廊下は歩きましょう」

 Aは「禁止」、Bは「提案」です。

 では問題です。どちらの文がより人々に歩いてもらえると思いますか。

 答えはBです。

 仕組みはいたって簡単。

 実は「禁止」などの否定形の文章を書くと、その「否定された動作」が無意識に脳に刷り込まれます。

「走るな」と書かれていると頭の中の選択肢に「走る」が入ってしまうのです。

 たとえば「水玉のカバをイメージしないでください」と書いたとします。

 この字面を読んでいるとほとんどの方が無意識に「水玉のカバ」を思い浮かべたはずです。

「禁止」の否定形の文章を書くと、その「否定されたこと」が字面で書かれて表示されています。そのためどうしても無意識に「水玉のカバ」を思い浮かべようとしてしまうからです。

 日本語の場合、「禁止」の否定形で書かれたものは「肯定」の文章をイメージしてから「それではない」と言い聞かせることになります。

 つまり「○○ではない」と書けば「○○だ」を先に思い浮かべてから否定してしまうのが日本人なのです。


 その点「歩きましょう」と提案されれば、頭の中には「歩く」以外の選択肢がなくなります。

 これは「走る」という「行動を抑止」するために、「走る」を使わずに読み手を「誘導」する書き方です。

 移動するとき、飛行機がいちばん速いのですが、料金がかかります。

 そこで「大阪まで新幹線で行こう」と「提案」することで、「飛行機」や「高速バス」の選択肢を排除して、新幹線のみに絞り込めるのです。


 小説では、あらゆる可能性がありながらも、使える選択肢を限る必要があります。

 そうしないと「あれができるんじゃないか」「これもできるんじゃないか」と読み手に思われて、読み手が醒めて感情移入から飛び出してしまうからです。

 だから「このパターンとこのパターンがあるけど、どちらにする?」という具合に、最初から行動を制限してしまいましょう。




誘導は感謝である

 では似たような文を挙げてみます。

C「トイレはきれいに使いましょう」

D「トイレをきれいに使っていただきありがとうございます」

 昔のトイレといえば「トイレを汚さないでください」という張り紙が多かったものです。

 しかし今ではCやDの言いまわしが用いられています。

 前述したように「否定された動作」が無意識に脳に刷り込まれてしまうからです。

「汚すな」と言われると、頭の中の選択肢に「汚す」が入ってしまいます。

 そうなるとどうしても「汚して」しまうのが人間です。

 そこで「汚す」という単語を使わない言いまわしをする必要があります。

 CはBと同じく「提案」です。

 つまり「トイレはきれいに使うもの」という提案をしています。

 ではDはどうでしょう。

 Dは「感謝」です。

 人は事前に「感謝」されると、その期待を裏切るのが忍びなくなります。

 つまりCの「提案」よりも、Dの「感謝」は拘束力のある表現なのです。

 事前に「トイレをきれいに使っていただきありがとうございます」と言われてしまうと、汚すのが忍びなくなって、きれいに使うようになります。

 お店でクレームをつけてくる客をいなすときは「ご愛顧いただきありがとうございます」「いつもご利用いただきありがとうございます」という具合に、まず「感謝」から入りましょう。

 それだけでクレーム客の感情をいなすことができます。

 あとはクレーム内容を聞いて対処すればいいのです。




誘導を伏線に転用する

 これを応用すると、物語の伏線に使えます。

E「魔王は魔剣では斬れない」

F「魔王は聖剣でなければ斬れない」

G「魔王は聖剣なら斬れる」

 Eは単純な否定、Fは二重否定、Gは事実です。

 Eであれば「ではなにでなら魔王を斬ることができるのか」が読み手にはわかりません。

 しかしFとGであれば「魔王を斬るには聖剣が必要だ」という情報を受け取れます。

 物語が進んで聖剣を手に入れたとき、以前にFやGの文が書いてあれば「これで魔王が斬れる」と読み手の誰しもが考えられるのです。以前にEの文が書いてあれば「この聖剣はとりあえず今の剣よりは斬れそうだ」くらいには感じるでしょうが、「魔王が斬れる」という発想には直接結びつきませんよね。

 これが「誘導」することの意義です。

 ただし、アイテムの効能に意外性を出したい場合は、あえてEの「魔王は魔剣では斬れない」と書きます。そして聖剣を手に入れても「魔王に通じるかわからない」状態にします。魔王との直接対決に挑むときに聖剣を振るうことで魔王に傷をつけることができたら、意外性が生まれますよね。

 本来ならFかGの情報提示が必要なのですが、あえてEにすることで伏線として埋設することができるのです。


 たとえばお歳暮に「缶ビールの詰め合わせ」を受け取った男性が主人公だとします。

 意中の女性にプロボーズしたのはいいのですが、彼女の父親が頑として拒否しているのです。

 主人公としては彼女の父親を攻略したいのですが、打つ手なし。

 ですが彼女の父親が無類の酒好きであることを知り、お歳暮でもらった「缶ビールの詰め合わせ」を箱から出して持っていく。

 この「缶ビールの詰め合わせ」は当然伏線にするため、かなり前に埋設しておく必要があります。

 それさえしてあれば、効果的な伏線回収ができるようになるのです。





最後に

 今回は「誘導を利用した伏線埋設」について述べてみました。

 誘導には「提案」と「感謝」の二パターンがあります。

 物語を進めていくときに用いるのは、そのうち「提案」のほうです。

 「提案」をうまく用いれば、伏線として利用できるようになります。

 「魔王は魔剣では斬れない」という情報は伏線となり、聖剣を手に戦うときになって「魔王は聖剣なら斬れる」ことがわかれば、伏線を回収できるのです。



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