491.飛翔篇:初回は理解の階段を築く

 今回は「初回は読み手に予備知識がない」ことについてです。

 当たり前なのですが、小説を書くときはすぐに忘れてしまいます。

「剣と魔法のファンタジー」世界なら説明しなくてもわかるよね。

 そう思いがちです。私もそう思っていましたから。





初回は理解の階段を築く


 小説の初回投稿は、読み手を物語世界に引き込むための最初にして最高のアピールできる場です。

 初回で物語世界へと読み手を完全に引き込めなければ、読み手が満足しません。

 だから初回だけ読んで二回目以降は読まなくなるのです。




読み手に予備知識はない

 小説は基本として「読み手に作品世界の予備知識はない」ものだと認識してください。

 ハイファンタジージャンルだから、中世ヨーロッパ調の「剣と魔法のファンタジー」世界が舞台で、王国と帝国があって皇帝が悪逆非道を働いて王国に侵攻している。皇帝が実は魔王で、帝国軍は魔物が主戦力である。エルフ族やドワーフ族やホビット族などがいて、最初の魔物としてゴブリン、コボルト、オークが出てくる。なんていうJ.R.R.トールキン氏『指輪物語』の世界観を土台にした物語世界ばかりではないのです。

 堀井雄二氏のエニックス『DRAGON QUEST』のようなかわいいスライムが登場する世界観を土台とした物語世界も見受けられます。

 むしろそうした物語世界に設定してしまえば、説明の手間が大幅に省けるくらいです。

 だからどのハイファンタジー小説の読んでもエルフ族が出てくるし、ゴブリンが最初の敵として現れてしまうのです。

「ハイファンタジー」というジャンルは本来「空想科学(SF)」と同じで、書き手によって登場する人種が異なるはずですし、そもそも地球ですらないのかもしれません。

 それを『指輪物語』『DRAGON QUEST』の世界観を土台にして物語世界を創ってしまうとどうなるか。ほとんどの書き手がまったく同じ世界観を共有してしまうことが多発してしまいます。

 ここまでは「同じ世界感を共有している」作品について見てきました。

 こういった作品は取り立てて「世界観」「物語世界」の説明をする必要がありません。

 ただ説明したほうがより親切です。




オリジナルな物語世界は書き出しで説明しない

 では「まったくオリジナルな、または大半がオリジナルな世界観を土台にした物語世界」の場合、読み手にどう説明したらよいのでしょうか。

 物語世界の説明をしなければ、読み手にはなにがなんだかわかりません。

 だからといって「書き出し」から物語世界の説明だけをして初回を終えてしまうと、読み手が感情移入するための主人公が出てこないという事態も発生します。

「空想科学(SF)」の「宇宙」ものとして田中芳樹氏『銀河英雄伝説』を例に挙げます。

 第一巻の「書き出し」は「プロローグ」として、銀河の歴史(人類の銀河への進出の歴史)を延々と語っていて、結局主人公が登場しないまま「プロローグ」を終えてしまいました。

 今これを小説投稿サイトでやると、確実に初回切りされます。

 なぜ『銀河英雄伝説』はこれでも人気が出たのか。

「単行本描き下ろし」だったからです。つまり「プロローグ」が退屈なら飛ばして「第一章」から読めばいい。人類が地球から巣立ち、銀河の星々に広がっていった歴史的背景なんて作品を読むとき、とくに必要性がありませんからね。

 小説投稿サイトでいえば、初回投稿の分量を増やして冒頭で延々と「物語世界」を語ってしまう作品といえます。

 しかし実際に小説投稿サイトでそれをやると、肝心の本編に入る前にWebブラウザの「戻る」ボタンで「回れ右」されるのです。

 理不尽かもしれませんが、そんなものだと思ってあきらめてください。




オリジナルな物語世界を伝えるには

「まったくオリジナルな、または大半がオリジナルな世界観を土台にした物語世界」を読み手に伝えるにはどうすればよいのでしょうか。

 真っ先に主人公を登場させてください。そして主人公周りの物語世界を手早く語ります。主人公はたいてい移動しますから、移動に合わせて物語世界の説明を広げていきます。

 地球から小惑星帯アステロイド・ベルトにある小惑星リュウグウへ向かったJAXAの「はやぶさ2」が主人公なら、まずは種子島宇宙センター大型ロケット発射場でH−IIAロケット26号機に収納された状態で物語が始まり、すぐに打ち上げられて成層圏を突破し宇宙空間へと飛び出します。そして火星と木星の間にある小惑星帯アステロイド・ベルトを目指して飛行を開始します。この過程で地球と宇宙空間と小惑星帯アステロイド・ベルトまでの物語世界を順に読み手に読ませればよいのです。

 地球から小惑星帯アステロイド・ベルトまでを語ればいいので、木星よりも外側について説明する必要はありません。

 地球の重力を生かしたスイングバイによって解き放たれた「はやぶさ2」は、その後2年半かけてリュウグウへと到着しました。この時間を利用して物語世界を説明し、「はやぶさ2」の使命ミッションを語りましょう。

 つまり初回の投稿では主人公を登場させて、すぐに動かしてしまいます。そして動き終えるまでに適宜物語世界を説明していけばいいのです。そして主人公にもう一度切り替えて次回への惹きを作って終わります。




朝起きてはやめよう

 現代を舞台にした小説では、かなりの確率で朝起きたところから書いている作品に出くわします。

「ふと目を覚ますと〜」や「ピピピッ、ピピピッ、……。電子時計のアラームが鳴り響く。……」といった文章を書いてしまいがちです。

 別に「朝起きて」を批判しているのではなく、ちょっと安直だなと思います。

 またほとんどの「異世界転生」ものは冒頭で説明もなく、突然主人公が死にます。

「異世界転生」という特殊な状況を考えると、生前のことを書く必要性を感じないのでしょうか。

 ですが、子どもを助けて事故死とか自殺のために橋から身を投げるとか、とにかくいきなり死ぬのはいかがなものかと思わずにいられません。

 最低でも現実世界ではどのような生活を送っていたのか、くらいは説明してほしいところです。

 そうしないと主人公へ感情移入がしづらくなります。

「朝起きて」から始めるのであれば、現実世界での主人公の境遇をしっかりと描写しておくべきです。そこを疎かにすると展開が急すぎて、読み手が話についてこれなくなります。「朝起きて」から始めることで、読み手が「回れ右」をしやすくなるのです。

 真っ先に主人公を登場させるために、「朝起きて」というところから書いていたのではまったく意味がありません。

 主人公を出したらなにか出来事を起こし、主人公がそれに対処するさまを書くべきです。

 それは「朝起きて」ではありません。

 前述した「子どもを助けて事故死」や「自殺のために橋から身を投げる」といった手垢だらけの出来事もオススメできないところです。

 ありきたりな「書き出し」によって読み手が「またか」と思ってしまったら、そこで書き手の負けが決定します。

「異世界転移」であれば、現実世界と直結していますからきちんと説明してあることが多いのです。

「異世界転生」を生かすには、現実世界で主人公のスペックがどの程度あったのか、という部分の描写はあったほうが断然よい。

 その落差や格差の意外性で読み手の食いつきが変わってきます。その点は「異世界転生」に似たテンプレートの「悪役令嬢」も同様だと思います。


 どんな小説にも言えますが、「書き出し」で「朝起きて」はやめましょう。

「起きたら記憶がなかった」というのはゲームでもよく見られるテンプレートなので避けたほうがよいと思います。




理解の階段を築く

 初回は読み手にも作品の予備知識はありません。「あらすじ」で初回の内容を丸々書かない限りですが。

 予備知識のない読み手に対して、主人公や物語世界を認識してもらうには、「理解の階段」を築く必要があります。

「理解の階段」とは、初回の投稿ぶんだけで主人公のことや物語世界のことについて必要なものを説明するための段階のことです。

 まず主人公を出します。これで読み手を主人公に注目させるのです。

 主人公周りの物語世界について手短に説明していきましょう。

 そして主人公を動かします。読み手は主人公を気になりだします。

 主人公の動きによって空間が生まれるので、広がった空間部分の物語世界をこちらも手短に説明するのです。

 そしてもう一度主人公に戻して、次回への惹きを作って初回を終えるのです。


 初回で物語世界のすべてを語る必要はありません。

 あくまでも主人公周りのことを説明できていたらよいのです。

 初級者・中級者の方は、どうしても初回でできるだけ歴史や世界観といった物語世界の情報を説明し尽くしたいと思ってしまいます。

 上級者ともなれば、「初回で説明できる情報は限られる」ことに留意すべきです。

 なんでもかんでも初回に詰め込んでしまうと、読み手は設定資料集を読まされているような気になります。

 そうではなく、あくまでも主人公主体に描写をしていき、その周辺の物語世界だけを説明していくのです。

 そうすれば自然と「理解の階段」は築けます。

 主人公の目を通じて世界を見、耳を通じて世界を聞く。五感を通じて物語世界を開陳していけば、その時点での物語世界は過不足なく説明できるのです。

 主人公の動きによって物語世界が開けてくれば、必然として段階的に物語世界を読ませられます。


「剣と魔法のファンタジー」の物語世界には「王国」「帝国」「公国」などが存在し、主人公が「王国」に属する人物である場合。「書き出し」はたいてい「王国」から始まるはずです。

 ときに「帝国」へ乗り込んで奮戦しているところから「書き出し」てもかまいません。その場合は「主人公」と「帝国」の現状を説明し、なぜ「王国」に属する「主人公」が「帝国」へ乗り込んでいるのかその理由を書くのです。これで「主人公」「帝国」「王国」の情報を段階的に説明できます。そして初回の時点では「公国」などの説明をしなくてよいことに気づくはずです。

 すべての情報をいっぺんに語る必要なんてありません。

 必要に応じて開陳していけばいいのです。

 もし「公国」などについて述べたいときは、説明は次回にまわして、初回の末尾に主人公が「公国」に行くよと惹きを作りましょう。





最後に

 今回は「初回は理解の階段を築く」ことについて述べました。

 初回投稿で物語世界をすべて説明したがるのは中級までにしましょう。

 上級ともなれば、必要となった情報のみを説明していくだけでよいのです。

 私はコラムNo.8「舞台設定は必要最小限に」のときから「舞台設定は必要になったときに追加していけばいい」としていました。

 それも突き詰めれば今回の内容のために書いたことなのです。

「書き出し」はまず主人公やその周りから始めること。ただし「朝起きて」は避けること。

 それだけで、読み手を惹き込める初回投稿が出来あがります。

 初回投稿で「回れ右」されないためには、物語世界の情報を詰め込みすぎないことです。

 詰め込むよりも、読み手が感情移入するための主人公を丁寧に描写してください。

 そして次回への「惹き」を作って初回投稿を終えれば、次回投稿を読んでくれる率がぐんと上がりますよ。



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