476.飛翔篇:書きたいよりも読みたい文章を

 今回は「読み手目線」についてです。

 書き手はつい「書き手目線」で小説を書いてしまいます。

 しかし読むのは当然読み手ですから、「読み手目線」で書かないと文章を理解してくれません。

 どうすれば「読み手目線」で書けるようになるのでしょうか。





書きたいよりも読みたい文章を


 小説に限らず文章というものは、書き手が書きたいことを書くのではなく、読み手が読みたいことを書くのが「読まれる」コツです。

 読み手が読みたくなる文章はどのように書けばよいのでしょうか。




読み手目線で書く

「俺は痛みに耐えていた。」という一文があったとします。

 ひじょうに簡潔な文であり、わかりやすそうに見えるはずです。

 これくらい簡潔なら読み手に誤りなく伝わるだろうという目論見を立てています。

 ですがこれは「書き手が書きたいことを書いた」だけです。

 読み手が読めば「だからなに?」以外の情報しかありません。

 中級の方は例文「俺は痛みに耐えていた。」を手直しするなら、それは「どんな痛みか」を具体的に書けばいいと思っていませんか。

「俺は焼印を額に押し当てられる痛みに耐えていた。」とすれば前より情報量が増えたので、読み手に伝わった印象を受けるはずです。

 ですがこれでも伝わっていません。

 この一文に決定的に欠けているものに気づけていますか。

「なぜ焼印を額に押し当てられなければならないのか」という「出来事イベント」が起こった「原因(理由)」が欠けているのです。

「俺は商人に便宜を図る見返りとして賄賂を受け取っていた。その罪の証として焼印を額に押し当てられる痛みに耐えていた。」

 これで「なぜ出来事が起こった」のか「原因(理由)」がはっきりしましたね。

「読み手目線で書く」のなら、文の因果関係をはっきりさせましょう。


 小説の書き出しで「俺は痛みに耐えていた。」とだけ書く人が結構います。

「どんな痛みなのか」や「なぜ痛みに耐えないといけないのか」といった情報は、続く文章で書けばいいと思っているのです。

 この書き出しは読み手目線で読むと、前述のとおり「だからなに?」としか感想を持ちません。

 続きを読もうという気にならないのです。

「書き出しはできるだけシンプルにして、疑問を持ってくれたほうが先を読んでもらえる」と考えるのは中級までの発想です。

 上級として「読み手目線で書く」のなら、「書き出しで疑問を抱かせるなら『なぜ』の一点に絞り」ましょう。

「俺は焼印を額に押し当てられる痛みに耐えていた。」とすれば「なぜそんなことになったのか」だけが読み手の疑問になります。「どんな痛みか」は述べられていますから「なぜ出来事イベントが起こった」のか「原因(理由)」だけが疑問として残るのです。


 文豪の太宰治氏『走れメロス』の書き出しは「メロスは激怒した。」ではないか。

 中級の方はそう思われますよね。

 これは「どんな怒り方なのか」を「激怒した」に集約してあるので、読み手が感じる疑問は「なぜ激怒した」のかその「原因(理由)」だけです。

「理由」は続く文章で明らかにされています。

 だからこの「書き出し」は「読み手目線で書い」た文なのです。


 欠けている情報は「なぜ」ひとつに限るべきです。

 そうすると読み手は「なぜそうなったのだろうか」とひとつのことだけを疑問に持ちます。

 読み手は「ひとつのなぜ」の答えを、続く文を読む前から瞬時に数パターン思い描くのです。

 そして続く文を読んで「だからそうだったのか」と疑問が解消されてすっきりします。

 書き出しの「ひとつのなぜ」を、続く文で「解消」するだけで、読み手に苦もなく二文読ませることができました。しかも「疑問」を「解消」したことで多少なりとも満足感があるのです。

 すると読み手は「次の文も読んでみるか」と気を良くするので、そこから物語を本格的に進めていけば、「読み手目線で書い」た書き出しとして合格点でしょう。




読み手はどんな人なのか

「読み手目線で書く」には、想定される読み手を明確にしておく必要があります。


 たとえば中高生に「ボルドーワインの豊かな味わい」「松田優作のような見た目」「尾崎豊のような歌声」と例示しても、その比喩を具体的に思い浮かべられる読み手はまずいませんよね。中高生はアルコール禁止ですし、松田優作氏も尾崎豊氏も中高生が生まれる前に亡くなっています。

 これを「クリームソーダの爽やかな味わい」「鈴木亮平のような見た目」「三浦大知のような歌声」なら中高生が容易に想像できるはずですよね。

 読み手はどんな人なのか。そこを明らかにすることで比喩のたとえ方が異なってきます。


 逆に高齢者に「彼とLINEで連絡をとり、無事が確認できたので『よかった』のスタンプを貼った。」という文が理解できるでしょうか。

 まず「LINE」がスマートフォンのアプリであることを理解しているのかから検証しなければなりません。まぁPCのアプリにもなってはいるのですが、今回はスマートフォン限定ということで。それでも「スマートフォン」自体を知らない高齢者もいるんですよね。

「LINE」を知っていたら、次に「スタンプを貼る」という行為がどんなことなのか理解しているか検証する必要があります。

 中高生向けのライトノベルであればほとんどの方が経験済みなので「説明不要」でかまいません。

 ですが幅広い年代層が読む大衆小説や年齢層の高い文学小説であれば、「LINE」も「スタンプ」も高齢者にもわかるような説明をしなければならないのです。

 読み手はどんな人なのか。そこを明らかにすることで専門用語の説明が必要かどうかが異なります。


 料理を作らない人に「お米を一合持ってきてください。」と言っても伝わりません。

 お酒を飲まない人に「大吟醸を一升飲み干した。」と言っても、どのくらいの量か伝わらないのです。

 読み手はどんな人なのか。そこを意識することから「小説の書き方」も変わってきます。





最後に

 今回は「書きたいよりも読みたい文章を」について述べました。

 書き手が書きたいように書いて、それで読み手に伝われば苦はないのです。

 ですが、そんな文章はたいてい評価されません。

 読み手が読みたいものとは乖離しているからです。

 書き手が気にすべきは「読み手が読みたいもの」を書く、という一点。

 文筆業はサービス業です。

 読み手がいなければ「プロの書き手」という職業は成立しません。

 それでもあなたは「書きたいように書く」ことにこだわりますか。

 戦略的に選んでください。

「読み手が読みたいもの」を書くのか「書き手が書きたいもの」を書くのかを。



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