397.深化篇:出来事とは

 今回は「出来事イベント」についてです。

「エピソード」の中で起こる「出来事イベント」にはどんなものがあるのでしょうか。





出来事イベントとは


 この連載もとても長く続けているのですが、語り忘れる事柄というものはいくつもあるものですね。

 今回はこれまで語り忘れていた「出来事イベント」について述べていきます。

 私は「あらすじ」の段階でエピソードとは「出来事イベントが起きる」か「出来事イベントを起こす」かしたものとその結果と書いてきたのです。

 では肝心の「出来事イベント」ってどんなことなのだろう、と思ったままここまで読み進めてこられた方もおられると思います。




状況や設定を読み手に理解させる

 エピソードが始まってその結果、状況や設定などを読み手に伝える「出来事イベント」があります。

「砂漠を冒険しているが、オアシスはいっこうに見えてこない」「海賊が現れて倒すが、実は国王が海賊の後ろ盾だった」「田んぼで稲を収穫するが、九分の一は領主に税として納めなければならない」といったものですね。

 小説では読み手にすんなりと世界観・舞台や主人公の置かれている状況を読ませる必要があります。

 しかしそのために「説明」文を長々と書くのは、「私は考えなしに小説を書いています」と白状しているようなもの。

 本来世界観・舞台などの設定や、主人公が置かれている状況などは「出来事イベント」としてエピソードで読ませるべきなのです。

 そしてそれは「主人公の行動によって」わかるようにします。

 主人公を動かしたら、周りの状況や設定といったものを都度説明し、「出来事イベント」の顛末で読み手に「こういう世界観なのか」「こういうことだったのか」と納得してもらうのがベストな書き方です。

 上記の「田んぼで稲を収穫するが、九分の一は領主に税として納めなければならない」は「井田(せいでん)」と呼ばれる古代中国・周の時代に生み出された制度です。

 庶民は土地を九つに分割し、中央を「公田」、周囲の八つを「私田」として八家族で稲作に勤しみます。

 そのうちの中央の「公田」は八家族が共同で生産にあたり、その収穫は丸々税として納められたそうです。

 かなりわかりやすい税制だと思います。

 こういうことをただの村人だった主人公が、冒険者として村から旅立つエピソードの中に入れ込んでしまうのです。

 世界観・舞台や主人公の置かれている状況を過不足も違和感もなく「説明」することができます。




環境を活かした展開をさせるため

 エピソードが始まってその結果、環境を活かした展開をさせる「出来事イベント」もあります。

 たとえば「砂漠なので、炎の魔法が強化される」「沼地なので、敵軍の行動を阻む障害として活用する」「高緯度なので、氷と雪を使って一夜で城を築く」といったものですね。

 前述した「状況や設定を読み手に理解させる」で状況や設定を提示したら、それを活かした展開を考えてください。

「なぜこの状況にいるのか」「なぜ砂漠にいるのか」といった疑問は、それを活かした展開にすることで解決されます。

「高緯度なので氷と雪を使って一夜で城を築く」のは、中国三国時代に蜀の軍師だった諸葛亮孔明が用いた手段だとされています。

 寒風吹きすさぶ山間の地に、骨組みをこさえてそこに水をかけまくったのです。

 これにより一夜にして氷の城が完成しました。

 魏軍はこれに驚いて撤退したそうです。


「沼地なので、敵軍の行動を阻む障害として活用する」は田中芳樹氏『西風の戦記』という単巻の長編小説で用いられています。

 巧みな人物というのは、環境やその場にあるものを有効活用できる柔軟な思考力がなければなりません。

 そのためには書き手にも柔軟な思考力が求められます。

 書き手の思考力が固いのに、登場人物が柔軟な思考力を持ち合わせることなどありえません。

 もし諸葛亮の用いた「氷の城」が創作の賜物であれば、それを『三国志演義』で書いた羅貫中氏に柔軟な思考力があったということです。

 田中芳樹氏に柔軟な思考力があったから『西風の戦記』では土地の特性を活かした戦い方を、読み手に披露してみせました。

 田中芳樹氏は代表作『銀河英雄伝説』においてもしばしば「環境を活かした展開」を描いています。

 つまり田中芳樹氏の思考力はかなり高度な柔軟性を持っていることになるのです。




人物の性格を読み手に理解させる

 エピソードが始まってその結果、登場人物の性格が読み手に伝わる「出来事イベント」もあります。

「怖い雰囲気を醸し出しているが、実はとても繊細だった」「いつも強気だが、涙もろかった」「男性の前ではおしとやかにしているが、実は豪放磊落ごうほうらいらくだった」といったものですね。

 たとえば不良少年として登場してきたキャラが、捨てられた子猫を見つける出来事イベントが起こります。そうして「捨てられた子猫にミルクを与えている」「新しい飼い主を探して訪ね歩いている」「学校に連れてきて飼育してもらえないか交渉している」なんていう「エピソード」であれば、そのキャラの「実はやさしかった」という性格が読み手に伝わるでしょう。

 これは少女マンガに多いパターンだと思います。

 キャラの二面性や多面性を描き出す「エピソード」になりますから、同じ人物で何度も「エピソード」を起こして性格を出していけば、より真実に近い性格が見えてくるのです。

 「虎の威を借る狐」という故事成語があります。

 狐が「俺は皆から恐れられているんだぜ」と虎に話して、「嘘だと思うのならついてきなよ」という流れです。

 すると出会う動物たちが皆、恐れている。

 その様子を見た虎が「狐って本当に恐れられているんだね」と納得します。

 しかし実際には皆、狐の後ろにいる虎を恐れていたのです。

「皆から恐れられているんだけど、それは後ろにいる虎を恐れていただけ」という狐の性格を表す「エピソード」になっています。


 寓話『カチカチ山』では、ウサギがタヌキに騙された老夫婦の仇を討つべく行動するお話です。

「義憤を感じたので、騙したタヌキを騙し返して仇を討ちたい」というウサギの性格が現れています。


 ライトノベルでは「ツンデレ」「ヤンデレ」といったキャラの二面性を表すキーワードを「出来事イベント」として読ませて理解させようとするのです。

 伏見つかさ氏『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は兄・高坂京介を遠ざけている妹・高坂桐乃が、実は「妹萌え」の男性向けエロゲーを愛好しているという二面性が描かれています。




目標達成に必要な情報や手段を入手する

「エピソード」が始まってその結果、目標達成に必要な情報であったり手段であったりを手に入れる「出来事イベント」もあります。

 たとえば「この剣を引き抜くことができたら、この国の王になれる」「賢者の館を訪れたら、遠見の水晶を手に入れた」「黒騎士と戦って、勝ったらラスボスの弱点を聞き出せた」といったものですね。

 小説を先に進めるのは「伏線」「キーアイテム」の働きにかかっています。

 先々の目標の攻略に有効な情報や手段といったものが「伏線」「キーアイテム」という形で示されるのです。


 水野良氏『ロードス島戦記』で主人公パーンは、父親が聖国ヴァリスの聖騎士であった「伏線」のために、身に着けている形見の鎧を「キーアイテム」に設定しています。

 そして物語が進み、パーン一行が「帰らずの森」を抜けたところで偶然とはいえヴァリスの王女フィアンナを救出するのです。

 フィアンナを奪還するために追いかけてきたヴァリスの聖騎士団たちは、パーン一行が誘拐犯だと思い込みます。

 しかしパーンが形見の鎧を証として父が元聖騎士であったことを証明するのです。

 これによりパーン一行は賓客待遇でヴァリスに入国することができました。

 また大賢者ウォートが住む賢者の塔へと赴いた際に、「灰色の魔女」カーラと対面します。

 ウォートからカーラ攻略のための情報「カーラの意志はサークレットにあること」と「キーアイテム」として「魔法封じの杖」を手に入れるのです。

 見事な「伏線」「キーアイテム」の使い方だと思います。




主人公陣営を強化する

 まずなにか「エピソード」が始まります。

 その結果として「主人公陣営」を強化する「出来事」もあります。

「仲間が増える」「実力が高まる」「強い武器が手に入る」といったものですね。

 たとえば窮地に陥った人物を助けたら、感謝として冒険者パーティーに加わりたいと申し出ます。

 これによって主人公陣営は強化されるのです。

 このパターンはジャンプマンガやゲームではほぼ鉄板の展開になります。


 典例としては童話『桃太郎』がわかりやすいですね。

 桃太郎がきびだんごと引き換えに、犬・猿・雉を次々と仲間にしています。

 このエピソードは単純に「仲間が増える」パターンですから「主人公陣営を強化する」出来事イベントです。

 また助けられたフリをして冒険者パーティーの仲間入りをして、最終局面で裏切る人物も当然のように存在します。


 また変な老人の言うとおりにしていたら実力が高まった、というのもよくある展開です。

 典例は香港人映画スターであるジャッキー・チェン氏の初期作である『酔拳』を挙げましょう。

 お山の大将だった主人公がある日父に説教されます。

 憂さ晴らしに食べ物屋に行き、その場にいる「とある人物の連れ」ということにしてタダ飯を食おうとするのです。

 しかしその人物が実はその店の息子で、用心棒から殴る蹴るの暴行を受けることになります。

 そんな中で青年を助けたのが「変な老人」です。

 そして「変な老人」に見込まれて変な特訓を受ける羽目に陥ります。

 しかしそれが秘拳とされる「酔拳」の特訓だったのです。

 父を害された青年は習いたての「酔拳」を駆使して見事仇討ちに成功します。




主人公陣営を弱化する

 また「エピソード」が始まって、その結果「主人公陣営」を弱化する「出来事イベント」もあります。

「ケガをする」「仲間が離脱する」「切り札を失う」といったものですね。

 たとえば窮地に陥ったパーティーが起死回生の策に打って出ますが、結果としてメンバーのひとりが死んだり大ケガをして一時退場したりします。

 これによって主人公陣営は弱化されるのです。

 これもジャンプマンガやゲームではお馴染みだと思います。

 面白いもので童話・寓話の類いだとこの「主人公陣営が弱化する」という鉄板パターンがほとんど用いられていないのです。

 手に入れる例には事欠かないのだけど、失う例が極端に少ないのです。

 たとえば童話『花咲かじいさん』は愛犬を殺されてしまい、灰にしてまだ咲いていない桜の樹に撒いたら満開になったという展開があります。

 この場合「愛犬が殺される」ことが「失う」ことなのですが、それを巧みに「伏線」へ転じているのです。

 だから「失う」というイメージが薄くなっています。


 マンガの和月伸宏氏『るろうに剣心〜明治剣客浪漫譚〜』では主人公の緋村剣心は愛用の「逆刃刀」を壊されてしまいます。

「逆刃刀」を鍛えた人物へ会いに行きますがすでに死去しており、その息子が最後の名刀一本を剣心に渡しませんでした。

 すると志々雄真の仲間である「十本刀」の張がその最後の名刀を求めて彼らはピンチに陥るのです。

 剣心を信じた刀匠の息子は最後の名刀を剣心に託します。

 それを使って張を退けますが、その名刀こそ「逆刃刀・真打ち」だったのです。

 この場合はまず「逆刃刀」という切り札を失う「出来事イベント」が発生し、続いて「逆刃刀・真打ち」という新たな切り札を手に入れる「出来事イベント」が発生したことになります。

 ジャンプマンガではこのように、失ったものを新たに取り戻す展開として書かれることが多いですね。




読者サービスのため

「エピソード」が始まって、その結果とくに物語の進展に寄与しない「出来事イベント」もあります。

「人身売買組織を打倒したら、人質だった多くの女性たちとお友だちになった」「体育の授業を受けたら、ちょうど水泳の日だった」「雨に降られて友だちの家に連れてこられ風呂に入るよう促されて浴室に入ったら、友だちの姉が先に風呂に入っていた」といったものですね。

 これらは物語の進展にはほとんど寄与しません。

 単なる「読者サービス」のための「出来事イベント」です。

 小説に「読者サービス」が必要なのかは小説の長さによります。

 短編小説に「読者サービス」を入れると単に分量が増しただけで終わってしまうものです。

 長編や連載であれば、長々と集中して読んでくれている読み手に対して「読者サービス」を入れることでリラックスさせ、仕切り直して本題を追うこともできます。

 ボリュームのあるゲームなどには必ずと言っていいほど「遊戯者サービス」と呼べるようなエピソードを差し挟んでいるのです。

 連載が長引いて複数巻に及ぶようなら、適度に「読者サービス」を入れて読み手をリラックスさせてください。

 重い話が続きすぎると、読み疲れるだけでなく精神的に重苦しく感じてしまいます。

 適度に軽い話やサービス話を入れることで、そういった負の要素を解消するのです。

 こういった配慮のできる書き手は、多くの読み手から支持されます。





最後に

 今回は「出来事イベントとは」ということについて述べてみました。

 今まで一言「出来事イベント」と呼んできたものは以上のような内容を持っています。

 しかもたいていはこれらを組み合わせて用いられるのです。

 その組み合わせ方は書き手の発想力ひとつでいくらでも生み出せます。

 ただしあまり詰め込みすぎないでください。

 情報量が多くなりすぎて読み手が疲れてしまいますからね。



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