337.執筆篇:読み手には読まない選択肢がある

 今回は「読まない権利」についてです。

 読み手は必ずすべての小説を読む義務などありません。

 読まない小説のほうが圧倒的に多いのです。





読み手には読まない選択肢がある


 書き手は「必ず読み手が読んでくれるもの」だという前提で小説を書きます。

 しかし読み手はあなたの書いた小説を「読まない」という選択肢を持っているのです。

 一度「読まない」と決められてしまえば、その後にどれだけ努力をしても「読まない」読み手は二度と戻ってきません。

 読み手が持つ最強の武器(権利)が「読まない」なのです。




読まないと思われたら負け

 たとえば書店で太宰治氏『人間失格』が目に入り、冒頭の一ページに目を通してみる。

 旧仮名遣いで書かれていてなにが書いてあるのか意味がわからない。

 書籍を書棚に戻して別の書籍を探し始めます。

 そして二度と『人間失格』を手にとることはないのです。

 読み手に「意味がわからない」と思われた時点で『人間失格』の負けだと言ってよいでしょう。

 小説を「読む」「読まない」を決定するのは、あくまでも「読み手」です。

 書き手は冒頭の一ページで「意味がわからない」と思われない文章を書くことしかできません。

 しかしこれが難しいのです。


 ライトノベル全盛期ですから、今の中高生は結構小説を読みます。

 でも先ほどの『人間失格』や夏目漱石氏『坊っちゃん』、川端康成氏『雪国』などは読みません。

 なぜだと思いますか。

「旧仮名遣い」という時点で読めないからです。

 今どき「旧仮名遣い」の小説が読める中高生なんてたかが知れています。

 それでも受験対策のために読まなければならない場合もあるのです。

 教科書に掲載されていたり塾講師から指定されていたりした小説なら読みます。

 でも「嫌々」ですから読んでいてまったく楽しめません。

 だからこそライトノベルが売れて、文学小説やエンターテインメント小説(大衆小説)は売れなくなっているのです。

 ライトノベルは「読む」けど、他は「読まない」と思われています。

 ライトノベルの他はすべて「読まない」と思われていますから、売れるはずがないのです。

 そんな中で記録的に大ヒットした小説があります。

 本コラムではもう鉄板になりましたね。

 芥川龍之介賞を獲得したお笑い芸人ピースの又吉直樹氏『火花』です。

 なぜ『火花』は中高生に読まれたのでしょうか。

 理由はいたって単純で、「お笑い芸人が書いたから面白いに違いない」という中高生の思い込みです。

 もし芥川龍之介賞を獲得したらたちまち売れていくものだと仮定すると、又吉直樹氏と同時受賞した羽田圭介氏『スクラップ・アンド・ビルド』も同じくらい売れていなければなりません。

 でも実際には天と地ほど売上に差が生じています。

 羽田圭介氏には悪いのですが中高生が「面白い」と思えなかったから『スクラップ・アンド・ビルド』は「読まない」でいいと判断されたのです。




読みたい選択肢

 読み手に「読みたい」と思わせる小説が書ければ、売れていくはずですよね。

 ではどうやって「読みたい」と思わせるのか。

 これは「紙の書籍」(電子書籍を含む)と小説投稿サイトでは若干の違いが現れます。


「紙の書籍」は表紙や背表紙を見て「タイトル」と「作者名」をチェックされます。

 表紙なら絵柄やキャラが好きかどうかも重要ですね。

 そこで読み手の心にヒットした書籍が手に取られます。

 そしてページを開いて冒頭の一ページを読むのです。

 いや、正確には「冒頭の一ページを見る」のです。

 読み手はまず「ページの濃さ」をチェックします。

「漢字とかなの割合」と「適度にいてページの下側に隙間があるか」と「一文の長さつまり句読点が読みやすいところに打たれているか」が一瞬でチェックされるのです。

 つまり適度に「ページが淡い」書籍が勝ち残ってさらに続きを読まれ、「ページが濃い」書籍は元の位置に戻されます。

 続きが読まれたら、いかに主人公と世界観・舞台を読み手に伝えられるか。そこが問われます。

 読み手が小説に惹き込まれていったら、その小説はレジに持っていかれるのです。

 レジに行くまでに三回チェックが入りましたね。

 表紙や背表紙で「タイトル」と「作者名」と「表紙絵柄」をチェック。

 「ページの濃さ」をチェック。

 「冒頭から小説に惹き込まれるか」をチェック。

 この三つがすべてクリアされて初めて紙の書籍は売れていきます。

 電子書籍は「冒頭から小説に惹き込まれるか」をチェックできるように、「サンプルを入手」「冒頭お試し」などの形で小説の冒頭数ページを読み手が読めるようになっているのです。

 そこで気に入ったら購入すればいいですし、気に入らなければサンプルを削除するだけで済みます。

 それ以外は「紙の書籍」の手順となんら変わりがありません。


 では「小説投稿サイト」ではどのようにして読み手は「読みたい」小説を見つけているのでしょうか。

 まず「ジャンル」によってふるいにかけます。ジャンル検索をするんですね。

 さらに「キーワード」を使ってさらに細かくふるいにかけます。

 これで読みたい「ジャンル」で「キーワード」が含まれる小説が検索結果に出るのです。

 ここまでは小説投稿サイトの機能の問題であり、書き手の関与する余地がありません。

 せいぜい読みたくなるような「キーワード」をたくさん設定して検索のふるいで残るようにすることくらいです。

 そしてここからが紙の書籍と異なります。

 小説投稿サイトでは「タイトル」こそ注目を集めますが、ほとんどの読み手は「作者名」をチェックしていません。

 では「タイトル」だけで判断しているのかというとそうでもないのです。

 小説投稿サイトで「タイトル」と同時にチェックされるのは『小説家になろう』なら「あらすじ」、『ピクシブ文芸』なら「キャプション」と呼ばれる部分です。

「紙の書籍」では手に取られたらすぐに小説の冒頭ページを読みますが、小説投稿サイトでは「あらすじ」「キャプション」を先に読みます。

 そして「あらすじ」「キャプション」で面白いと思われたら、初めてあなたの小説のページへとジャンプしてくるのです。

 ここで閲覧数(PV)がカウントされます。

 そして第一回の投稿をクリックして「冒頭ページ」をチェックするのです。

 チェックされるのは紙の書籍と同様「ページの濃さ」になります。

 文字が隙間なくびっしりと詰まっていて漢字が多いと「ページが濃く」なってしまい、読み手は「これは読むのに骨が折れそうだからパスしよう」と思われるのです。

 つまり「紙の書籍」でいう書棚に戻されます。

 適度に「ページが淡い」と判断されたら冒頭の試し読みがスタートするのです。

 小説投稿サイトに投稿される小説は、ほとんど改行だらけ。

 なぜかというと適度に「ページが淡い」と思われたいからです。

 そして内容がよければブックマークに入れられますし評価も付いて、あなたの小説を継続的に読んでくれる人数が増えます。

 つまりレジに持っていかれるわけですね。

 ここまでのチェックは四回あります。

「ジャンル」と「キーワード」による検索。

「タイトル」と「あらすじ」「キャプション」によるチェック。

「ページの濃さ」をチェック。

「冒頭から小説に惹き込まれるか」をチェック。

 この四つを経て初めてあなたの小説が読み手に読まれるのです。

 クリックされて閲覧数は増えるのだけどブックマークや評価が付かない人もいるでしょう。

 そういう方は後半二つで損をしています。

 私が『ピクシブ文芸』に投稿している小説は、基本的に「紙の書籍」と同じ改行ルールで書いているのです。

 そうなると、小説投稿サイトで適度に「ページが淡い」作品に慣れている読み手からは敬遠されてしまいます。

 でも時代に迎合して「改行過多」な小説にするのは肌に合わないので、不利を承知で「紙の書籍」ルールで書いているのです。




ページの濃さはとても重要

「紙の書籍」でも「小説投稿サイト」でも同じことが言えるのですが、「ページの濃さ」を見るチェックは殊のほか重要です。

「ページの濃さ」のチェックをしただけで、内容も読まずに書棚に戻す読み手が多数います。

 私は中国古典(たとえば孫武『孫子』)や西洋の兵法書(たとえばクラウゼヴィッツ『戦争論』)などの翻訳本を数多く読みますが、「ページの濃さ」のために購入をためらいたくなる書籍が家にたくさんあるのです。

 兵法の研究のためには仕方なく購入することにはなるのですが、やはり「読みやすさ」を担保するのは「ページの濃さ」だと思っています。


 今はPCで執筆し、小説投稿サイトで作品を発表できる時代です。

 それまでは手書きできなかった文字・漢字を「変換」するだけで簡単に入力できてしまいます。

 たとえば「薔薇」「齟齬」「躊躇」などですね。

 いずれも字面が「濃い」とは思いませんか。

 こういった「濃い」漢字が頻繁に登場するようなら、あなたの作品は「ページが濃い」という理由で評価に値しなくなるのです。

 他にも「出て行く」「駆けて来る」「投げ付ける」のように補助動詞を漢字で表記してしまうと、それだけで「ページの濃さ」が高まります。

 また副詞で「一旦」「一層」「一段と」「大抵」「大方」といった語も「ページを濃く」してしまうのです。

 補助動詞と副詞はできる限り「ひらがな」で表記することをオススメします。

「出ていく」「駆けてくる」「投げつける」、「いったん席に着く」「いっそう努力する」「いちだんと綺麗になった」「おおかたの予想どおり」と書けば字面が「淡く」なるのがおわかりいただけるでしょうか。

「濃淡」という字自体が「濃」は字面が濃く、「淡」は淡いはずです。

「濃淡」は見た目だけで濃いか淡いかを判断する特徴になります。





最後に

 今回は「読み手には読まない選択肢がある」ことについて述べてみました。

 小説を実際に読むのは「読み手」です。

「書き手」は「読み手」が読みたくなるように取り計らうくらいしか手を施せません。

 小説投稿サイトであれば「タイトル」と「あらすじ」「キャプション」がとても重要で、あなたの小説が閲覧されるか否かはこの二つにかかっています。

 次に「ページの濃さ」です。

 意外と計算に入れていない書き手が多いようですが、「ページが濃い」というだけで読み手は「回れ右」をしてしまいます。

 肝心の中身は適度な「ページの濃さ」を突破したその後になって初めて評価されるのです。

 閲覧数(PV)が伸びない作品は「ジャンル」「キーワード」が適切でないか、「タイトル」と「あらすじ」「キャプション」で読み手を誘えていないかしています。

 閲覧数はあるんだけどブックマークと評価につながらないのは「ページが濃い」可能性があるのです。

 もし適度に「ページが淡い」のにブックマークと評価が伸びないのであれば、冒頭の数ページで読み手を物語世界へと導けていません。

 それが短編小説であれば、また別の短編小説を書けばいいでしょう。

 もし連載小説なら、早々に連載を畳んで新しい連載を始めたほうが得策です。

 どうしても惜しい連載であれば、最低でも初回の冒頭は「漢字をひらき」ながら書き改めてみましょう。

 それが吉と出るか凶と出るかは大きなバクチになります。

 でも一度投稿してしまったら、基本的に誤字脱字以外は手をつけるべきではありません。




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