336.執筆篇:話し言葉と書き言葉は異なる

 今回は「話し言葉と書き言葉」についてです。

 よく「話すように書け」と言われます。

 でも実際に話しているように書いても、読み手には伝わりません。

 なぜでしょうか。





話し言葉と書き言葉は異なる


 よく文章読本の類いで「話すように書け」と言われています。

 でも実際に「話すように書いた」らどうなるでしょうか。




話し言葉は文意だけで伝えていない

 認識しておきたいのは、話し言葉は「声の抑揚や感情たとえば怒鳴ったり泣いたりや身振り手振りなどを含めて初めて」相手に理解されます。

 懐疑的な方はスマートフォンや携帯電話の録音機能を使って、他人との会話を録音してみてください。

 すると音声だけですから「身振り手振り」などのボディ・ランゲージがまったくわかりません。

 実際に会話していたときよりも、お互いなにをどう伝えたいのかわかりづらくなるのです。


 次にスマートフォンやタブレットをお持ちの方は、iOSなら『Siri』、Androidなら『Googleアシスタント』に対して話しかけてみてください。

 そのとき『Siri』『Googleアシスタント』から返ってくる音声を聞きましょう。

 双方まだ発展途上のAIですから、声の抑揚や感情が籠もっていませんよね。

「声の抑揚」がないですし「感情」もないのです。

 だから返ってくる音声はどこか不自然に聞こえます。

 この『Siri』『Googleアシスタント』の返事こそが「話し言葉」の素なのです。

 つまり「話すように書け」と言われて額面どおりに書いた文章は、「声の抑揚も感情も身振り手振りも」ない「AIの返事」そのものということになります。

 だから「話すように書いた」ら読み手に文の意味自体はなんとなくわかりますが、どこか不自然で伝えたいことが伝わらないのです。


「話すように書け」というのは、明治後期から興った「言文一致体」の確立期に提唱された概念になります。

 それ以前の書き言葉は漢文読み下し調の書簡体いわゆる「候文」と呼ばれるものです。

 これを「言文一致」つまり「話し言葉と書き言葉を同じものにする」ことを目的にして「話すように書け」と皆が唱え始めました。

 これを真っ向から否定したのが谷崎潤一郎氏です。

 1934年(昭和9年)出版の谷崎潤一郎氏『文章読本』では、「口語と文語はまったくの別ものだ」ということを明確に指摘しています。

 今から84年前(『カクヨム』掲載の2019年6月だと85年前)に出版された書籍でも指摘されていることが、今でも学校の国語の授業で「お題目」のように掲げられているのです。

「話すように書け」と言う教師も、自身が幼い頃に教師から「話すように書け」と言われていた。

 だから「正しい文章の書き方」を知りません。

 そもそも日本の国語教育において、「作文の書き方」「論文の書き方」「小説の書き方」「メールの書き方」「ブログの書き方」などは教えていないのです。

 そんな欠けた教育を受けてきた教師は、「話すように書け」としか言えなくなります。

 大学において国文科の文芸部なら教えてくれるかもしれません。

 でも世の教師は教育学部で単位を取って教員免許の取得を目指しますから、「文章の書き方」は誰からも教えられていないのです。

「若者の書籍離れ」が叫ばれて久しくなりました。

「書籍離れ」の真相は「文章の書き方」を若者に教えてこなかった教育者や文部科学省ひいては日本政府の責任であることは明白です。




書き言葉は欠けたものを補わなければならない

「話すように書け」ではない文章は、「話すように書いた」ときに欠けたしまったものを補うことが必要です。

 欠けたものは「声の抑揚」「感情たとえば怒鳴ったり泣いたり」「身振り手振り」それに「周囲の環境」になります。

 だからただ書き言葉だけを書いていては、読み手にまったく伝わらないのです。

 どうすれば読み手に伝わるのでしょうか。

「言い回し」です。

 欠けてしまった情報を適宜添えていくことで読み手に情報を伝えます。


「周囲の環境」は「静寂に包まれた図書館で」とか「さまざまな言葉が交わされているラウンジで」のような会話をしている状況を書くのです。

「声の抑揚」ですが、「ささやくように」とか「大声で」とか音量を表す修飾語、「高い」「低い」などの高低を表す修飾語、「かすれた」「艶やかな」などの音質を表す修飾語を用いるしかありません。

「感情」ですが、こちらも「怒声を浴びせかけ」とか「しゅんとしながら」とか「涙して」とか感情を表す修飾語を用いることになります。

「身振り手振り」ですが、書き言葉ではこれがとても難しいのです。

 たとえば打つ手なしの「お手上げ」な状態を実際の会話で表すには、実際に両の手のひらを上に向けて挙げて首をすくめる人が多いと思います。

 ハリウッド映画の俳優は皆そんなボディ・ランゲージをしているものです。

 書き言葉に改めるときはボディ・ランゲージをそのまま「ミゲルは両の手のひらを上に向けて挙げて首をすくめた。」と書かなければなりません。

「なんだ、ボディ・ランゲージをそのまま書けばいいだけか」とお思いの方、少し早合点しています。

 その「ボディ・ランゲージ」を正しく用いるのがとても難しいのです。




観察眼を磨く

 書き言葉に必要な「ボディ・ランゲージ」の表現は、多くの人と直接対面して会話をし、どんな「ボディ・ランゲージ」をしているのかつぶさに観察していなければわからないのです。

 これから大きな偏見を書きます。


「小説家」を志している皆様は「非リア充」ではありませんか。

「非リア充」な方は他人と話す機会が少ない。

 話しているときも相手の動作をつぶさに観察などしていないはずです。

 積極的に他人と話せるような人は、社交性が高いため「小説家になろう」などとはまず思いません。

 多くの人にとって「小説家」は、「ひとり書斎に籠もって頭を掻きむしりながら原稿用紙に向かってペンを走らせ、書いては捨てるを繰り返している」というステレオタイプなものです。

 社交性が高い人は「ひとり書斎に籠もる」ことを嫌います。

 そんなことをするくらいなら友人と合流して楽しい時間を分け合いたい。

 だから私の偏見では「小説家になろう」としている人の多くは「非リア充」だということです。


 もし本気で「小説家になろう」としている方は、できるだけ多くの人と対面して会話をし、相手がどんなボディ・ランゲージをとるのかをつぶさに観察してください。

 社交性が高くなれば、より多くの人と話せるようになりますから、観察対象が加速度的に増えていきます。

 そうなれば「世の中にはこんな人もいるんだ」とキャラクターのひきだしも増えるので一石二鳥です。

「非リア充」のあなた。ぜひ「リア充」になりましょう。




リア充になろう

「リア充」でなければ「小説家」には到底なれません。

「非リア充」の方がたまさか小説賞・新人賞を受賞できた。

 まったくない話ではありません。

 そこからは出版社の編集さんとの二人三脚で作品を生み出すことが求められます。

「非リア充」の方は、編集さんと対面してまともな会話ややりとりをすることをかなり窮屈に感じるでしょう。

「こんな思いをするくらいなら、小説家になんかならなければよかった」と二作目を出すことなく絶筆する方が多いのも、小説界隈の「あるあるネタ」と言えます。


「リア充」なら多くの人と会話をしていますから、発言とボディ・ランゲージを多く見ることができます。

 だから「このキャラはあの人だと思って書こう」とキャラ作りにも役立つのです。

 これだけとっても「リア充」は「小説家」にとって有利な要素になります。




非リア充のままでいたいなら

 ここまでお話してもまだ「非リア充」でいたい方はいるでしょう。

 そうでしたら部屋に閉じ籠もるのではなく、商店街や飲食店やカフェや学校の周りなどに足を運ぶべきです。

 街中では今もさまざまな人が誰かと会話をし、さまざまな言葉とボディ・ランゲージが繰り広げられています。

 その発言とボディ・ランゲージを耳と目で盗んで記憶に残してください。

 必要であれば筆記具を持って、どんな発言とボディ・ランゲージをしたのかメモをとってもいいでしょう。

 不審者扱いされない程度に。

「非リア充」でも「小説家」になるためには、積極的に外へ出ることです。

 けっして部屋に籠もって小説を書くことだけに没頭しないでください。

 意を決して外へ飛び出せば、あなたはさまざまな「生きた情報」を手に入れられます。

 それこそ「小説家」になれるほどの情報量です。


 それすらもしたくないのであれば、『WOWOW』や『スター・チャンネル』などでハリウッド映画を観まくりましょう。

 ハリウッド映画は全世界向けの作品です。

 用いられているボディ・ランゲージも「世界標準」と言っていいでしょう。

 とくに興行収入の高い作品は、演技の質もある程度保証されています。

 それらの作品から学べるものはすべて学ぶつもりで、食い入るように観入ってください。





最後に

 今回は「話し言葉と書き言葉は異なる」ことについて述べてみました。

 書き言葉には「声の抑揚」「感情」「身振り手振り」がありません。

 音声をそのまま文字に起こした文章があるのみです。

 欠けた要素を「言い回し」で補って書いていくことが、書き言葉で書く秘訣になります。




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