280.表現篇:具体的に書く

 今回は「具体的に書く」ことについてです。

「抽象的」な文章に感情移入するのは難しいのです。

 読み手が「具体的」なイメージを浮かべられるような表現をしてみましょう。





具体的に書く


 小説は「主人公が感じていること考えていることを『具体的』に書いて読み手に感情移入してもらい、物語を疑似体験してもらう」文章です。

 つまり「抽象的」な文章は小説ではありません。ただの文章です。




抽象的な文章

「抽象的」な文章には「具体例」が書いてありません。「具体例」が書いてあるから「具体的」な文章になり小説となるのです。

 では「抽象的」な文章とはどんなものでしょうか。

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 太陽は東から昇って西へ沈んでいく。

 月も東から昇って西へ沈んでいく。

 だから時折日蝕や月蝕が見られる。

 月はつねに同じ面を地球に向けている。

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 とこのように科学的に客観的なことだけを書いている文章があります。これが「抽象的」な文章なのです。




具体的な文章

 ここに「具体的」なデータを詰め込んでみます。

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 太陽は東から昇って西へ沈んでいく。北極を向いた場合時計回りに地球が自転をしているからである。

 月も東から昇って西へ沈んでいく。月が地球の周りを公転しているからだ。

 だから時折日蝕や月蝕が見られる。

 日蝕は地球の近くにある月が太陽よりも速く地球の周りを回っているため、太陽光の放射を遮って起こる日中の現象だ。

 逆に月蝕は地球の影が月にかかるために起こる夜の現象である。

 そして月はつねに同じ面を地球に向けている。これは月の自転速度と地球の周りを公転している速度がほぼシンクロしているからである。

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 ずいぶん「具体的」なデータを入れ込みました。

 説明不足にならない程度の情報は入っています。

 でもこれを「小説」とは呼びませんよね。よくて「説明文」「小論文」といったところです。

 主人公の主観から見た聞いた感じた「五感」が入っていません。




具体的な小説

「具体的な文章」が出来たら、それを元にして「小説」にしてみましょう。

 以下は説明度が強い「小説」です。

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 今日は未明の五時に目が覚めた。

 俺は布団を畳んで押し入れにしまい、バスルームへ行って熱めのシャワーを浴びる。やはり寝起きのシャワーは格別に心地よく、眠けが一気に醒めた。

 バスタオルで頭と体を拭いて、あらかじめ脱衣所に用意してあるトランクスとTシャツを身に着ける。先ほどまで着ていたものは洗濯カゴに放り込んだ。

 自室へ戻るとワイシャツを着てズボンを履き、ネクタイを締めてジャケットを羽織る。

 キッチンに行くと次第に空が明るんできた。

 今日も太陽は東から昇ってくる。

 一年中、太陽は東から昇って西へ沈んでいる。

 北極に向かって立っていると右手から頭上へそして左手に向かっていく。

 なぜだろうかと思索すると、小学生のときに習っていた。地球が時計回りに自転しているからである。地球は一日一回転ゆっくりとコマのように回っているのだ。

 赤道一周四万キロメートルもある想像できないほどの大きな物体が、俺やこのアパートまた日本や海などを載せて回っている。

 地球にとって俺たちは重くないのだろうか。いつか息切れして途中で回転をやめ、疲れがとれたらまた回り出すなんてことがあったらと考えるとなかなか興味深く感じられた。

 でも地球が止まると引力がなくなってしまうだろうから、俺たちは地球から放り飛ばされてしまうのだろうか。

 そういえば東から昇って西へ沈んでいくのはなにも太陽ばかりではない。月だって年中東から昇って西へ沈んでいく。

 ときどき雲が厚くて月が見えない日もある。そんなとき月は舞台袖で出番を待つ役者のように、いつ出番が来るのかドキドキしているのかもしれないな。

 そう思うと太陽も月も、案外話のわかるやつなのではないだろうか。それなら俺が晴れてほしい日に晴れてくれればどれだけ生活がラクになるかな。

 くだらないことを考えながら手を動かしていたら、いつもの朝食が出来あがった。

 六枚切り食パンを一枚トーストしてこんがり焼いたベーコンエッグをそのうえに載せたシンプルなものである。

 冷蔵庫から牛乳を取り出してカップへ注ぎ、スーパーの惣菜サラダを小鉢に取り分ける。

 太陽がちょうど姿を見せたのを合図に、俺は太陽に向かって手を合わせて「いただきます」と言うとベーコンエッグトーストを大きくひと噛み。

 塩コショウをかけ忘れていたことに気がついた。

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 まだ説明していない情報が残っていますが(四つのうち後半二つ)、このシーンにこれ以上情報を詰め込むと「小説」ではなくなってしまいます。今回は上限ギリギリまで詰め込んでみました。

 残りの情報は別のシーンに入れたほうが「説明」感が薄れていくのでよいでしょう。

 小説を書き慣れないと「手元にある情報は今書いているシーンにすべて詰め込もう」としてしまいます。

 それだと「説明」に偏ってしまうため、読み手が主人公に感情移入しづらいただの「文章」になるのです。

「小説」にしていくコツとしては「情報」に対して「感覚」「感想」「考え」などの主観を合いの手のように入れていくことです。

 そうすることで「情報」を「説明」するだけでなく、主観で「描写」できるようになります。

「説明」に走ると客観に流れるのです。

「描写」を合間合間に入れていけば「小説」の体をなしていきます。





最後に

 今回は「具体的に書く」ことについて述べてみました。

 小説には書きたい「テーマ」があり、それに付随する「情報」があります。

「情報」を読ませようとすると「説明」だけがずらずらと並んでしまう。

 そうなると小説ではなく「説明文」にしかなりません。

「設定資料集」「取扱説明書」の類いですね。

 小説らしくするためには「感覚」「感想」「考え」などの主観を主体にして「描写」していきましょう。

 それだけで「説明」と「描写」のバランスがとれた小説に仕上がります。



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