276.表現篇:主人公になりきる

 今回は「主人公の一人称視点」で書くための心得です。





主人公になりきる


 小説の書き手は「主人公になりきる」必要があります。

 主人公がなにを見、なにを聞き、なにを感じ、なにを思い、なにを考えているのか。

 それがわからなければ一人称視点の小説は書けません。

 ライトノベルはおおかた一人称視点です。

 三人称視点では読み手にワクワク・ハラハラ・ドキドキを提供できません。

 書き手は「主人公になりきる」ことで、主人公が今どんな状態や状況なのかを書けるのです。




主人公になりきれないと

 小説の書き手は俳優ではないのだから「主人公になりきる」なんてことをしなくてもよいのでは。

 そう考える方も多いと思います。

 書き手が「主人公になりきれない」とどういう不利益があるのでしょうか。


 主人公がなにを見、なにを聞き、なにかを感じ、なにを思い、なにを考えているのか。

 これらのことが書き手にはさっぱりわからない状態です。

 この状態で一人称視点の小説を書こうとすると以下三点の問題が出てきます。

 「主人公が見聞きしていないことを書く」

 「主人公が見聞きしているはずのものを書き漏らす」

 「主人公が見聞きしているはずのものと違うことを書いてしまう」

 いずれもが物語の根本を揺るがす致命的な問題です。

 やはり書き手は「主人公になりきる」べきでしょう。


 どうしても「主人公になりきれない」書き手はどうすればいいのでしょうか。

 演劇を少しかじって「主人公になりきる」ことができるようにするのも一手です。

 私は25歳のときに演劇教室へ三か月通ったことがあります。

 そのときの経験からしても「主人公になりきる」には主人公の気持ちを理解することが初手だと気づいたのです。

 でも年齢的になかなか難しい人もいると思います。

 そのような方は小説をたくさん読んで、さまざまな主人公に感情移入していくことで「主人公になりきる」能力を磨くこともできるでしょう。

 そうすれば自ずと書いている小説の「主人公になりきる」ことができるようになりますよ。

 だから「小説を書く」ためにはたくさん「小説を読む」こともたいせつなのです。

 読書大好き芸人だったピースの又吉直樹氏は「太宰治氏に心酔し、これまでに数多くの小説を読んで」きました。

 だから「小説を書く」ことができたわけですね。

 ただし、よい小説だったかは少し疑問が残りましたけれども。

 それでも水嶋ヒロ氏(齋藤智裕名義)『KAGEROU』よりも格段に評価は高かったんですよね。


 どれほどたくさん読書をしても「主人公になりきれない」書き手は必ずいるはずです。

 そういう方は三人称視点で小説を書きましょう。

 三人称視点なら主人公という固定されたセンサーもなく、外見から見たことだけを説明・描写するだけで済みます。

 臨場感には欠けますが、支離滅裂な一人称視点の小説を書くよりよほどマシです。




すぐれた書き手は主人公になりきれる

 すぐれた書き手は、主人公に憑依したように役になりきれます。

 俳優が役になりきるアプローチは主に以下の二つです。


 台本をすべて読んだら「主人公はこんな人」という物の見方、聞き方、感じ方、思い方、考え方を決めていく人が多いと思います。

 ひとつのシーンで「主人公はなぜこんなことをするんだろう」という疑問を突き詰めて考えるところから始めて、主人公像の素を作る人もいます。


 これをあらすじづくりに持ち込んでみましょう。

 物語の頭から最後までの出来事イベントと主人公の対応を決めていって、主人公像を固める書き手がいます。

 書きたいシーンを先に固めておいて、こういうことをする主人公はどんな人なんだろうと主人公像を突き詰めていく書き手もいることでしょう。

 連載小説を書くときは、物語開始時には主人公がどんなにぐうたらでもよかったりします。

 でも物語が進むごとにいわゆる「主人公らしさ」が必要になるのです。




主人公らしさ

 小説の主人公には「主人公らしさ」が求められます。

「主人公らしさ」とはなんでしょうか。

 他の登場人物とは異なる心境や胸中、感じ方や考え方などをしている人であることが多いです。

 たとえば常識人だらけのところにやってくるボサボサの髪の毛で頻繁に頭を掻いてフケを落とし、下駄を履いてよく走っている人は間違いなく目立ちますよね。

 これは横溝正史氏『金田一耕助』シリーズの主人公・金田一耕助の例です。

 逆に一般人だらけのところにスーツをびしっと決めてコートとハンチング帽をかぶった紳士風の出で立ちで、言動に教養が浮き出しているような人というのも目立ちますよね。

 これはサー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズの主人公シャーロック・ホームズの例です。

 ライトノベルなら神坂一氏『スレイヤーズ』のリナ=インバース、水野良氏『魔法戦士リウイ』のリウイ、『フルメタル・パニック!』の相良宗介など、他の人物とは一風変わった主人公であることが多くなります。

 マンガの大場つぐみ氏&小畑健氏『DEATH NOTE』の主人公・夜神月は、全国模試一位、大学主席入学、テニスはプロ級の腕前というチートっぷりです。ここまで他人よりも異なる主人公はそういません。


 もちろん凡人からスタートして勇者になっていく物語も数多くあります。

 水野良氏なら『ロードス島戦記』の主人公パーンは登場当初一介の村人に過ぎませんでした。

 マンガの堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』の主人公である緑谷出久デクも当初は凡人スタートです。

 『小説家になろう』で人気の異世界転生・異世界転移ものの大半は一般人が主人公です。

 彼らが異世界に行くことで勇者になったり魔王になったり魔物になったり武器になったりと特殊な立場に身を置きます。

 このように凡人スタートでも設定次第で「主人公らしさ」を出せるのです。


 凡百とはなにかが違う。

 それが「主人公らしさ」につながっていきます。

 まったく凡人と同じ主人公では、あえて「主人公」にする意義がありません。





最後に

 今回は「主人公になりきる」ことについて述べてみました。

 主人公はあなたが小説で語りたい「テーマ」を体現する存在です。

 それが凡人の山に埋もれてしまうのはあまりにももったいなさすぎます。

 主人公には「凡百とは違うなにか」が必要です。

 問題は、最初から組み込んでしまうのか、物語を進めていくことで違いが現れていくのかという差でしかありません。



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