268.表現篇:伏線のない小説は存在しない
今回は「伏線」についてです。
小説には必ず「伏線」があります。なぜでしょうか。
もし「伏線」が乏しいとどうなってしまうと思いますか。
伏線のない小説は存在しない
小説を読んでいると必ずと言っていいほど「伏線」が張られています。
まるで「伏線」こそが「小説」だと言わんばかりです。
もし「伏線」のない「小説」を書こうとすると「童話」になってしまいます。
たとえば『桃太郎』ですね。
桃太郎は小説ではない
『桃太郎』は主人公である桃太郎の誕生からして「伏線」もなく唐突に訪れます。
お婆さんが川で洗濯していると大きな桃がどんぶらこと流れてくるわけです。
なんの「伏線」もありませんよね。ただお婆さんが川で洗濯していたにすぎません。
大きな桃をためらいもなく家に持ち帰り、割ってみると中から男の子が出てきます。
これも「伏線」なんてありません。大きな桃を割ったにすぎないのです。
そして時間が大きく飛んで成長した桃太郎が唐突に「鬼退治に行く」と言い出します。
『桃太郎』の物語で、ここに差しかかるまで「鬼」の存在なんて微塵も言及されていません。つまりこれも「伏線」がないのです。
ここで『桃太郎』唯一とも言える「伏線」が登場します。
お婆さんが作ってくれた「きびだんご」です。
これがあるから犬・猿・雉は桃太郎の仲間になりました。
ですが犬・猿・雉が人間の言葉なんてしゃべるはずがないですよね。
これも「伏線」なんてありません。説明もしていません。
ただ当たり前のように人間の桃太郎と言葉のやりとりをしているのです。
大きな「伏線」があったと考えるのならば「桃から生まれてくるくらいだから人間以外の言葉も話せたのではなかろうか」ということくらい。
でもそれに見合うような「伏線」はいっさい提示されていません。
そして鬼ヶ島に乗り込んで犬・猿・雉をフル回転させて鬼たちを退治します。
桃太郎の活躍なんてまず書かれていません。
ただ単に桃太郎が犬・猿・雉に命令を与えて攻撃させていただけです。
「主人公なんだからお前ももっと体を使えよ」と思わずにおれません。
ここもよいように解釈するなら、犬・猿・雉は奇襲攻撃に利用して桃太郎は生じた混乱に乗じて一気に鬼たちを斬り伏せた、といったところでしょうか。
そして鬼ヶ島からお爺さんとお婆さんのもとに金銀財宝を持ち帰ってきます。
鬼ヶ島に金銀財宝があるなんて「説明」はここまでいっさいなされていません。
つまりこの金銀財宝にも「伏線」はないのです。
しかも鬼ヶ島の鬼たちが所有していた財産である金銀財宝を奪い取ってくるわけですから、桃太郎一行こそ鬼畜なのではと思わせます。
このように『桃太郎』にはほとんど「伏線」がありません。
唯一「きびだんご」があるのみです。
童話としては次々と劇的に展開していきますからワクワクしやすくていいのでしょう。
しかしほとんど「伏線」が張られていないこの物語は「小説」と言えるのでしょうか。
私なら「話のつながりがほとんどないから『小説』とは思えない」と判断します。
これまで数多くの「小説」を読んでこられたあなたならどう判断するのでしょうか。
書き手のご都合主義を排する
『桃太郎』は「伏線」の重要性を検証するうえで最良のテキストでした。
突拍子もないことを突然行なう登場人物たち(犬・猿・雉を含めて)を見ていると「書き手のご都合主義」もいいところだと思いませんか。
小説には
ファンタジー小説やSF小説であろうともリアリティーが必要です。
これから起こる出来事には、それにふさわしい「きっかけ」が求められます。
「きっかけ」があるから出来事が起こるのです。
『桃太郎』に「きっかけ」はあったでしょうか。
「きびだんご」以外の「きっかけ」はありませんでしたよね。
つまり、これから出来事が起こる「きっかけ」こそが「伏線」なのです。
「伏線」を張っているから「出来事」が発生します。
これが明確だから「書き手のご都合主義」に陥らないのです。
岐路が訪れる伏線
小説では物語にハラハラ・ドキドキを与えるため、主人公に対してある選択を迫る場面が出てきます。
しかしなんの「前触れ」も「きっかけ」もなく岐路を迎えてしまったら。「書き手のご都合主義」もいいところです。
「前触れ」「きっかけ」は「伏線」と言い換えることができます。
事前にきちんと「伏線」を張っておくと、読み手はその「伏線」に反応してどんな出来事が起こるのかワクワクしてきます。
「伏線」を提示すれば「この状況が訪れたらどんな選択をするのだろう」とどうしようもなくワクワクしてくるのです。
そして「出来事」の直前、岐路に差しかかります。「伏線」が回収されるところです。
主人公はこの岐路で「この先どうなるのだろう」とハラハラしてきます。
そして岐路でいずれかを選択したら「この選択でよかったのだろうか」とドキドキしてくるのです。
伏線で読み手を感情移入させる
「伏線」を張って、回収する。たったこれだけのことで読み手はワクワク・ハラハラ・ドキドキします。
読み手がワクワク・ハラハラ・ドキドキするということは、主人公に思い入れが湧いてきます。
主人公の心理が明確に表れますから「『伏線』を張って、回収する」、ただそれだけで読み手は主人公に感情移入してくれるのです。
これこそが「小説」に「伏線」が必要であることの証左と言えます。
『桃太郎』には「きびだんご」以外の「伏線」はまずありません。
それでどうやって主人公の桃太郎に感情移入すればよいのでしょうか。
私が『桃太郎』が好きでないのは「どこで感情移入すればいいのかわからない」からです。
浦島太郎はやや小説寄り
『浦島太郎』の場合、いくつか「伏線」が出てきます。
浦島太郎は浜で子どもたちにイジメられている亀を助けます。
すると亀は感謝して龍宮城まで連れて行ってくれると言うのです。
『桃太郎』と同様、亀が人間の言葉を話せるわけがありません。
ただし浦島太郎が龍宮城へ行くための「伏線」が「亀を助ける」行為だったわけです。
しかし海の中にある龍宮城に素潜りでたどり着けたのかは疑問がありますよね。
しかも龍宮城は海中なのに平然とそこで暮らしている乙姫がいるのです。
このあたりは「伏線」がないので「小説」とは言い難い。
乙姫は「亀を助けて」くれた浦島太郎に感謝して酒宴を催します。
これも「亀を助ける」という「伏線」を利用しているのです。
「伏線」は一対一である必要はありません。
ひとつの「伏線」で複数の「出来事」を起こしてもいいですし、複数の「伏線」でひとつの「出来事」を起こしてもいいのです。
これは「伏線」の大きな誤解のひとつと言えます。
物語を創るのがうまい書き手は、たいてい「一度用いた『伏線』を再利用して物語に厚みを持たせる」ものなのです。
時を忘れて酒宴を楽しんだ浦島太郎は地上に帰りたくなりました。
すると乙姫は「玉手箱」を渡して「これを差し上げますが、決して開けないでください」と伝えます。
そして帰りも亀に乗って地上に戻ってくるわけですが、同じ場所のはずなのに風景がすっかり変わっていました。
近くにいた人に話を聞くと、浦島太郎は「亀を助けて」から数十年も後の世界に戻ってきたことを知ります。
現実に絶望してしまった浦島太郎は、開けてはならないと言われていた「玉手箱」を開けてしまいます。
「玉手箱」の「伏線」を回収するわけですね。
すると浦島太郎は鶴になり、乙姫は亀になって長い刻を一緒に過ごすことになりました。めでたしめでたし。
というのが大筋です。
ただし「玉手箱」を開けるとただお爺さんになってしまうとする説もあります。
「亀を助ける」という「伏線」が、「龍宮城へ行く」「乙姫から感謝される」「乙姫が亀になる」という三つの「出来事」を引き起こしています。
また「玉手箱」という「伏線」のキーアイテムが、「浦島太郎が鶴になる」か「浦島太郎がお爺さんになる」かのどちらかの「出来事」を引き起こすのです。
『桃太郎』に比べると「伏線」をきちんと活用していますよね。
これが『浦島太郎』が「小説」寄りである理由です。
でも亀に龍宮城へ連れて行ってもらったり地上に帰ったりするのに、素潜りというのは難しい。
「小説」ならどうやって行き来できたのか知りたいところですよね。
酸素ボンベがあったとか亀の周りに空気のバリアが張ってあり球状の泡のようなものが出来ていたとか。
理由はいろいろ思いつくはずです。
また海中にある龍宮城には乙姫が住んでいます。
龍宮城で人間なのは乙姫ただひとりです。
「小説」ならどうやって酸素を確保していたのかも知りたいところですよね。
龍宮城で数時間過ごしたら地上では数十年経っていた。
これはそのものずばり「ウラシマ効果」としても有名で、「小説」としても理屈は通っています。
最後に
今回は「伏線のない小説は存在しない」ということについて述べてみました。
「伏線」をいっさい張らない物語は童話くらいです。
「小説」であれば「伏線」を張って、これから起こるであろう「出来事」への期待を煽ってワクワクさせます。
すると読み手はその「出来事」が起きそうになるとハラハラし、主人公がいずれかを選ぶことでどんな結果がやってくるのかドキドキするのです。
「伏線」を張って、回収する。たったそれだけで読み手を主人公に感情移入させることができます。
また一度張った「伏線」はひとつの「出来事」だけを引き起こすとは限りません。
よい書き手はひとつの「伏線」で多くの「出来事」を発生させます。
また複数の「伏線」を束ねてひとつの「出来事」を発生させることもあるのです。
「伏線」をいかに巧みに用いることができるか。
それが小説の質を劇的に高めてくれます。
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