269.表現篇:主人公を知ろう

 今回は「主人公」についてです。

 主人公は読み手が物語を味わうためのセンサーになります。

 主人公を通して小説世界の中に没入するのです。

 だから「主人公」を読み手に伝えることが第一です。





主人公を知ろう


 現在、小説界隈では主人公の「一人称視点」が流行りです。

 主人公にこれからどんなことが起こるかわかりませんからワクワクします。

 それが起こったらどうなるかハラハラし、主人公が選択したら結果が気になってドキドキしてくるのです。

 ワクワク・ハラハラ・ドキドキが揃えば、読み手はその小説の展開から目が離せなくなります。




主人公はどんな人物か

 小説は、読み手が主人公に感情移入して物語を疑似体験するために存在します。

 しかし肝心の主人公の素性がわからなければ、感情移入できません。

 主人公はどんな人物なのかを、まず読み手に知ってもらう必要があります。

 そう言われると小説の冒頭から、主人公の生い立ちから現在に至るまでの「説明」で埋め尽くそうとする人が現れるのが常です。

 しかしそんな「説明」をされたところで読み手は主人公がどんな人物なのか認識できません。

 頭では納得するでしょうけれども、心にすっと染みとおることができないのです。

 ではどうすればいいのか。


 これまでの本コラムでも再三お話していますが「主人公が出来事にどう対処するか」を読ませるのです。




主人公はなぜそう対処するのか

 書き手は第一に「主人公はなぜそう対処するのか」を知る必要があります。

 読み手に読ませるためではありません。

 書き手が「この主人公にはこういう過去があるから、ここではこう対処するに違いない」と執筆のガイドにするためです。


 主人公はどんな両親や家族のもとに生まれて育ってきたのか、どこに住んでいるか。

 どんな学校に通って、どんな友達が出来て、どんな人を好きになったのか。

 得意科目は、苦手科目は、運動は得意か、好きなスポーツは。

 手先は器用か、絵がうまいのか、歌がうまいのか、曲作りがうまいのか、小説を書くのがうまいのか、コンピュータに強いのか。

 料理はじょうずか、毎日どんな朝食を摂っているのか、昼食は弁当か惣菜パンか外食か、夕食は家族揃って食べるのか一人で食べるのか毎晩飲み屋にたむろしているのか。

 何時に寝て何時に起きるのか。

 社会人ならどんな会社に勤めていてどんな職種を経験してきたのか。


 そういった「主人公の過去」を設定しておくことで、「主人公が出来事にどう対処するか」を導き出すことができます。

「過去こんなことをしてきたのに、今この選択をするのはどういう心境の変化なのか」ということも考えておくこと。

 その情報を読み手に知らせることで、読み手は「元々主人公はこんな過去を持っていてこんな性格だったんだ」とわかり、たったひとつの判断で主人公のことを理解できます。




性格は出来事イベントへの対処で読ませる

 主人公に限らず小説の登場人物の性格は、「親譲りの無鉄砲でいつも損ばかりしている。」ような「説明」で片づけないでください。

「説明」されても「はい、そうですか」と読み手は思います。具体性に欠けるのです。

 ですが「出来事イベントにどう対処するか」を書くだけで、読み手は「このキャラはこんな性格をしているんだろうな」ということが伝わります。


 また誰かから図星を指されたときにどんな反応をするのか。こういうところにも性格が現れます。

 誰だって「痛いところを突かれた」ら嫌なものですよね。

 そのとき登場人物はどのような反応を見せるのか。

 ある人は頭を掻くでしょうし、ある人は照れるでしょうし、ある人は逆に相手に食ってかかります。




状況によっても対処が変わる

 登場人物の性格を書くとき、あらかじめ「このキャラは物静かで控えめな性格」と設定してあったとします。

 そのキャラを辱めるような出来事に見舞わせたらどんな反応をするのでしょうか。

「そりゃ物静かで控えめな性格なんだから、隅っこに隠れるんじゃないかな」と思うでしょうね。

 でも周囲の状況次第では「そんな恥ずかしいことおっしゃらないでください」とやんわり非難したり、「そんなことありません!」と毅然と主張することだってあります。


 キャラの設定が「物静かで控えめな性格」であっても、その設定は金科玉条ではありません。

 見知った人が多いところならやんわり非難しますし、公衆の面前であれば毅然と主張します。

 あなたご自身を思い返してみてください。

 いつもは積極果敢かもしれませんが、長年思い焦がれた相手に恋の告白をするときも積極果敢でいられますか。

 つまり「状況によって対処は変わる」し「反応も異なる」わけです。




存在の現実味リアリティー

 主人公のことをどれだけ知っているか。

 それが「存在の現実味リアリティー」を左右します。

 主人公の過去はどんなだ、今なにを考えているのか、どうしてこの選択をするのか。

 書き手がそれらを踏まえることで「存在の現実味リアリティー」は間違いなく高まります。


 男性の書き手が女主人公を書いたり、女性の書き手が男主人公を書いたりする小説は、どうしても失敗しがちです。

 なぜでしょうか。

 男性には女性の感じ方・考え方・生き方・喜悦・苦悩などがわかりません。

 女性も男性のそういうものがわからないからです。

 だから異性の主人公には、自分の理想(「幻想」といったほうが正確かもしれません)を重ねようとしてしまいます。

 現実感のない「書き手の理想の異性」を投影してしまうのです。

 アイドルのように「トイレに行かない」と思ってしまいますし、女性には優しくてとくに一人の女性のことを想い続けているような一途な男性を書いてしまいます。

 だから主人公に「存在の現実味リアリティー」を感じません。

 しかし実際には人間ですから当然のようにトイレへ行きますし、女性であれば見境がなくなる男性のほうが圧倒的に多いのです。

 浮気な男性が多いのも年中発情期である人類のオスとしては当然でしょう。

 頑なに一人の女性を想い続けるなんていう清廉潔白な男性は本当に一握りしかいません。

 それを知ってなお「一途な男性」を主人公にしようというのであれば、彼に襲いかかる誘惑を必ず書くべきです。

 どんな誘惑があっても一途にひとりの女性だけしか見ないような描写をするのです。

 そうしてようやく主人公が「一途な男性」なんだと読み手に理解してもらえます。


 マンガ・桂正和氏『I”sアイズ』の主人公・瀬戸一貴は同級生の葦月伊織だけを想っています。

 そこに幼馴染みの秋葉いつきが出てきて、下級生の磯崎泉、隣室の麻生藍子と次々と誘惑が襲いかかってくるのです。

 一貴はそんな誘惑にフラフラと流されそうになりますが、最後の一線は絶対に越えられない。

 どうしても頭の中にいる伊織を思い出すからです。

 だからこそ一貴が伊織を一途に想い続ける力を読み手は強く感じます。

 そこにこそ「存在の現実味リアリティー」があるのです。





最後に

 今回は「主人公を知ろう」ということを述べてみました。

 あなたの小説には必ず主人公がいます。

 しかし主人公がどんな人物なのかをどれだけ知っているでしょうか。

 感情の原点はなにか、対処の原点はなにか。

 どんな家庭環境で育ってどこに住んでいてどういう仲間がいるのか。

 そういうところに「存在の現実味リアリティー」が生じます。

 男性の書き手の女主人公は書き手の理想をそのまま押しつけたものになりやすい。

 女性の書き手の男主人公も同様です。

 そこには「存在の現実味リアリティー」を感じません。

 異性の主人公を書きたいのであれば、あなたが持つ「理想」をぶち壊してください。

 情けなさのある主人公であれば、読み手も感情移入がしやすくなります。

 完璧超人な主人公なんて、ほとんどの方は読みたがりませんよ。

「俺TUEEE」「チート」なキャラは小説投稿サイトだからこそウケますが、一般の方にはまずウケません。

 そこを履き違えないようにしてください。



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