233.描写篇:文の優先度

 今回は「文の優先度」というお題です。

 書かなければならないことがあるんだけど、どの順に書けばいいのかがわからない。

 そういう方って多いと思います。





文の優先度


 小説に限らず、文章は書く順番によって伝わり方が異なります。

 何を優先して読ませたいのか。

 先に読んだものが最もインパクトのある物事になります。




順番で伝えたいものの重みが変わる

 次のような文が集まったとします。これをどう組み立てればいいのでしょうか。

「バナナで釘が打てそうだ。」

「氷点下二十度の寒空の下にいる。」

「防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。」

「寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。」

「これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。」

 では並べ替えましょう。

 あなたは上記五文をどのように並べ替えますか。

――――――――

 バナナで釘が打てそうだ。氷点下二十度の寒空の下にいる。防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。

――――――――

 まず書かれてある順番にしてみました。

 これを読んでなんか「支離滅裂」な印象を覚えませんか。最も伝えたいことは「バナナで釘が打てそうだ。」なのでしょうか。他の四文を読む限りでは違いますよね。これは「感想」を述べている文なので、何か「事実」の「説明」が前に来ないとイメージが湧きづらいと思います。


 そこで「バナナで釘が打てそうだ。」の前に説明文を持ってきます。

――――――――

 氷点下二十度の寒空の下にいる。バナナで釘が打てそうだ。防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。

――――――――

 これで「氷点下二十度」であることが強調されました。ですがその一文は「説明」です。つまりこの一文では読み手が感情移入しにくいと思います。

「説明」は「描写」の森の中に隠せば説明臭くなりません。


 そこで次のように並べ替えてみましょう。

――――――――

 防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。氷点下二十度の寒空の下にいる。バナナで釘が打てそうだ。寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。

――――――――

 こうすると「防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうだ。」という温感が先に出てきます。主人公が感じていることなのでこれで読み手は主人公に感情移入しやすくなりました。ただ次の一文が「説明」であるため、没入するほどまではいきません。


 では「感覚」をもう一文前に出しましょう。

――――――――

 防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。氷点下二十度の寒空の下にいる。バナナで釘が打てそうだ。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。

――――――――

 これなら「感覚」「感覚」「説明」「感想」「感想」の順で並ぶため、先ほどよりさらに感情移入しやすくなったはずです。

 「これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。」はある一文との対比として機能する文なので、対比元に近づけましょう。

――――――――

 防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。氷点下二十度の寒空の下にいる。バナナで釘が打てそうだ。

――――――――

 でも何か違和感を覚えませんか。


 実は「ある理由」で一文目と二文目(三文目は二文目への対比なので一文目の直後に持ってきます)は入れ替えたほうがいいのです。

 それでは入れ替えてみましょう。

――――――――

 寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。氷点下二十度の寒空の下にいる。バナナで釘が打てそうだ。

――――――――

 こう書けばひじょうにわかりやすく、また感情移入がより深まったと思います。

 触覚で「痛い」、感想の「対比」、触覚で「冷たい」、説明で「氷点下二十度」、感想で「バナナで釘が」の順です。




人間は痛覚に敏感に出来ている

 人間は「痛覚」にとても敏感です。

 脳が処理する五感の八割が「視覚」と言われています。ですが突発的に「痛覚」が加えられると、すべての感覚が遮断されて「痛覚」だけが鮮明に脳を刺激してくるのです。

「痛覚」の初撃を過ぎれば触覚の優位性はありつつも「視覚」などの平常な感覚が少しずつ戻ってくるのです。

 だから「描写」する際、「触覚」とくに「痛覚」があるのならそれを最優先で書きましょう。「痛覚」に近い「温感」も優先順位の高い感覚なので、「痛覚」の次に「温感」を持ってくると、人間の感じる流れが自然な並びになるのです。(ここでは「痛覚」に対比する文が挟まります)。


 たとえば「熱い日本茶の入った湯呑みをひっくり返して中身が脚にこぼれてしまった」とします。するとまず「痛い」と感じるのです。次いで瞬時に「熱い」と感じます。脳が「熱さ」を感じる前に、伝達の速い「痛覚」が脳に飛び込んでくるため、先に感じるのは「痛さ」なのです。その初撃が過ぎると「温感」が来て「熱い」と感じます。

 炎天下に野ざらしにされた自動車のボディーにうっかり触れてしまうとヤケドしますよね。そのときもまず「痛い」と感じてから「熱い」と感じるのです。


 どのような状況でも「痛覚」が優先するのかなと思う方がいらっしゃると思います。半分正解で半分誤答です。

 確かに最初に脳に達するのは「痛覚」なのですが、あらかじめ「痛覚」が来ることを脳がシミュレーションしている状態では「痛覚」の初撃をある程度受け流せます。

 たとえば剣術家同士が斬り合いをしているとします。

 そのとき脳で「斬られたら痛いのは当たり前だ」とあらかじめシミュレーションし続けていれば、実際に斬られたときに「痛覚」が脳を支配できなくなるのです。

 これはとくに「後の先をとる」つまりボクシングでいうカウンターを取りに行くときに必須の能力になります。

「こう来るのは当たり前だ」からそれに頓着せず自分の行動を押し通すことができるのです。

 剣術や格闘技における初心者と有段者との差はまさにそこに現れます。

 つまり攻撃を受けてすぐ動けなくなるのが初心者。攻撃を受けてもかまわずに攻撃してくるのが有段者なのです。

 がむしゃらに攻撃してくる一般人もかまわずに攻撃してきますが、それならそうと理由を書くべきでしょう。


 皆様に経験がおありかどうかは怪しいのですが「怒りが頂点に達しているときは痛みを感じません」よね。私は子どもの頃よくケンカをしていたので憶えがあります。

 また何かに集中しているとき、これも痛みを感じていなかったはずです。

 ともに意識や関心がよそに行っていて「痛覚」の初撃が感じられなくなっているのです。


 また「いたいのいたいのとんでけー」ってされた経験はありませんか。あれって本当に痛みが軽くなっています。

 実は「痛覚」が脳を刺激しているときに、患部に手当てされて他人の手の温度を感じるように意識を持っていかせるのです。

 その手を患部から離すことで「温感」がなくなると同時に「痛覚」に対する意識が薄らいでいくという効果があります。

 だから「いたいのいたいのとんでけー」は実際に「痛覚」の意識を薄らぐ効果があるのです。

 でもケガ自体はそのままですから痛いことには変わりないんですけどね。

 単に意識の問題です。意識だけでもやわらげば患者は安らぐのですから、なにもしないよりましといえます。




痛覚⇒温感⇒触覚⇒視覚の順

 ということで、人間は「痛覚」に対してひじょうに敏感に出来ています。

 他の動物は「痛覚」にそれほど頓着しません。犬や猫は脚の骨が折れても、引きずってでも歩こうとします。

 でも人間は「痛覚」が怖いから歩けなくなるのです。

 だから人間は手術をした後に「リハビリテーション」を受ける必要があるのです。

 術後完治してもう痛くないはずなのに、歩くとまた痛くなるのではないかと臆病になってしまいます。

 それをリハビリで少しずつ恐怖を取り除いてやるわけです。

 なので例文は、痛覚の次に温感、その次に客観的な情報を書いて、その情報からどう感じたのかという流れにすると、読み手を主人公に感情移入させて疑似体験してもらえるようになるのです。

 もう一度完成形を掲載いたします。

――――――――

 寒風が吹きすさんで肌を刺すような鋭い痛みを感じた。これまで暖房の利いた部屋にいたので、なおさら堪えた。防寒ブーツを履いていても足元から凍りつきそうなほど冷たい。氷点下二十度の寒空の下にいる。バナナで釘が打てそうだ。

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 この形を憶えておけば、あなたの描写力は間違いなく向上します。

 ただ、私がこう書いたとして「本当にそうなのかな」と思われた方は、実際にさまざまな状況を書く際に書きたい文を列記して並べ替えてみてください。

 読み手に「伝わる」ように書けているか留意しながら文章を紡いでいくのです。





最後に

 今回は「文の優先度」について述べてみました。

 最優先されるのは「痛覚」です。次いで「温感」、「触覚」「視覚」などの五感が続きます。

 だからバトルシーンを書くときは拳や剣が頬をかすめたときの痛覚を書いていきましょう。主人公が達人であれば痛みは織り込み済みなので、それほど痛いわけではありません。

 また頬を叩かれたら叩く音の次は痛みを書きましょう。

 あえて頬を叩く音を無くして頬の痛みから描写する手もあります。



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